彼女と彼とお酒

神月 一乃

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彼と彼女の秘密

安曇家、陰の実力者

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 苛立つようにして出て行った桐生を愛が追いかけようとした時、当主の妻である千代ちよが止めていた。
「あの子には少し冷静になってもらわないといけませんよ。そのような言い方をしてしまえば、あの子は出奔してしまいます」
「お義母様!!」
さやさん。あなたは母親でありながら、それが分からないのですか?」
「しかしだな」
 当主のてつまでもが口を挟んできた。
「あなたはたつしの時で懲りたと思っていたんですが、違うのですか?」
 千代はぴしゃりと言い放った。
 二人の長男である達は、既に他界している。父親の重圧に耐えれず自殺したとことになっているが、実は違う。愛する女性を父親にずたずたにされたことで精神を崩壊させたのだ。
 何度言っても聞かない男だ。既に愛想を尽かしているが、千代は自分の持つ発言力を知っているために、この家を出ない。そして達を弔うためだけにいるのだ。
「桐生まで失うのはごめんですよ。彩さん。あなたも母親としての自覚ぐらい持ったらいかがかしら? かのう、あなたが選んだ女性は見てくれだけでしたわね。賛成するのではなかったわ」
 凄まじい言い方に、全員が黙った。千代は今まで表立って彩を非難したことはなかった。

 それがこれだけの不満を抱えていたなど、誰も知らなかったのだ。
「あなた。週末に初煮会がありますが、わたくし一人で行かせていただきます」
「千代!」
 それだけ言ってすっと立って部屋をあとにした。

 そのあとは、この部屋がある意味葬式のように暗かった。


 一部の人間はここぞとばかりに彩に気に入られるよりも、千代に気に入られることを望むだろう。
 千代はそれが狙いである。初煮会に今回はさらさら行くつもりもない。
「……というわけで、申し訳ないわねぇ。筑紫つくしちゃん」
『あらあら……千代ちゃんが来ないんじゃあ、寂しいわ。けど今回は我慢するから、そのうちお茶でもしない?』
「そのつもりで筑紫ちゃんに電話をしたのでしょう? それから……ふふふ。お願いね」
『あら、そんなに気に入ったの?』
「もちろんよぉ。渡しませんからね」
『あらあら……。こちらだって負けませんよ』
 ちなみに、電話をかけた相手の本名は都築つづき しおりという名前である。都筑興業の筆頭株主であり、千代の幼馴染だ。紫という色が好きなことと、都筑の名前をもじり、普段から「筑紫」という名前を使っている。「芸名みたいでいいじゃない」とはしゃぐ彼女も、実はかなりの腹黒である。
「ただでさえ、お姉ちゃんは取られちゃったんだから、妹ちゃんのときは全力よ!」
『こちらも全力でいくわ』
 ふふふ、と電話越しで笑う二人をその場で見ていた者がいたら、背筋が凍っただろう。


 ちなみに。
 その頃二人に噂されていた姉妹は寒気を覚えたとか。
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