古代スパルタ戦記 スパルティアタイ

キュノ・アウローラ

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第4章

モーロン・ラベ

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 その、少し前。 

 「いや、綺麗なもんや! こないして見ると、夕日ちゅうのもええねえ」 

  ピュロス湾内部から、海峡を通って外海へと抜けた、スファクテリア島の西側。 
  片手を目の前にかざし、今しも大海原に没しようとする太陽を眺めながら、クレオンはにこやかに言った。 
  赤みがかった金の光に照らされたその横顔は、無邪気とすら呼べそうな笑みを湛えている。 
  そんな彼が今いる場所は、三段櫂船《勝利をもたらす者フェレニケー》号の甲板上ではなかった。 
  それよりもずっと小さなボートの上だ。 

  クレオンと共に乗り組むのは、十数名の漕ぎ手と、舵取りがひとり、クレオンの護衛をつとめる付き人たちが二人。 
  そして―― 

「それにしても、デモステネス君。君、疲れてへんか?  
  こんな、無理して付き合ってくれんでも良かったんやで?」 

 「いやいや」 

  板を横に渡しただけの座席に座り込んで、デモステネスは片手を振った。 

  正午をだいぶ過ぎてから――結局、あれやこれやで、予定よりも時間がかかった――転げ出るように砦の海側から脱出を果たした彼らは、最後の力を振り絞って水袋を引っ張りながら友軍が繰り出したボートまで泳ぎ着き、ほぼ全員が無事に艦隊に合流することができたのだった。 

  そして、多くの者が安堵と疲労のあまり虚脱したようになり、中には本当にそのまま倒れて寝込んだり、命を落としたりする者まで出る中、デモステネスだけは、日暮れ近くなってボートを出すと言い出したクレオンと行動を共にすると主張したのである。 

  彼は久々に清潔な衣服をまとい、そこに剣を一振り帯びただけで、鎧などはしばらく着る気にもならないと言わんばかりだった。 
  日に焼けて削げた頬に無精髭を生やしたその風貌は、長年、激しい風雨に耐えてきた旅人か世捨て人を思わせた。 

 「まあ、そないに邪魔にせんかてええがな、クレオン君?」 

 「いやいや! 邪魔やなんて、とんでもない。ただ、疲れとるんちゃうかなーと思うて」 

 「確かに、正直言うて、もうへろへろや。けどな、せっかくここまで粘ったんやで? この際、最後まできっちり見届けたいがな。君の作戦の成否っちゅうやつをな」  

  クレオンが単に雄大な日没の光景を鑑賞しに来たわけではないということは、はじめから分かっていた。 
  彼らが乗っているボートの後に、もう一艘、ひとまわり大きな別のボートがつき従っている。 
  漕ぎ手と舵取り、舳先で進路を見る役の他に、武装した十名ほどの男たちが乗り込み、さらに、巨大な積荷が積載されていた。 
  山のように盛り上がって舷側からはみ出さんばかりになっているその積荷には、厳重な覆いがかけられており、中身を窺うことはできなかった。 

 「あれが、君の秘策か?」  

  デモステネスが問い掛けると、クレオンは、友人に内緒で誕生日の祝宴を計画している子どものようなにやにや笑いを向けてきたが、何も言おうとしない。 
  デモステネスのほうも、この男の性格はそれなりに知っているので、これ以上、この場で無理に訊き出すつもりはなかった。 

 「三日でこの島を落とすっちゅう君の作戦がほんまに成功したら、こらぁ歴史的な快挙やで。 
  その秘策が成るところを、僕も、ぜひともこの目で見届けたい」 

 「うん、うん」  

  クレオンは機嫌よく頷いた。  
  付き人たちは、クレオンがこんな笑顔を見せるところを普段なかなか目にすることがないのだろう、先ほどから、顔を見合わせてばかりいる。  

 「そらぁ、もっともや! こんな見もの、そうはあらへんよ。 
  見逃したら、一世一代の損失や。そう、ほんまに、大損やで!」 

  浮かれていると言ってもいいほどの口調でクレオンはそう言い、 

 「さ、行こ行こ!」 

  と景気よく漕ぎ手を促した。 
  デモステネスは、調子を合わせて笑みを浮かべたまま、どこか、身の内がひやりとするのを感じていた。 
  ――クレオンの精神構造は、自分のそれとは、違う。 
  昔から感じていたことだが、久しぶりに会って言葉を交わしたことで、その印象はいっそう強くなっていた。 
  前任のニキアスは、まったくもって反りの合わない相手ではあったが、その考えそうなことはだいたい予想がついたし、うまくあしらえば、ある程度までは操縦することが可能だった。 

  だが、クレオンは違う。 
  考え方が合うとか合わないとかいう次元の話ではない、と感じた。 
  もっと根本的な、感覚的な部分に、決定的な断層があるような気がする。 

  はっきり言って、状況は厳しい。 
  スファクテリア島に上陸してラケダイモン人たちと対決し、彼らを首尾よく討ち果たすなどという芸当は、神々でもなければ不可能な難事業と思われた。 
  現に、前任のニキアスは彼なりに全力を尽くして幾度もそれを試み、そして、ことごとく失敗したではないか。 

 (それを、ここまで軽く、できると言い切るとは…… 
 それも、三日やて? いったい、どんな方法を使うつもりなんや……?) 

  口先だけの男ではないと知っている。 
  この男ならば、あるいは、本当に、自分たちにはできなかったことを成し遂げてくれるかもしれない。 
  だが――いったいクレオンは、そのために、どんな方法を使うつもりなのだろう?
  事を為す代償として、自分たちは、何か、超えてはならぬ一線を超えてしまうことになるのではないだろうか……?  

  不吉な予感を振り払おうと、デモステネスはかぶりを振った。  
  そうだ、今は、代償がどうのと悠長なことを言っていられる事態ではない。  
  冬が来るまでにスファクテリア島を陥落させなければ、これまでに費やされた戦費、失われた兵たちの命、すべてが水の泡になる。  
  この島を落とすために必要なのであれば、どんな手段も厭わない覚悟が必要だった―― 

「おっ」  

  クレオンが小さく声を上げたのが耳に入り、デモステネスが意識を現実に引き戻すと同時、ふっと世界が暗くなった。 
  ちょうどクレオンが腕を伸ばし、西を指差しているところだった。 

 「沈んだ、沈んだ」  

  水平線の直下から太陽が投げかける最後の輝きが、海と空の境を玄妙な色合いに染めている。  
  クレオンはよし、と呟き、見るべきものを見たという顔で両手をひとつ打ち合わせると、もう景色のことなど忘れたようにぐるりと向き直った。  

  デモステネスもまた、クレオンと同じ方向を向いた。  
  スファクテリア島の黒々とした姿が、目の前にある。  
  砦の防壁の上から眺めていた時には、さほどにも感じなかったが、こうして間近に見ると巨大な島だ。  

  風が強くなってきた。  
  泡立つ海面でボートは上下に揺れ、波の音にまじって、島の森がざあざあとざわめく音が聞こえる。  
  この真っ暗な森の中にラケダイモン人たちが潜んでいるのかと思うと、いっそう不気味さが募った。 

 「こうして見ると、ニキアスが手ェ焼いたのも、無理ないっちゅう気がしてくるな。中の様子、さっぱり見えへんやんか」  

  クレオンの反応を窺うつもりで、デモステネスは大きな声で独り言を言ったのだが、クレオンは先ほどまでの陽気さをさっさと店じまいすることに決めてしまったらしい。 
  島の方を黙って眺めるばかりで、デモステネスの方は一瞥だにしなかった。  

  ぎいぎいと櫂の軋む音だけが響き、ボートは島の海岸線とほぼ一定の距離を保ったまま、ゆっくりと北進してゆく。  
  南北に細長いスファクテリア島の、外海側の長辺を、南から北へとなぞるような進路になった。  

  急速に辺りを覆い始めた暗さは、あとわずかの時間で、自分の手の先も見えないような真の暗闇となるだろう。 
  付き人たちが、不安げに顔を見合わせた。  
  ボートにはもちろん灯りが積み込まれていたが、問題は、クレオンにまだそれを使うつもりがなさそうなことだった。  
  闇の中、灯火もなくボートを進めるのは危険だ。 
  そろそろ、島を眺めながら黙って突っ立っているだけではなく、何らかの行動を起こしてもよさそうなものではないか。 

 「クレオン君……」  

  刻々と夜が濃さを増してくる中で辛うじて見える、無言で要請するような付き人たちの視線を受けて、デモステネスが口を開いたときだ。 

 「おっ」  

  クレオンが不意に声を漏らし、舷側に手をついて身を乗り出した。   
  声こそ小さかったが、その動作はボートがはっきりと揺れるほど急なもので、 

 「うおッ!」  

  デモステネスたちは思わず手足をばたつかせ、手近の船縁や綱にしがみ付いた。  
  彼らとて決して臆病者ではなかったが、本物の夜が来ようとする中、小舟の底板一枚を隔てて暗い海の上に浮かんでいるという状況がそうさせたのだ。  
  だが、そんな事態を引き起こした当のクレオンは、心ここにあらずといった体で、島の岸辺のただ一点を凝視しているのみだった。 

 「おい、クレオン君! 急にそない端っこに寄ったら、危ない――」 

 「綺麗な子やなあ……」  

  陶然としたクレオンの呟きに、デモステネスは一瞬、こいつは正気を失ったのだろうかと危ぶんだ。  
  いったい、何を言っている?  
  クレオンは急にセイレーンの歌声にでも惑わされたのだろうか?  
  ラケダイモン人たちが立て籠もるこの島に、そんな代物が棲みついているとも思えないが―― 

「もうちょい、岸辺に寄せて! ……もうちょい、もっとや!」  

  クレオンは片手を船縁についたまま、もう一方の手を振り回して叫んだ。 
  漕ぎ手はクレオンをよほど信頼しているのか恐れているのか、あるいは想像力というものが完全に欠落しているかのどれかに違いなく、ボートは岸辺に近付いていった。  

  もう暗くてよく見えないが、島のこの辺りの岸辺は、どうやら申し訳程度の砂浜になっているらしく、そこに大きな岩がいくつか、ごろごろと転がっている―― 

「灯りを」 

  クレオンがそう命じ、舳先の松明に灯がともされて、デモステネスにもようやくが見えた。  
  ひときわ大きな岩のかたわらに、人影が立っている。 

 「あれは……」 

 「ラケダイモン人だ……」 

  付き人たちのあいだで押し殺した囁きが交わされた。  
  黒髪の若い男で、ちょうど波打ち際で沐浴をしていたところだったのか、腰に布を巻きつけただけの姿でいる。 

  だが、その手にはすでに槍があり、落ち着き払った態度同様に、若者にとってこの遭遇が唐突なものではなかったことを示していた。  
  おそらく、櫂の音を聞き、何者かがボートで接近していることを悟っていたのだろう。  

  そうするつもりはなかったのだが、デモステネスは、ほう、と溜め息を漏らしていた。  
  薄ぼんやりと照らし出された若者の姿は、大神ゼウスの側仕えとして召されたとしても不思議はないほどに美しかった。 
  彼がアテナイの通りを歩けば、当代きっての色男たち、傾城の遊女ヘタイラたちが決して放っておかないだろう。 
  崇拝者たちが群をなし、彼の逞しい腕や引き締まった腰を讃えて詩を作るに違いない。 

 「なあ、君!」 

 「おい……」  

  突然、大声で若者に呼び掛けたクレオンを、デモステネスは反射的に制した。  
  だがクレオンは若者に満面の笑みを向け、デモステネスの制止など、気にも留めた様子はなかった。 

 「君、めっちゃええ身体してるやん! それに、顔もええ。 
  どうや、アテナイに来る気はあらへんか? 
  君には、こんな島の塩辛い水なんかよりも、上等の葡萄酒のほうが相応しいわ!」  

  クレオンの付き人たちが、また顔を見合わせた。  
  波打ち際に立ったラケダイモンの若者は、無表情にこちらを見返してきている。 
  まさかクレオンの訛りが聞き取れなかったということもないだろうが、敵から唐突な誘いを受けたにも関わらず、いかなる種類の感情の動きも見せない。  
  その微動だにしない顔つきや姿は、まるで彫像のようだった。  
  クレオンはますます嬉しげに手を打って擦り合わせ、両腕を広げて言った。 

 「ああそうや、僕ときたら、名前も名乗らんと、不作法なこっちゃ。 
  ――僕は、アテナイのクレオン! 君たちをまとめて片付けに来た男や。 
  でも、君みたいに可愛い子は、特別に生かしといてあげてもええよ。 
  君、アテナイにおいで! そんで、僕の愛人になったらええわ!」 

  その瞬間、ガッと鈍い音が響き、暗闇に火花が散った。 
  デモステネスは、目を見開いた。 
  クレオンの付き人たちが、驚くべき反射速度で主の前に盾を押し立てている。 

  その盾に、槍の穂先が突き立っていた。 
  若者の槍投げの腕前は、おそらくオリュンピアの祭典でオリーブの冠を勝ち取るに相応しいものだったろう。 
  その穂先は金属で補強された堅い木の盾を貫き、尖った先端がこちら側に飛び出していた。 

 「来て、手に入れるがいい! 次は剣をくれてやる!」  

  波音を圧して響いたその声は、ラケダイモンの若者が放ったものだった。  
  彼はその言葉の通り、抜き身の剣の切っ先をこちらに向けていた。  
  は! とクレオンが短い笑いを発した。  
  ぱんと手を打ち、その手で若者を真っ直ぐに指差して、クレオンは叫んだ。 

 「よっしゃ、分かった! 必ず行く。それまで、待っといてや! 
  ……行くで!」 

  最後の言葉は、漕ぎ手たちに向けられたものだ。 
  いっせいに櫂の軋む音が響き、ボートはゆっくりと岸から離れ、再び北へと進み始めた。 

  まさか背後から矢を射かけてくるなどということは、とデモステネスは警戒していたのだが、若者の姿は既に見えず、それ以上の追撃もなかった。 

 「来て、手に入れモーロン・るがいいラベ……か?」 

  クレオンは、くくくと身体を折って笑い転げている。 
  デモステネスには、その感覚が理解できなかった。 

 「笑わろとる場合やないで、クレオン君! 
  君、今、もうちょっとで串刺しになるとこやったやないか!?」 

 「いや、ごめんごめん。ちょっと、調子に乗り過ぎたわ。 
  それにしても、さっきのは良かった。来て、手に入れるがいい……」  

  響きを味わうようにクレオンが繰り返したその言葉は、かつて、ペルシャ帝国の王クセルクセスからの降伏勧告に対して、ラケダイモンの王、レオニダス一世が返答した言葉として知られていた。 

 「王の誇りっちゅうわけか。一兵卒がなあ! ますます征服しがいがあるで。 
  それにしても、ラケダイモン人ゆうたら、むさ苦しい男ばっかりやと思ってたけど、あんな綺麗な子もおるんやんか! 僕、俄然、やる気出てきたわ!」  

  いまだ笑みを浮かべたままのクレオンは、先ほどまでとは別人のように饒舌になっている。  
  その興奮ぶりは、どことなく常軌を――これから戦争の大局を左右する一大作戦を決行せんとする司令官の態度としては――逸しているような気がして、デモステネスは友人の顔を慎重に見つめながら、調子を合わせて言葉をかけてみた。 

 「まったく、君の趣味は、はかり知れへんなぁ。あんないかつい男のどこがええんか、僕にはさっぱり分からんわ。  
  だいたいあんなもん、可愛がるにしてはとうが立ち過ぎてるやろ、薹が」 

 「いやいや……僕、ああいう子、めっちゃ好みやねん。 
  鎧もええけど、メディアの薄物かなんか着せたったら似合うやろなァ。 
  そんで、是非とも、僕の寝台に侍らしたいわ」 

 「……食いちぎられるんと違うか?」 

 「はは! 暴れるくらいがちょうどええ。暴れ馬を、鞭とはみで飼い慣らすんが、特別におもろいんやないか……」  

  この件に関して、これ以上の会話は時間の無駄だ。  
  デモステネスは居ずまいを正し、ずばりと本題を切り出すことにした。 

 「ま、獅子を狩る前に毛皮の算段しても、しゃあないわな。 
  ところで、クレオン君。君、実際のところ、どないするつもりなんや?」  

  ボートは島の海岸沿いにゆっくりと北上を続け、今や、島の北端に差し掛かろうとしている。 

 「確かに、君が連れてきた弓兵たちのほうが、重装歩兵よりはなんぼかマシやろうけど、それもどこまで役立つかは疑問やで。 
  見てみいな、この森! 木ィばっかりで、矢を射るにも邪魔でしゃあない。 
  見通しが利かへんから、ラケダイモンの連中がどこにどんくらい潜んどるのか、さっぱり分からんし……それを」 

 「そやな」  

  クレオンは、あっさりと頷いた。  
  そして、デモステネスが何かを訊き返すよりも早く、 

 「よし、あそこらへんがええやろ」 

  と、無造作に島の岸辺を指差した。  
  デモステネスは咄嗟に、クレオンの言う「あそこらへん」に目を凝らした。 
  だが、そこには島の他の部分と変わらぬ小さな浜辺があり、その奥には木立が生い茂っているばかりで、いったい何がどう「ええ」のか、さっぱり判断がつかなかった。 

 「……何が?」 

 「何がって、見てみいな、この風向き! 今、あの場所しかない。……急げ!」 

  クレオンが大声を張り上げると、ぴったりとついてきていた後続のボートが、すっと離れて島の岸辺へと近づいていった。 

 「あれは?」 

 「焚付たきつけと薪と油」 

 「……焚付と薪と油?」 

 「うん」 

  鸚鵡返しに呟いたデモステネスに向き直ったクレオンは、もう、笑っていなかった。 
  子供に自然科学を教える教師のように真面目な顔で、言った。 

 「あの地点に火を放ち、スファクテリア島の森林のことごとくを焼き払う。 
  見いや、この風! まるで僕らのために吹いてくれてるみたいやんか? 強く、乾いた風…… 
 これなら、今、あそこらへんにちょっと火ィつけるだけで、この島全部、アッちゅう間に火の海にできる」 

 「島ひとつ、全部を……焼き払う……?」 

  デモステネスは、信じられない思いで呟いた。 

  戦争で、敵の陣営や市街地を焼き払うという行為は、よくあることだ。 
  だが、天然の森を、島ひとつ分、全て焼き払うなど……
 それは、神々が人間に許し給う範囲を、超えているのではないか? 

 「森さえ焼いてしもたら、敵さんの姿は丸見えや。そこを、一気に片付ける!
  ま、一緒に燃えてくれたら、それが一番楽でええねんけどな」 

 「いや……それは……」 

 「アテナイの市民諸君に約束した手前、僕、ほんまに、チンタラしてられへんねん。パパーッとやってまおうや、パパーッと!」  

  クレオンの口調は、自分のしようとしていることが大きな問題だとは考えていない人間特有の、どこまでも軽いものだった。  

  森がある。その中に敵が潜んでいる。  
  敵を発見するにも、倒すにも、森が邪魔になる。  
  ならば、その森を焼き払ってしまえばいい。  

  理屈の上では、これ以上ないほどに真っ当な結論だ。  
  だが……人間に、そんな行為が、許されるのだろうか? 

 「森を焼くて……島ひとつ……そんな……クレオン君、それは、あんまり」 

 「あんまり、非道すぎる?」  

  言って、こくりと首を傾げてみせたクレオンの表情が、塗り替えたように変わった。  
  魔物が笑うことがあるとするならば、それは、おそらくこんな表情だったろう。 

 「そうやんなァ」 

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