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第一章 出逢い
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「おかえりなさいませ、殿下」
扉を開けるなり顔をしかめたリオネルに、世話役のお仕着せを着たユクシーは鞄を受け取ろうと手を差し出す。
こちらに渡そうとしない鞄をユクシーはリオネルの手から奪い取った。
「おいっ」
「お着替えをなさりますか?」
「手伝いはいらねぇ」
リオネルはユクシーを無視して、ジャケットをソファの椅子に放る。
ユクシーは脱ぎ捨てられる服を拾い、回収していく。
リオネルはユクシーの行動を横目で見ながら、さっさと自分で着替えてしまった。
「お茶をお淹れいたします」
服をハンガーにかけたユクシーは、用意してあったお湯でお茶を淹れる。
「……お前、侯爵家の人間なんだろ?」
手慣れた様子でお茶を淹れるユクシーに驚いたようだ。
「研究所では身分関係なく自分のことは自分でするのが当たり前なんです。騎士だってそうでしょう?」
そう言えば、リオネルはムッとして黙づてお茶に口をつけた。
眉間に刻まれた皺が緩んだので、ユクシーが淹れたお茶は及第点だったらしい。
「夕食はこちらでということですので、後ほど準備させていただきます」
「鍛錬に出てくる」
イライラしたリオネルは、それだけ言い残しさっさと部屋を出ていった。
ユクシーはため息をつく。
わずかしか共にいなかったが、リオネルはまるで手負いの獣のようだ。
野生に生きていたのを、捕らえられ見世物にされている獣だ。
社交界では、リオネルは望まれなかった子と囁かれている。
強欲な貴族がその縁を求めて、王に美人な女性をけしかけてできてしまった子というのかリオネルらしい。
それは噂なので真偽はユクシーはわからない。
しかし、そんな口さがない噂ばかりする貴族から遠ざけるためにリオネルは離宮で育てられたのだろう。
それに、王都にいれば『王子』という身分だけを目当てに近寄ってくる人間は多い。
それらから守るために隔離はしたが、今度は貴族社会に馴染めなくなっている。
貴族社会の縮図の学園では相当なストレスだろう。
教室で過ごしたくない不登校児といったところだ。
家名だけを見て、有象無象に群がられるのは高位の者は仕方ない。
それを気にせずあしらう術を身に着けるのが、この学園生活の一つだ。
それさえもリオネルは苦痛なのだろうが。
ユクシーはリオネルが夏季休暇に入るまでの10日を学園の寮で共に過ごすことにしていた。
夏季休暇に入れば、王都に近い離宮で缶詰めでの勉強が待っている。
それまでに少しでもリオネルとの信頼関係を育てておかなくては。
同じ部屋にいても自分を拒絶するリオネルを、ユクシーはちらりと見た。
「殿下……」
また、リオネルが嫌そうな顔をする。
「俺の側にいるのは兄上の意向なら仕方ない。だが、殿下と呼ぶのはよせ」
三日目の朝のことだった。
「承知いたしました、リオネル様」
ちょっと気を許してくれたリオネルに、ユクシーは嬉しくなる。
何かと世話をして、リオネルを気に掛ける。
それだけでユクシーに対するリオネルの態度は軟化していった。
リオネルもこの三日でユクシーが側にいれば学園生活が少し楽になっていた。
リオネルを見れば小言を言ったり見下したりするような発言をする教師も、ユクシーが側にいれば何も言わない。
リオネルには話しかけず、ユクシーにだけ声をかける教師もいるほどだ。
学園の生徒は、一部を除けばリオネルを遠巻きに見ているだけで実害はない。
けれど、王族など見慣れた教師は出生と成績からリオネルに当たりが強かった。
だから、どうしても座学の授業はサボりがちになっていた。
「お前、ほんとすごいヤツだったんだな」
ユクシーの噂を聞きつけた生徒が、ユクシーに教えて欲しいと隙きを見てはやってきていた。
しかしユクシーはその都度、
「私は殿下の世話役ですので、申し訳ありません」
と、断っていた。
「俺から離れて相手をしても構わないぞ」
むしろ、リオネル的にはそちらの方がいい。
「何故です?見ず知らずの人間に勉強を教えてあげるほど優しくはありません。仕事の範囲外です」
ユクシーがきっぱりと言い切る。
リオネルへの対応から、お人好しで押しに弱いタイプかと思えばそうでもないらしい。
「在学中でもやってないのに、何故卒業してからタダ働きなど…」
お茶を淹れながら、ブツブツと文句を言っている。
「在学中もなのか?」
「当たり前です。他人の勉強を見るくらいなら、自分の勉強をします。そのくらいしなければ首席なんてできません。」
リオネルとそしてユクシーの分のお茶がテーブルに置かれる。
共にテーブルにつくことを許されたユクシーは、王家専用の茶葉でいれたお茶を飲む。
「高位の貴族が成績は良い下位の貴族や特待生の平民に、色々とやらせているなんてことは良くありますけど。僕はズルの手伝いはしません」
言い切るユクシーに、リオネルは驚いたようだ。
とても心外だ。
「だいたい、僕は一応侯爵家の人間です。僕に指図できる人間なんて、数えるくらいにしかいない」
「それもそうか…」
ユクシーに指図できる立場の人間は友人だったのだから、平穏な学園生活だったと言えよう。
「今の授業もだいたいどのくらいなのかわかりましたし、夏季休暇は楽しみにしておいて下さいね」
「うっ………」
忘れていたとリオネルの顔に書いてある。
色々と手のかかるリオネルに、弟の世話を焼きたがる兄の気持ちがわかるようだった。
扉を開けるなり顔をしかめたリオネルに、世話役のお仕着せを着たユクシーは鞄を受け取ろうと手を差し出す。
こちらに渡そうとしない鞄をユクシーはリオネルの手から奪い取った。
「おいっ」
「お着替えをなさりますか?」
「手伝いはいらねぇ」
リオネルはユクシーを無視して、ジャケットをソファの椅子に放る。
ユクシーは脱ぎ捨てられる服を拾い、回収していく。
リオネルはユクシーの行動を横目で見ながら、さっさと自分で着替えてしまった。
「お茶をお淹れいたします」
服をハンガーにかけたユクシーは、用意してあったお湯でお茶を淹れる。
「……お前、侯爵家の人間なんだろ?」
手慣れた様子でお茶を淹れるユクシーに驚いたようだ。
「研究所では身分関係なく自分のことは自分でするのが当たり前なんです。騎士だってそうでしょう?」
そう言えば、リオネルはムッとして黙づてお茶に口をつけた。
眉間に刻まれた皺が緩んだので、ユクシーが淹れたお茶は及第点だったらしい。
「夕食はこちらでということですので、後ほど準備させていただきます」
「鍛錬に出てくる」
イライラしたリオネルは、それだけ言い残しさっさと部屋を出ていった。
ユクシーはため息をつく。
わずかしか共にいなかったが、リオネルはまるで手負いの獣のようだ。
野生に生きていたのを、捕らえられ見世物にされている獣だ。
社交界では、リオネルは望まれなかった子と囁かれている。
強欲な貴族がその縁を求めて、王に美人な女性をけしかけてできてしまった子というのかリオネルらしい。
それは噂なので真偽はユクシーはわからない。
しかし、そんな口さがない噂ばかりする貴族から遠ざけるためにリオネルは離宮で育てられたのだろう。
それに、王都にいれば『王子』という身分だけを目当てに近寄ってくる人間は多い。
それらから守るために隔離はしたが、今度は貴族社会に馴染めなくなっている。
貴族社会の縮図の学園では相当なストレスだろう。
教室で過ごしたくない不登校児といったところだ。
家名だけを見て、有象無象に群がられるのは高位の者は仕方ない。
それを気にせずあしらう術を身に着けるのが、この学園生活の一つだ。
それさえもリオネルは苦痛なのだろうが。
ユクシーはリオネルが夏季休暇に入るまでの10日を学園の寮で共に過ごすことにしていた。
夏季休暇に入れば、王都に近い離宮で缶詰めでの勉強が待っている。
それまでに少しでもリオネルとの信頼関係を育てておかなくては。
同じ部屋にいても自分を拒絶するリオネルを、ユクシーはちらりと見た。
「殿下……」
また、リオネルが嫌そうな顔をする。
「俺の側にいるのは兄上の意向なら仕方ない。だが、殿下と呼ぶのはよせ」
三日目の朝のことだった。
「承知いたしました、リオネル様」
ちょっと気を許してくれたリオネルに、ユクシーは嬉しくなる。
何かと世話をして、リオネルを気に掛ける。
それだけでユクシーに対するリオネルの態度は軟化していった。
リオネルもこの三日でユクシーが側にいれば学園生活が少し楽になっていた。
リオネルを見れば小言を言ったり見下したりするような発言をする教師も、ユクシーが側にいれば何も言わない。
リオネルには話しかけず、ユクシーにだけ声をかける教師もいるほどだ。
学園の生徒は、一部を除けばリオネルを遠巻きに見ているだけで実害はない。
けれど、王族など見慣れた教師は出生と成績からリオネルに当たりが強かった。
だから、どうしても座学の授業はサボりがちになっていた。
「お前、ほんとすごいヤツだったんだな」
ユクシーの噂を聞きつけた生徒が、ユクシーに教えて欲しいと隙きを見てはやってきていた。
しかしユクシーはその都度、
「私は殿下の世話役ですので、申し訳ありません」
と、断っていた。
「俺から離れて相手をしても構わないぞ」
むしろ、リオネル的にはそちらの方がいい。
「何故です?見ず知らずの人間に勉強を教えてあげるほど優しくはありません。仕事の範囲外です」
ユクシーがきっぱりと言い切る。
リオネルへの対応から、お人好しで押しに弱いタイプかと思えばそうでもないらしい。
「在学中でもやってないのに、何故卒業してからタダ働きなど…」
お茶を淹れながら、ブツブツと文句を言っている。
「在学中もなのか?」
「当たり前です。他人の勉強を見るくらいなら、自分の勉強をします。そのくらいしなければ首席なんてできません。」
リオネルとそしてユクシーの分のお茶がテーブルに置かれる。
共にテーブルにつくことを許されたユクシーは、王家専用の茶葉でいれたお茶を飲む。
「高位の貴族が成績は良い下位の貴族や特待生の平民に、色々とやらせているなんてことは良くありますけど。僕はズルの手伝いはしません」
言い切るユクシーに、リオネルは驚いたようだ。
とても心外だ。
「だいたい、僕は一応侯爵家の人間です。僕に指図できる人間なんて、数えるくらいにしかいない」
「それもそうか…」
ユクシーに指図できる立場の人間は友人だったのだから、平穏な学園生活だったと言えよう。
「今の授業もだいたいどのくらいなのかわかりましたし、夏季休暇は楽しみにしておいて下さいね」
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色々と手のかかるリオネルに、弟の世話を焼きたがる兄の気持ちがわかるようだった。
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