4 / 15
はじまり 〜Side S〜
4
しおりを挟む
離れの庭を散策するのはいい気分転換になった。
目の前を行く貴俊が、そばにいる空気になんとなく慣れてきたように思う。
「離れの中を案内するよ」
出てきた縁側から室内に戻り、離れの廊下を歩く。
「あっちがお手洗いで、その向こうが浴室」
長めの廊下に見える扉二つを指す。
この離れの浴室は豪華だ。
シャワールームにサウナ室。普通の浴槽と洗い場があって庭には露天風呂が設置されている。
さすがの僕も、この離れに宿泊するのは初めてなので、お風呂は楽しみだ。
「豪華…だな」
浴室を覗いた貴俊が少しひいているのがわかる。いくら社長令息といえど、このクラスは滅多にお目にかかれないのだろう。
こういう反応は年相応で、少し安心する。
「いわゆるエグゼクティブにあたるところだから。一泊いくらするかは聞いてくれるなよ」
「ここに…泊まるんだよな?」
貴俊がそろりと浴室のドアを閉めたところで、廊下の違う方向のドアを開けた。
「ここがリビングで、奥にあるドアが寝室だ」
先程までいた和室とは違い、ソファセットにテレビ、軽いキッチンが備え付けられている。
「寝室は二つあるから、別々で寝れるぞ」
初対面のアルファと寝室が同じなんて、さすがに寝れる気がしない。
今僕はヒートじゃないから、アルファを誘惑することはないとは思う。
でもやっぱり長時間、アルファと共にいるのは気を使う。
室内の同じ空間にいれば、貴俊を否応なく意識するオメガの自分がいる。
『狼』の強いアルファのフェロモンに部屋が満たされて、僕も彼のフェロモンに包まれているようだ。
「コーヒーでもいれるよ」
寝室のドアを開け、中を見ていた貴俊が所在なげに部屋の中をウロウロしている。
「色々種類あるみたいだけど、貴俊…さ…んはどれがいい?」
彼の名前をどう呼ぶのが正解なのか、未だにわからない。
「貴俊って、呼び捨てでいいよ。同い年だろ?」
カセット式のドリップマシーンはコーヒーだけじゃなく抹茶ラテなどもあって種類が豊富だ。
貴俊はコーヒーのブラックのカセットを手にして、マシンにセットした。
「僕のことも、蒼司って呼び捨てでいいから」
「……蒼司」
至近距離で呼ばれて、ドキリと心臓が跳ねる。
「蒼司は、俺のことが怖くないのか?」
腕が触れそうなくらいの距離。
「ん…怖くないよ」
アルファとこんなに近寄ることなんて、滅多にない。
アルファが怖くて逃げ出すこともあるし、嫌悪感でどうしようもなくなることもある。
気分が悪くなることもあった。
でも貴俊といても、そんなことはない。
「さっきから、何度も僕のこと気にしてくれてありがとう」
この人は優しいアルファなんだと思う。
「貴俊は大丈夫」
自然と笑みが溢れた。
貴俊は照れたのか、視線を僕から外し、ソファの方へコーヒーを持って座ってしまった。
僕もそれを追ってソファに座る。
「ん?なんだろ、これ」
二人の座るソファの中心にあるローテーブル。
その上にはエグゼクティブな部屋に似つかわしくない無機質な赤いファイル。
ホテルの備品ではないそのファイルを手に取り、開いてみた。
「は!?」
「どうした?」
驚いた僕の声に、貴俊が僕の手元を覗く。
ファイルの中には、『岸波貴俊様、佐々森蒼司様、御新居一覧』と、書かれた題字。
ページをめくれば、不動産情報誌のようにマンションの間取りや写真がレイアウトされている。
「………マジか」
貴俊のつぶやきに、僕は飛んでいた意識を戻す。
「ちょっと、母さんに確認する!」
ファイルにある物件は、佐々森グループが建てたマンションばかりだ。
僕は急いでスマホを取り出し、母に電話をかける。
「母さん!?」
二回のコールでつながった電話。
『はぁい、蒼司』
こちらの勢いなど無視をした呑気な母の声が聞こえてくる。
「この新居一覧ってなにっ?」
『そこ?』
「そこって?」
『離れから出たいって話なのかと…』
離れから出るのは許されないのではないのか。
『貴俊くんとはうまくやれそうなのね』
母の安堵した声が電話口から聞こえてくる。
アルファとオメガには相性がある。
相性が悪ければ同じ空間に長い時間いるのは難しい。
母の一番の心配はそこなのだろう。
マッチングの相性は、会ってみなければわからないことだからだ。
『問題ないようなら、あなた達、春から同居してもらうから、そのための新居よ』
「なんだよ、それ!!」
僕の横に来て電話を聞いていた貴俊が頭を抱えている。
『詳しくは明日、帰ってきてからするわ』
「今、ここに来て説明すればいいだろ」
どうせまだ母達はホテルにいるはずだ。
『野暮なことはしたくないわ♡』
語尾にハートマークをつけた母と会話していたら、頭痛がしてきそうだ。
『二人で住む新居はその中から選んで教えてね。すぐに手配するから』
そして、僕の返事も聞かずに電話は切られた。
互いに顔を見合わせ、深いため息をついた。
誰か、僕たちが置かれている状況を詳しく教えてくれ!
目の前を行く貴俊が、そばにいる空気になんとなく慣れてきたように思う。
「離れの中を案内するよ」
出てきた縁側から室内に戻り、離れの廊下を歩く。
「あっちがお手洗いで、その向こうが浴室」
長めの廊下に見える扉二つを指す。
この離れの浴室は豪華だ。
シャワールームにサウナ室。普通の浴槽と洗い場があって庭には露天風呂が設置されている。
さすがの僕も、この離れに宿泊するのは初めてなので、お風呂は楽しみだ。
「豪華…だな」
浴室を覗いた貴俊が少しひいているのがわかる。いくら社長令息といえど、このクラスは滅多にお目にかかれないのだろう。
こういう反応は年相応で、少し安心する。
「いわゆるエグゼクティブにあたるところだから。一泊いくらするかは聞いてくれるなよ」
「ここに…泊まるんだよな?」
貴俊がそろりと浴室のドアを閉めたところで、廊下の違う方向のドアを開けた。
「ここがリビングで、奥にあるドアが寝室だ」
先程までいた和室とは違い、ソファセットにテレビ、軽いキッチンが備え付けられている。
「寝室は二つあるから、別々で寝れるぞ」
初対面のアルファと寝室が同じなんて、さすがに寝れる気がしない。
今僕はヒートじゃないから、アルファを誘惑することはないとは思う。
でもやっぱり長時間、アルファと共にいるのは気を使う。
室内の同じ空間にいれば、貴俊を否応なく意識するオメガの自分がいる。
『狼』の強いアルファのフェロモンに部屋が満たされて、僕も彼のフェロモンに包まれているようだ。
「コーヒーでもいれるよ」
寝室のドアを開け、中を見ていた貴俊が所在なげに部屋の中をウロウロしている。
「色々種類あるみたいだけど、貴俊…さ…んはどれがいい?」
彼の名前をどう呼ぶのが正解なのか、未だにわからない。
「貴俊って、呼び捨てでいいよ。同い年だろ?」
カセット式のドリップマシーンはコーヒーだけじゃなく抹茶ラテなどもあって種類が豊富だ。
貴俊はコーヒーのブラックのカセットを手にして、マシンにセットした。
「僕のことも、蒼司って呼び捨てでいいから」
「……蒼司」
至近距離で呼ばれて、ドキリと心臓が跳ねる。
「蒼司は、俺のことが怖くないのか?」
腕が触れそうなくらいの距離。
「ん…怖くないよ」
アルファとこんなに近寄ることなんて、滅多にない。
アルファが怖くて逃げ出すこともあるし、嫌悪感でどうしようもなくなることもある。
気分が悪くなることもあった。
でも貴俊といても、そんなことはない。
「さっきから、何度も僕のこと気にしてくれてありがとう」
この人は優しいアルファなんだと思う。
「貴俊は大丈夫」
自然と笑みが溢れた。
貴俊は照れたのか、視線を僕から外し、ソファの方へコーヒーを持って座ってしまった。
僕もそれを追ってソファに座る。
「ん?なんだろ、これ」
二人の座るソファの中心にあるローテーブル。
その上にはエグゼクティブな部屋に似つかわしくない無機質な赤いファイル。
ホテルの備品ではないそのファイルを手に取り、開いてみた。
「は!?」
「どうした?」
驚いた僕の声に、貴俊が僕の手元を覗く。
ファイルの中には、『岸波貴俊様、佐々森蒼司様、御新居一覧』と、書かれた題字。
ページをめくれば、不動産情報誌のようにマンションの間取りや写真がレイアウトされている。
「………マジか」
貴俊のつぶやきに、僕は飛んでいた意識を戻す。
「ちょっと、母さんに確認する!」
ファイルにある物件は、佐々森グループが建てたマンションばかりだ。
僕は急いでスマホを取り出し、母に電話をかける。
「母さん!?」
二回のコールでつながった電話。
『はぁい、蒼司』
こちらの勢いなど無視をした呑気な母の声が聞こえてくる。
「この新居一覧ってなにっ?」
『そこ?』
「そこって?」
『離れから出たいって話なのかと…』
離れから出るのは許されないのではないのか。
『貴俊くんとはうまくやれそうなのね』
母の安堵した声が電話口から聞こえてくる。
アルファとオメガには相性がある。
相性が悪ければ同じ空間に長い時間いるのは難しい。
母の一番の心配はそこなのだろう。
マッチングの相性は、会ってみなければわからないことだからだ。
『問題ないようなら、あなた達、春から同居してもらうから、そのための新居よ』
「なんだよ、それ!!」
僕の横に来て電話を聞いていた貴俊が頭を抱えている。
『詳しくは明日、帰ってきてからするわ』
「今、ここに来て説明すればいいだろ」
どうせまだ母達はホテルにいるはずだ。
『野暮なことはしたくないわ♡』
語尾にハートマークをつけた母と会話していたら、頭痛がしてきそうだ。
『二人で住む新居はその中から選んで教えてね。すぐに手配するから』
そして、僕の返事も聞かずに電話は切られた。
互いに顔を見合わせ、深いため息をついた。
誰か、僕たちが置かれている状況を詳しく教えてくれ!
0
あなたにおすすめの小説
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
蒼い月の番
雪兎
BL
Ωであることを隠して生きる大学生・橘透。
ある日、同じゼミの代表であるα・鷹宮蓮に体調の異変を見抜かれてしまう。
本能が引き寄せ合う“番候補”の関係。
けれど透は、運命に縛られる人生を選びたくなかった。
「番になる前に、恋人から始めたい」
支配ではなく、選び合う未来を目指す二人の、やさしいオメガバースBL。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
【8話完結】勇者の「便利な恋人」を辞めます。~世界を救うより、自分の幸せを守ることにしました~
キノア9g
BL
「君は便利だ」と笑った勇者を捨てたら、彼は全てを失い、私は伝説の魔導師へ。
あらすじ
勇者パーティーの万能魔術師・エリアスには、秘密があった。
それは、勇者ガウルの恋人でありながら、家事・雑用・魔力供給係として「便利な道具」のように扱われていること。
「お前は後ろで魔法撃ってるだけで楽だよな」
「俺のコンディション管理がお前の役目だろ?」
無神経な言葉と、徹夜で装備を直し自らの生命力を削って結界を維持する日々に疲れ果てたエリアスは、ある日ついに愛想を尽かして書き置きを残す。
『辞めます』
エリアスが去った翌日から、勇者パーティーは地獄に落ちた。
不味い飯、腐るアイテム、機能しない防御。
一方、エリアスは隣国の公爵に見初められ、国宝級の魔導師として華麗に転身し、正当な評価と敬意を与えられていた。
これは、自分の価値に気づいた受けが幸せになり、全てを失った攻めがプライドも聖剣も捨てて「狂犬」のような執着を見せるまでの、再構築の物語。
【勇者×魔導師/クズ勇者の転落劇】
※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。
※糖度低め/精神的充足度高め
※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。
全8話。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる