青い鳥と金の瞳の狼

朔月ひろむ

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はじまり 〜Side S〜

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離れの庭を散策するのはいい気分転換になった。
目の前を行く貴俊が、そばにいる空気になんとなく慣れてきたように思う。
「離れの中を案内するよ」
出てきた縁側から室内に戻り、離れの廊下を歩く。
「あっちがお手洗いで、その向こうが浴室」
長めの廊下に見える扉二つを指す。
この離れの浴室は豪華だ。
シャワールームにサウナ室。普通の浴槽と洗い場があって庭には露天風呂が設置されている。
さすがの僕も、この離れに宿泊するのは初めてなので、お風呂は楽しみだ。
「豪華…だな」
浴室を覗いた貴俊が少しひいているのがわかる。いくら社長令息といえど、このクラスは滅多にお目にかかれないのだろう。
こういう反応は年相応で、少し安心する。
「いわゆるエグゼクティブにあたるところだから。一泊いくらするかは聞いてくれるなよ」
「ここに…泊まるんだよな?」
貴俊がそろりと浴室のドアを閉めたところで、廊下の違う方向のドアを開けた。
「ここがリビングで、奥にあるドアが寝室だ」
先程までいた和室とは違い、ソファセットにテレビ、軽いキッチンが備え付けられている。
「寝室は二つあるから、別々で寝れるぞ」
初対面のアルファと寝室が同じなんて、さすがに寝れる気がしない。
今僕はヒートじゃないから、アルファを誘惑することはないとは思う。
でもやっぱり長時間、アルファと共にいるのは気を使う。
室内の同じ空間にいれば、貴俊を否応なく意識するオメガの自分がいる。
『狼』の強いアルファのフェロモンに部屋が満たされて、僕も彼のフェロモンに包まれているようだ。

「コーヒーでもいれるよ」
寝室のドアを開け、中を見ていた貴俊が所在なげに部屋の中をウロウロしている。
「色々種類あるみたいだけど、貴俊…さ…んはどれがいい?」
彼の名前をどう呼ぶのが正解なのか、未だにわからない。
「貴俊って、呼び捨てでいいよ。同い年だろ?」
カセット式のドリップマシーンはコーヒーだけじゃなく抹茶ラテなどもあって種類が豊富だ。
貴俊はコーヒーのブラックのカセットを手にして、マシンにセットした。
「僕のことも、蒼司って呼び捨てでいいから」
「……蒼司」
至近距離で呼ばれて、ドキリと心臓が跳ねる。
「蒼司は、俺のことが怖くないのか?」
腕が触れそうなくらいの距離。
「ん…怖くないよ」
アルファとこんなに近寄ることなんて、滅多にない。
アルファが怖くて逃げ出すこともあるし、嫌悪感でどうしようもなくなることもある。
気分が悪くなることもあった。
でも貴俊といても、そんなことはない。

「さっきから、何度も僕のこと気にしてくれてありがとう」
この人は優しいアルファなんだと思う。
「貴俊は大丈夫」
自然と笑みが溢れた。
貴俊は照れたのか、視線を僕から外し、ソファの方へコーヒーを持って座ってしまった。
僕もそれを追ってソファに座る。

「ん?なんだろ、これ」
二人の座るソファの中心にあるローテーブル。
その上にはエグゼクティブな部屋に似つかわしくない無機質な赤いファイル。
ホテルの備品ではないそのファイルを手に取り、開いてみた。
「は!?」
「どうした?」
驚いた僕の声に、貴俊が僕の手元を覗く。
ファイルの中には、『岸波貴俊様、佐々森蒼司様、御新居一覧』と、書かれた題字。
ページをめくれば、不動産情報誌のようにマンションの間取りや写真がレイアウトされている。
「………マジか」
貴俊のつぶやきに、僕は飛んでいた意識を戻す。
「ちょっと、母さんに確認する!」
ファイルにある物件は、佐々森グループが建てたマンションばかりだ。
僕は急いでスマホを取り出し、母に電話をかける。

「母さん!?」
二回のコールでつながった電話。
『はぁい、蒼司』
こちらの勢いなど無視をした呑気な母の声が聞こえてくる。
「この新居一覧ってなにっ?」
『そこ?』
「そこって?」
『離れから出たいって話なのかと…』
離れから出るのは許されないのではないのか。
『貴俊くんとはうまくやれそうなのね』
母の安堵した声が電話口から聞こえてくる。
アルファとオメガには相性がある。
相性が悪ければ同じ空間に長い時間いるのは難しい。
母の一番の心配はそこなのだろう。
マッチングの相性は、会ってみなければわからないことだからだ。
『問題ないようなら、あなた達、春から同居してもらうから、そのための新居よ』
「なんだよ、それ!!」
僕の横に来て電話を聞いていた貴俊が頭を抱えている。
『詳しくは明日、帰ってきてからするわ』
「今、ここに来て説明すればいいだろ」
どうせまだ母達はホテルにいるはずだ。
『野暮なことはしたくないわ♡』
語尾にハートマークをつけた母と会話していたら、頭痛がしてきそうだ。
『二人で住む新居はその中から選んで教えてね。すぐに手配するから』
そして、僕の返事も聞かずに電話は切られた。

互いに顔を見合わせ、深いため息をついた。
誰か、僕たちが置かれている状況を詳しく教えてくれ!
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