青い鳥と金の瞳の狼

朔月ひろむ

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新生活 〜Side S〜

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あの日、『お見合い』の日はとりあえず映画とネットで時間を潰して、一夜を明かした。
ヒートにもなっていない以上、理性があるので性行為に及ぶことはない。
そんなことは予想されていたことで、特に問題にならなくて安心した。
次の日、帰宅した僕を待っていたのは、あっけらかんとした母だった。

男のオメガの成熟期は18歳前後であると言われている。
『青い鳥』の男のオメガが発情した場合、フェロモンの影響がバイオテロ並みに恐ろしいらしい。公共の場で僕が急遽発情した場合の危険性を政府は危惧したらしいのだ。
現在、僕には番う相手も、想う相手も、パートナーになってくれそうな相手もいない。
そこで、同じように相手のいない『狼』が僕にマッチングされることになったのだという。
政府にとっては一石三鳥くらいの解決方法だ。
僕達の相性が良いならという条件の下、お互いをパートナー第一候補として共に生活するという方針らしい。
そうすることで、『青い鳥』のオメガの身の安全性も保たれる。
一応、僕達の意思と人権も確保されている形だ。

母も『お見合い』相手として僕に貴俊としては申し分なく、岸波側も僕をもらい受けるメリットが十分にあるらしい。
すべてが美味しい話もそうない訳だ。
あとは僕達が仲良く暮せばハッピーエンドらしい。

仕方ない。
もう、こうなったらどうしようもないのだから。
僕はこれから貴俊と住むことになる新居の鍵を握り、駅前に立っていた。
貴俊とここで待ち合わせして、一緒に新居に向かう。
入学式が終われば毎日この駅を利用して大学に通うわけだから、早く道を覚えた方がいい。
そんな考えから、駅での待ち合わせだ。
「やばい…緊張する」
貴俊と会うのは、あの『お見合い』の日から初めてだ。
連絡は必要にかられて取り合っていたが、こうして会うとなると、どんな心持ちでいたらいいかもわからない。
「こんなことなら、現地集合にしときゃよかった…」
行き交う人を見て、貴俊が来てないかチェックする。
駅に電車が着いたらしく、改札口から多くの人が出てくる。その中に、貴俊を見つける。
貴俊も僕をすぐに見つけてくれて、小走りにこちらにやってきた。

「待たせたか?」
「僕もさっき来たとこ」
デートに行くカップルか。
漫画のようなやり取りに気恥ずかしさを覚えながら、駅を出た。
「一応、最低限の生活用品は揃ってる。細々したものはそこらへんのスーパーとかドラッグストアにあとで買いに行こう」
一度下見に来ていた僕は、貴俊に生活に必要そうな施設の場所を説明していく。
僕達の暮らす部屋は、駅に近い高層マンションだ。どんなに迷っても、近辺にいれば見上げると視界に入る。
周辺も暮らすには困らないようにスーパーなどすべて揃っている。

「あとで解錠の仕方とかは説明する」
このマンションはコンシェルジュ付物件だ。
あの物件リストには、ホテルや商業施設が入ったタワーマンションやスポーツジム付のマンションなど我が佐々森グループが誇るマンションが取り揃えられていた。
その中で僕達が住むのは、比較的普通の物件を選んだ。
「どうぞ」
鍵を開けて室内に入る。
間取りは2LDK。大学生の身分なら、このくらいで十分だろう。
室内はモデルハウスのように家具が入れられ、すぐに生活できるように整えられていた。
「一応、ハウスキーパーが週に二回入ることになってる」
もう僕は、シェアハウスしていると割り切ることにしているが、貴俊はどうなんだろうか。
「洗濯とか食事とかは…」
室内を見聞していた貴俊が振り返る。
今日初めて真正面から対峙した。
ゾワリと何かが僕の背中を駆け上がる。

「今日からよろしく、蒼司」
貴俊が右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
僕はその右手を握った。
「あ……」
交わったのは手だけじゃなくて、お互いの常に出ていたフェロモンが混ざるのがわかる。
繋いだままの右手が引かれる。
僕はよろけて、貴俊の胸へと体を預けてしまう。
「え……?」
貴俊の左手が背中に回る。
僕は貴俊に抱き込まれてしまう。
「……こうすれば、お互いのフェロモンが混じり合うらしい」
うぅ、と小さな唸り声をあげて、貴俊が僕の肩に顔をうずめる。
項に近いそこに他人の顔があることは、オメガにとって身の危険を感じるはずだ。
それなのに心地よくて、僕たちはしばらくそのままの体勢で過ごしていた。
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