スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ

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第16話 プレゼント

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「それじゃ、エシラはこれから旅に出ることになるから必要な物を買っておきなさい。これは俺からのお小遣いみたいなものだから」

 大魔女らとの顔合わせが終わって数日後、エシラは領主から大量の金貨を受け取っていた。

 月夜見の大魔女であるミツキ・レディルの弟子となったことにより、必然的に世界を飛び回ることになったのだ。
 なので、こうして街に繰り出して生活必需品以外にも欲しいものを今のうちに買っておこうというわけである。

「なにかおっかな。ほんやのおくにあるわすれられたほんとか、こっとうひんもいい……‼」
『あのなぁエシラ。旅に持っていけるものだから小さめじゃなきゃあダメだぞ?』
「たびにはロマンもひつよう。たのしむこころもだいじ」
『……はぁ。もう好きな物買って、師匠と領主に怒られてしまえ』

 肩に乗っているアイは呆れ混じりのため息をつく。
 それを気にすることなく街を練り歩き、店に入って店内を物色した。

 ただ、彼女のお眼鏡にかなうものはなく、うーんと唸る。

「とくに、かいたいものがない……。しいていうなら、スラムのみんなへのプレゼント?」
『それでもいいんじゃないか? これから当分会えなくなるんだし』
「うん、じゃあそうしよう!」

 その後、店を巡りまくって皆へのプレゼントを買い漁るのであった。


  #  #  #


 スラム街に帰ってきたエシラは、早速今までお世話になった住民たちへのプレゼントを始める。

「セヴンさん、これプレゼント」
「わ~~! 私こんなきれいなハンカチ初めて! ありがとうエシラちゃん‼」
「ローロイはこれ」
「何……この、何? 人面魚の銅像て……。うん、アリガト」
「タールおじさんは美味しいって言われたジュース」
「おー、あんがとなァ。助かるぜ」
「フーモおばさんはコレね」
「おおーーいおいおいおいいお‼ 泣いちまうじゃねぇかクソッたれ‼ あんがとなぁぁ‼」

 エシラのプレゼントで喜んだり、別れを悲しんだり、一喜一憂する住民たちを見て笑みがこぼれた。
 全てのプレゼントを配り終え、一旦領主邸まで行こうとしたその時、住民たちから待ったが出る。

「どうしたの?」
「実はな、僕等からもプレゼントがあるんで~~っす‼」
「えっ? でも、たいへんだったんじゃ……」
「エシラ、これから始まる終わりがわかんねぇ旅路。ワシらの気持ちをちゃんと受け取りやがれ」
「……わかった」

 エシラに手渡されたのは、スラム街で作られたとは思えないほど純白の服装であった。

「魔女っぽい服をみんなで作ろうって話だったんだがなァ、とんがり帽子だけは技量不足で作れなかったぜ」
「すごい……。まんぞく! えへへ、みんなありがとうっ‼」

 早速家に駆けこみ、貰った服に袖を通す。
 鏡はないため、すぐに皆のところに戻って感想を求めた。

 白いスカートに、つなぎ目がある外套。革のブーツにポーチといった、白で統一したコーデだ。

「うん、似合ってるよ!」
「めんこい子が服をきりゃあなんでも似合うんだよ」
「エシラ可愛いいいい! いかないでぇええええ‼」
「あとはとんがり帽子があれば完璧ね!」

 褒め一色に、彼女の顔はバラ色に染めて照れていた。
 こうして、貧困だけれど皆で楽しく過ごすの一旦終わりと考えると、彼女は少しブルーな気分となる。

「あー……そうだ。エシラ、これもやるよ」
「タールおじさんからも? これ……?」

 タールから渡されたのは、真っ白なホウキだ。
 それを受け取り、タールの顔を交互に見比べる。

「そいつぁ学院で贈呈されたもんだが、オレには使いこなせなかったんだ」
「なにができるの?」

「おお、まじょっぽい! けど、タールおじさんができなかったことができるのかな?」
「大丈夫だろ。なんせお前は魔力効率百パーセントの怪物だ。それとコツを掴めばできんだろ」

 そうなんだ。そう呟いてホウキにまたがって魔力を込めてみる。
 するとそのホウキの色は黒色に変化し、ロケットが射出されるように空へと飛んで行った。

「あばばばばばば⁉ は、はやいよ~~‼」
『え、エシラ⁉ これオイラたち落ちたら死んじまうよ‼』
「な、なんとかふじちゃくしなきゃ……!」

 スラム街からあっという間に領主邸あたりまで飛行するが、勢いは弱まることを知らない。
 そのまま一直線に降下し、池へとダイブした。

「ぷはっ! し、しんじゃうかとおもった……」
『うぺぺぺぺ……』
「ああ! アイ! しっかりして⁉」
『ホウキには……二度と御免だ……』
「うぅ……しっかりれんしゅうするから……」

 騒ぎを聞きつけた騎士やメイドたちが池へと集まり、エシラを囲む。
 仕舞いには領主もやってきて、手で顔を覆って奇行に目を背けた。

「…………何をしているんだい、エシラ」
「おそらをとんでたらおちた」
「そう……。とりあえず乾かそうか」

 領主邸の中に入り、領主の魔術でいとも容易く服と髪が乾く。
 彼は「渡したいものがある」と言い残して、この部屋を後にした。

「まさかりょうしゅからもなんかもらえるとは……」
『貰えるもんは病気以外貰っとけ!』
「そうだね。みんな、やさしいなぁ……」

 立ち去ってからものの数秒で扉が開いたが、そこには領主ではない人物が立っている。
 同じ赤髪だが、女性。使用人こと、領主の妹がそこにはいた。

「失礼します。エシラ様、月夜見の大魔女様との旅路に出るということで、ご挨拶に参りました」
「……そう。えっと、わたしのこと、うらんでないの?」

 メイドにそう問うと一瞬瞠目し、憑き物が落ちたように爽やかな笑みを浮かべる。

「そうですね、以前と同じようなら恨んでいたかもしれません。ですが、領主様……いえ、お兄様が前を向いてくれたので。
 エシラ様、本当にありがとうございます。そして、数々の妨害をして貶めようとして申し訳ございませんでした」
「ううん。わたしも、あなたとおなじだったらそうしてたかもだし。きにしないで」
「そう言ってくださり、幾分か心が軽くなりました。えへへ」

 この兄妹は、きっともう大丈夫だろう。そう思い、エシラの心にもジワリと温もりが滲んだ。
 メイドは何かを思い出したかのように手を叩き、ズイっと距離を縮める。

「そういえば! 私、そろそろ素性を公に明かそうかと考えているんです」
「そうなの? もうかくせなくなっちゃうからとか?」
「それもあります。けど、貴族と正式に認められれば私も魔導書グリモワールと契約できるかもですから。私も魔女になりたいので!」
「ふふっ、そっか。じゃあまってる。やくそくね」
「はいっ」

 二人は小指を絡ませ、約束をした。

「持ってきたぞー……って、二人とも仲良くなったのかい?」
「りょうしゅ。もっとおくれてきてもよかったのに」
「ま、まあそう言わずに……。はいこれ」
「え……これって……」
「そう。さ」

 部屋に戻ってきた領主から渡されたのは、あの時記憶で見た領主の婚約者――ラヴァンダが持っていた純白のとんがり帽子であった。

「俺がずっと持っているより、君に渡して世界を見させてあげたいと思ってね……。一緒に旅をしてくれないかな? ああ、嫌だったら全然大丈夫だから!」
「……いいよ。そのいしは、わたしがつぐから」

 エシラはその帽子を受け取り、頭に被せる。
 とんがり帽子に服装、ホウキに使い魔(トカゲ)。これでようやく、見た目は完璧な魔女となった。

「あとこれ。手紙だよ」
「てがみ? だれから?」
「君を誘拐しようとした三人からだよ」

 手紙は一つだが、封を開けると三つの紙が出てくる。
 一枚目はファミュからで、妹は領主から信頼できる人を紹介してもらって暮らしているとのこと。
 二枚目はリヤンからで、謝罪と罪の償いをしてくるというもの。
 最後はデディからで、「魔術最高! 次会う時までに鍛えておいてくれ」と書かれていた。

「よかった。みんなげんきそう」
『これも全部エシラのおかげだな! 流石だ‼』
「アイもがんばってくれてありがとうね」
『えっへん!』

 領主からのプレゼントを受け取り、色々な説明を受けて用事は終了する。
 旅に出るのは明日の朝のため、今日はもう帰ることとなった。

「それじゃあ、ばいばい」
「ああ。気を付けるんだよ。夜更かしもダメだからね」
「わかってる」

 ホウキにまたがって射出されるエシラを見送った後、領主は自分の部屋に戻る。
 そこに置かれていた花束を手に取り、あの崖へと向かう。

 草木をかき分け、花弁が一枚も落ちぬようにと大切に運んで行く。
 そしてたどり着いた先には、

「なんだ、これ⁉」

 一面花畑が広がっており、赤青黄、それ以外にも多種多様な花々が咲き誇っていた。
 そして崖の先端部分には、赤い花が添えられていた。

「これは……あぁ、随分派手にやってくれたみたいだね。エシラ」

 エシラは街で花の種を爆買いしており、領主邸から帰る際に種をまき、【よぞらのおはな】で成長促進させて花を咲かせていたのだ。
 領主は俯いて、表情を隠す。されど、上がった口角は下がることを知らなさそうであった。

 自分も手に持っている花束を添え、静かに語りかける。

「ラヴァンダ……綺麗だね。それと、君の帽子はあの子にあげたよ。俺が持っててもどうしようもないし、きっと、あの子なら大切にしてくれるだろうし」

 ふわりと鼻腔をくすぐる花の香に包まれながら、目を閉じた。
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