スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ

文字の大きさ
17 / 17

第17話 いってきます。

しおりを挟む
「よし、じゅんびかんりょう!」

 ――旅立ちの日、当日。
 荷物をまとめたエシラが、ふんすと鼻息を鳴らす。
 大切な物は最初の契約で消えてしまったため、必要最低限の道具しかポーチに入っていない。

「えっと、わたしどこにいくんだっけ?」
『昨日領主に説明されてただろ⁉ 隣国のニュアージュ王国だ! そこに月夜見の大魔女がいるから会いに行くんだよ‼』
「そうそう、そうだったね」
『オイラたちがちゃんとやっていけるかもう心配だよ……』
「なんとかなるって。いつもそうだし」

 皆から貰った白い魔女の服に袖を通し、ブーツを履き、とんがり帽子を被る。
 ホウキを手に取り、アイが肩に乗っかる。準備は万端だ。

「それじゃ、そろそろいこっか」
『おう!』

 家を出ると、スラム街の住民が彼女を囲んで十人十色の反応を見せる。
 別れを悲しむ者や、豪快に笑ってみせる者。共通しているのは、皆、エシラのことを大切に思っているということだった。

「あ、間に合った! エシラ!」
「あれ、りょうしゅたち。きたんだ」

 領主とメイド、そしていつぞやの殴って気絶させた騎士たちも駆けつけてくる。

「おみおくりにきてくれたの?」
「勿論。あと、一つ聞き忘れていたことがあったんだ」
「?」
「魔女には、二つ名が存在する。エシラ、君の二つ名はもう決まったりしているのかな。
 もしそうなら、報告書に記載しておくから教えてほしいな」
「ふたつな……うーん」

 何も考えていなかったエシラは、メトロノームのように首を振って考える。
 そんな時、誰かの言葉が脳裏をよぎった。

《忘れられたくないのならば、君自身も忘れない人になるんだ。そうすれば君は誰からも忘れられず、忘れられないだろう。
 ――〝忘れじの魔女〟として、あの世界で生きるんだ》
「……あ」

 あの日、黒装丁の魔導書グリモワールと契約をした日。
 精神世界で初めて会話をした地蔵の言葉を思い出す。

「わすれじ……わすれじのまじょ」
「〝忘れじの魔女〟? ははっ、いい二つ名だね。君にぴったりだ」

 〝いつまでもあなたを忘れない。だからわたしのことも忘れないで〟。
 そんな意味が込められた、彼女の二つ名だった。

「……あのね、みんなにプレゼントをわたしたのも、すこしでもわたしがおもいでにのこってほしかったからなの。
 だから、えっと……ずっとおぼえててね」

 不器用な笑顔を浮かべ、寂しさを隠しきれない表情となっていた。
 そんな彼女を見かねたのか、住民の一人であるフーモおばさんが口を開ける。

「いいかいエシラ。お前が『いってきます』ってんならよ、ワシらは『行ってらっしゃい』って言うさ。
 必ず帰ってこい。いつまでも待ってるからね。野郎どもも、エシラが帰ってくるまで死ぬのは禁止にするからなぁ‼」
「ひぇええ! ご老体に鞭打たにゃならんのかいな」
「生きる理由ができただけよかったの」
「このままじゃあ俺ら、不老不死になりそうだな」

 心臓の鼓動は相変わらずうるさい。
 旅路への緊張、故郷への別れ。色々ある。けれど、どれだけうるさくとも、もう迷いはなくなった。

「うん、ありがとう。今までも、これからもずっと」

 ホウキにまたがり、深く息を吸い、吐く。
 そしてもう一度息を吸い込み、みんなに向かって叫んだ。

「いってきます‼」
「「「「「いってらっしゃい」」」」」

 エシラの体は宙に浮き、流れ星のように空を裂きながら旅立った。

『いや~~。いつ帰れるかわかんないけど、絶対帰ろうな』
「やくそくだもん、ぜったいかえるよ。ふふっ」
『ん? やっぱり楽しみか?』
「そうだね。いろんな〝わすれもの〟とであって、とりかえしたいから」

 ――この世界には、日喰子ヒグラシという存在がおり、人々の大切な記憶を奪い、わすれものを落とさせることが多発している。
 そんなわすれものを持ち主に返して行き、忘れない、忘れられない存在となる人物がいる。


 それが彼女、忘れじの魔女――エシラだ。
しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

いつき
2025.11.11 いつき

スラム街がスライム街に見えたwwwww

解除
ミドリ
2025.11.09 ミドリ

面白かったです。これからどうなるか楽しみです。
言葉を話せるトカゲの正体も気になります

解除
A・l・m
2025.11.08 A・l・m

うむむ、魔導書は自ら消える(隠れる、逃げる)事が出来るとか、魔力が多くないと本自体見えない(気付けない)とか、某メイドが盗もうとしてたとか、専門の処理業者(魔女とか)に回収させる筈がゴミの日を間違えたとか……。

何かが無いと初手から???になる。(後出しで良い)
(あと、領主たちがもたもた時過ぎ。 「あれはグリモワールだ! 急げ!!」位の危機なのでは?)


あと、仕事で留守だからスラムの健全化?が出来ないのは怠慢。
ひどい部下が居て邪魔するならそれこそ領主の怠慢。
(ここのスラム民は民度が高いから、住み込みの作業所でも作ればやってくれるはず(場所が遠いとか分割ならダメかも))


生まれて初めて受けた殺意のはずだし、当分好かれないのは当然なんだよなぁ……。
まあ、『血を一滴』としか読んでないのに突然本に血を垂らす主人公もどうかとは思うけど……。
(『表紙に』とかあれば別。 本文のままでは『地面に』とか『獣に与えよ』が続いたかも知れない。 本に導かれたなら知らない。)

解除

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。