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16章

閑話:【裏】パーティー2

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 ◆ ◇ ◆

 公爵が担当メイドに話しかけたのは、他のメイド達に聞いても要領を得なかったためである。
 三人に聞いてわかったことと言えば、髪型、身長、ドレスの色、幼い子供であるということくらい。不思議なくらい人物を特定するに至らなかったのだ。
 最後の一人である担当メイドにはダメ元で声をかけた。が、まさか〝本人が名乗っていないのなら教えられない〟と返ってくるとは予想外であった。

 メイドが去ってからも侯爵はメイドに伝えられた言葉を二度、三度と頭の中で反芻していた。そして国王、アデトア、フラーマの王族三人の連名で書かれた手紙を手に取った。
 文字は手書き。書き方のクセからして、アデトアの署名の文字と同一人物だと思われる。つまり、この文章はアデトア殿下が書いたものである。そして言い回しは違えど、似たような一節を発見したのだ。
 先ほどメイドに言われた際、どこか引っかかったのはこのせいだと思い至った。偶然ではないと自分の勘が訴えている。
 侯爵家に仕えている者に調べさせれば、あのメイドはアデトア殿下付きのメイドであることが判明した。

「ふむ……アデトア殿下の知り合いか関係者ということか。我が家は中立の立場ゆえ名乗ることはしなかったのかもしれんな……礼は不要、ね……」

 このパーティーは入城の際もそうだが、厳重な警備がなされていた。身分を証明出来ない者が紛れ込むとは考えにくい。しかも幼い子供。親に何か言われていたとして、自分に恩を売りたければ名乗るだろう。数ヶ月前に現れたの子供が怪しいものの、流石に国の重要なパーティーに参加させるようなマネはしないであろう……と侯爵は考えを改めた。
 しかし、今回の件は少女が気が付かなければ子はおろか、妻さえ弔うこととなっていたのだ。
 騎士ではなくメイドを呼んで運ばせたことも、退出の際は顔を見られぬようにタオルを被せたことも聞いた。しかも少女が出したという指示は的確で神父ですら感心していたほど。少女という割には心配りが大人顔負け。あまりに大きな借りである。
 誰であろうと自分の妻への多大な気遣いがあったことは否めない。メイドだけではそこまでの配慮は難しかったに違いない。

 侯爵の家は昔から中立派であった。だが、忌み子であり、姿をてんで現さないアデトアを王太子としているのはどうなのかと、煮え切らない態度の国王にも多少なりとも不満を抱えていたことは確か。侯爵の個人の心情はフラーマ派であった。
 だが今回のパーティーでの王族三人の様子、絵本の内容や飛来した古代龍エンシェントドラゴンのことといい、これから歴史が動くであろうことが手に取るようにわかる。

「……ふむ。神の思し召しか……」

 まずは妻と話さねばならん、と妻の体調が回復次第相談することにした。
 おしどり夫婦で有名な侯爵家がアデトア派に鞍替えするのか、中立を守るのか……答えが出るのはもう少し先の話である。


◆ ◇ ◆

 突発的な問題で疲れていたセナは夕食を食べると早々に眠りについた。
 アリシアやスタルティ、アデトアも寝室に行き、部屋に残っているのはニキーダとジャレッド、それにエルミスとプルトンの精霊二人だ。
 起きているのは警備の者くらいであろう夜半過ぎ、プルトンからの報告を聞いていたニキーダは笑みを零した。

「信心深いが堅物な中立派筆頭、だったかしら? そんな侯爵を助けるなんて流石セナちゃんね」
「ふむ。もう少し誤魔化して欲しかったところだが……まぁ、及第点だろう」
「目撃者がいっぱいいるんだからしょうがないじゃない。セナちゃんの参加を知っているメンバーは神に誓ったから口を割らないだろうし、何かあってアデトアが責を問われる……なんてことにならないよう未然に防げたことが重要よ」
「……そうだな。築いてきた忌み子への印象はすぐに払拭することは難しいとは思うが、セナの絵本のこともある。アデトアへの風当たりは幾分かマシになるだろう」

 絵本に信憑性をもたせるため、セナが描いた絵本は神へ献上した。神も納得……とまではいかなくとも、罰が下らないという事実が書いてある内容に嘘はないとの証明になると思ったからだ。その際は教会の神父が「本を献上……?」と大層驚いていた。本を献上しようなどと思うことが稀であろう。
 国王の言葉を信じられない貴族が調べたとしてもそのことが浮き彫りになるだけである。

「まぁ、忌み子に関しては認めたくないやつはどうやったって認めないわよ。プルトンちゃん、侯爵は大丈夫そうなのよね?」
《ええ。「神の思し召しか……」って言ってたから大丈夫だと思う。要注意人物達はセナちゃんに頼まれたから闇の子達に見張らせてるけど、念のために侯爵にも付ける?》
「んー……そうね――」

 ニキーダの指示にジャレッドとエルミスから補足や質問が入り、四人でこれからの作戦を練っていく。
 共通認識は〝セナの負担とならないように〟ということ。
 そんな四人の苦労も知らず、セナはクラオルやグレウス、ネラース達とじゃれ合う夢を暢気に見ていた。

◆ ◇ ◆

――時は少し遡る。

 気が抜けていたセナとぶつかった少年はセナが去った後、手を伸ばした状態で止まっていた。それを不思議に思った友人は声をかけた。

「大丈夫か?」
「キレイだ……」
「……は?」
「とても美しい瞳、だった……」

 大丈夫か聞いたのに、返ってきたのは予想だにしないセリフ。あまりの脈絡のなさに友人は思わず彼のおでこに手を当てた。
 いくら年齢制限がなく、飲み放題だからと言って……

「そんなに飲んでいたか?」
「やめろ。飲んでいない」

 手を振り払われた友人は胡乱げに彼を見やる。

「じゃあなんなんだよ」
「今、女の子とぶつかってしまったんだ。その子の瞳が宝石のように美しかった……」
「…………へぇ~、珍し。女なんてうるさい、邪魔だ、って毛嫌いしてたのに。まだ婚約者いないんだし、申し込めば?」
「そういうんじゃない」
「じゃあどういうことだよ? どんな子だったワケ? オレが知ってる子?」
「幼かった、と思う……」

 友人に聞かれてから気が付いた。彼女のキラキラと輝く美しい翠色の瞳しか記憶にない。少女が振り返った瞬間、優しい花のような香りがした……気がしなくもない程度。髪色やドレス、顔の作りも……瞳以外の何も覚えていなかった。

「……記憶力には自信があったんだが……」

 瞳以外を覚えていないんじゃ話にならない。
 しかし、今まで女っ気のなかった彼がひと目で気にいるほど美しい瞳、というのが気になった友人は「パーティーに来ていたならフラーマ殿下に挨拶してるかもな」と思い付いた。
 パーティー会場をウロウロしたもののくだんの少女を見つけられなかった二人は後日、フラーマと連絡を取った。

――「兄にも聞いたのだが、該当する者はいなかったと記憶している」

 というのがフラーマからの返事である。
 内容を読んだ瞬間にピンときたフラーマは、すぐにアデトアに問い合わせた。二人共に頭の中に思い浮かんだ人物はセナ。しかし、セナの参加を知っているのは極々少数。参加していたことがバレるワケにはいかない。したがってそのような返答となった。セナは挨拶の列に並んではいない。つまり嘘はついていないのだ。

 フラーマからの返信を見た彼は肩を落とした。
 すでに親や知人達には聞きまわった後である。フラーマが知らないのなら自分で探すしかないだろう。

「その子の瞳が美しい宝石のようだと言うのなら、似たような宝石を持っていれば誰かに説明するときにわかりやすいかもな」
「なるほど」
「まぁ、そのうちパーティーとかで会えるかもしれないだろ。元気出せって」
「そうだな……もう少しパーティーに参加するのもいいかもしれないな」
「おぉ」

 必要最低限のパーティーにしか参加しない彼がいればなぁ……と思うことが多々あった友人は意外そうに片眉を上げた。まさかそこまでしてくだんの女の子を探そうとするとは思っていなかったのだ。

「なぁ、婚約したいのか?」
「いや、そういうワケではない。幼かった……と思うし、そういうんじゃないんだ。ただ、なんと言えばいいのか…………とりあえず気になる。もう一度会って話がしてみたい」
「そうか……」

 そんな会話をした数日後、アドバイスに従って翠色の宝石を購入したのを知った友人は本気度を垣間見た。

――仮に会えたとしても精霊やジルベルト、グレンがいるため、友人以上になることは難しいだろう。二人の捜索が実を結ぶ結果となるのかはセナの行動次第である。今のところは神ですらわからない。ただ、近い未来、彼が翠色の宝石の収集コレクターとして国中に名を馳せることだけは確実だった。

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