青空の中の彼女

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ハルカ

7.逆走

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「んむっ、あむっ…」

 昼休みの教室で昼食をとる。父親の手作りである弁当を。

「梅干しスッペ~」

 たくさん盛られた白米の上には真っ赤な漬物が存在。摘んで口に入れた瞬間に全身が奇妙な感覚に襲われた。

「はぁ……苦手だけど残すのもったいないしな」

 食べ終えた後は種を口から取り出す。入れ違いにお茶を大量に流し込みながら。続けて他のオカズも次々に噛み締めていった。酸味で埋め尽くされた咥内を少しでも緩和する為に。

「ん…」

 周りには大勢のクラスメートがいる。だけど特に気にならない。以前と違って毛嫌いされる事が無くなったので。

 とはいえそれは必要以上に干渉されなくなっただけの話。誤解が全て解けた訳ではないので友好的な関係は築けていなかった。

「しかし翔弥の奴、遅いな…」

 教室のどこにも見えない。トイレに行くと言って出て行った友人の姿が。

「ま、いっか」

 彼以外にも親しいクラスメートは何人もいる。他の男子生徒達と共に食事する箸の動きを進めた。

「空輝」

「お?」

 賑やかに談笑していると名前を呼ばれる。たった今、脳裏に顔を浮かべていた人物から。

「どうした? 便秘にでもなったか?」

「あぁ。オレの心の中はいつでも空輝が詰まってるからな」

「うるせぇっ、死ね!」

「じゃなくてあの子が呼んでるよ」

「んん?」

 教室に入ってきた彼の背後に別の人物を発見。指差す先に見覚えのある女子生徒が立っていた。

「あれ? どしたの?」

「こんにちは」

「はいはい、こんにちは」

 近付いた瞬間に彼女が丁寧に挨拶してくる。軽い会釈も付け加えて。

「また何か用?」

「え~と、もし暇ならお話しませんか?」

「……いや、暇っちゃ暇だけどさ」

 姿を見せたのは1つ下の学年の後輩。普段、学校では顔を合わせないカテゴリーの人物だった。

「もう少ししたら食べ終わるから先に中庭に行ってて」

「あ、はい。了解です」

「もし俺が来なかったらバックレたって事で教室に戻っちゃっていいよ」

「そうですね。その時は放送室をジャックして泣きながら先輩を呼び出したいと思います」

「必ず行くからやめてくれ…」

 ジョークに対してジョークで返される。若干、本気か冗談かの判別がつきにくいネタを。

「何だったの?」

「俺に告りたいから中庭に来てくれだとさ」

「そんな……空輝にはオレが付いているというのに」

「ふざけんなっ! くたばれ、この野郎!」

「ギャーーっ!? やめてくれ!」

 席に戻って来ると友人達に嘘の内容を発表。約1名の首を絞めながら。弁当箱の中身を急いで空にして教室を出た。


「お待た~」

「わざわざありがとうございます」

 校舎を出た所で声をかける。1人で日陰に立っていた女の子に。

「君はもうお昼食べたの?」

「はい。メロンパンを1つ」

「少なっ! それで足りるの?」

「体が小さいし少食なもので」

「無理なダイエットしてる訳じゃないなら良いけどさ。ただちゃんと栄養とらないと大きくなれないぞ~」

 側に駆け寄って日常的なトークを開始。天気が良いので辺りには多くの生徒が蠢いていた。

「んで、話って?」

「え~と、春華先輩との事はどうなったかと思いまして」

「やっぱりそれか…」

 本題を切り出した途端に予想していたキーワードが飛び出す。クラスメートの女子の名前が。

「もう何もされてないよ。脅されもしてないし、会話もしてないし」

「そうですか」

「親しい人達にも写真を撮ったのが俺じゃないって説明してくれたみたいでさ。妙な疑惑もほとんど消滅」

「なら良かったです」

「奏多さんのおかげだよ。サンキュー」

 結果報告しながら礼の言葉を告げた。心の底から感じている感謝の気持ちを。

「私は少し言い過ぎてたのではないかとちょっぴり後悔しました」

「あれぐらい別に良いよ。向こうの方がよっぽど悪どい事してきたんだし」

「もう春華先輩を付け回したりしてないんですか?」

「……する訳ないじゃん。メリットどころかデメリットしかないもん」

「ですよね」

 また接点でも作ろうものなら今度こそ不幸のドン底に叩き落とされるかもしれない。今回の件で不用意な好奇心は揉め事を巻き起こすと学習した。

「結局、あの写真は誰が撮ったんでしょうね」

「さぁ? 仲の良い友達とかじゃない?」

「私、ずっと気になってた事があるんですけど」

「何?」

「あの画像に写ってたアザって本当に偽物なんでしょうか」

「はぁ?」

 後輩が奇妙な発言を投下する。騒動を蒸し返すような台詞を。

「どういう意味?」

「私にはアレが作り物だとは思えないんです」

「ふ~ん。その根拠は?」

「わざわざ自作するにしても背中や肩に描くでしょうか。手が届かないのに」

「いや、それは誰かに確認されるのを防ぐ為でしょ。制服着てたらごまかせるじゃん」

「でも着替えの時に見られますよね?」

「まぁ……確かに」

 互いに意見をぶつけ合った。思考を楽観的と懐疑的と正反対の方向に向けて。

「あと血が滲んでて妙にリアルだったし」

「ガチの怪我だって言いたいの?」

「それは何とも言えません。嘘とも本当とも」

「むぅ…」

 本音を言わせてもらえばどうでもいい。関わりたくない人物の話なんかしたくもなかった。

「俺にその話をしてどうしろと言いたいわけ?」

「いえ、特には。ただ気になったので言及してみたかっただけです」

「あっそ。それより俺は君が俺を付け回してた理由の方が気になるんだけど」

「え? 教えましょうか?」

「ぬぉおおぉおーーっ!! 知りたいけど聞いたら逃げられない気がするから聞けない!!」

 頭を抱えて喚く。全身をクネクネ動かしながら。

「別にそんな大した理由ではありませんよ」

「大した理由が無かったら他人を尾行なんてしねぇよ…」

「ちゃんと事情を打ち明けてもこうやって普通にお話してくれるのは私にとって嬉しい誤算です」

「本当に誤算か分かんないぞ…」

 彼女の考えがまるで理解出来ない。悪人ではないのだろうが素性も知らないので信用も出来なかった。

「お? 昼休み終わりだ」

 校内全体に大きな音が響き渡る。休み時間の終了を告げるチャイムの音が。

「中に戻ろうぜ」

「そうですね。午後の授業に遅刻してしまいます」

「え~と、もしかしたら奏多さんはまたこうやって俺を呼び出しに来たりするのかな?」

「はい。青井先輩が迷惑でなければ」

「迷惑……って言ったらどうする?」

「……ぐすっ。その場合は放送室をジャックしてブチギレながら先輩を呼び出したいと思います」

「意味分かんねぇよっ!」

 大声で突っ込む。理不尽すぎる行動に対して。

 抑止しても効果が無さそうなので白旗を上げて降参。クラスメートに変な勘繰りをされない為に連絡先を教えておいた。

「んっ…」

 教室に戻ってくると真っ先に視線を向ける。協議の中に名前が出てきた女子生徒の席に。

 彼女はいつもと変わらず過ごしていた。作り物としか思えなくなっている笑顔を浮かべながら。



「成戸~」

 翌日の登校時間、自転車で学校へ向かう途中で声をかける。クラスの違う女子生徒に。

「だから名字で呼ぶのやめてって言ってるじゃん。星香でいいよ、星香で」

「お前に頼みがあるんだけど」

「いや、あたしの話聞いてる?」

「聞いてない」

「聞いて、聞いて!」

 大きく手を振った瞬間に彼女がペダルを漕いで接近。寝癖を整えながら近付いて来た。

「ていうか青井くん、今日はチャリなの?」

「おう。成戸に会う為にわざわざ頑張って走って来たんだぜ」

「やだ、そんな……恥ずかしい」

「お前を見てたら急にラーメンが食べたくなってきたわ。パブロフの犬の効果かな」

「……そうやってからかってこなければ良い人なのに」

 目の前にいる人物は自宅から水前寺高校まで近い。徒歩でも15分程の距離。そしてうちはその倍以上の距離がある。なので普段はバスを使って通学していた。

「んで、あたしに頼み事って?」

「実は体育の着替えの現場をスパイしてきてほしいんだ」

「……は?」

 挨拶込みの漫才を終えた後は会話を本筋に移す。遅刻しないように学校を目指して。

「男の俺だと女子の更衣室に入れないだろ?」

「ちょ、ちょっと…」

「だから女のお前に代わりに行動してもらってだな」

「え、え…」

「目視が難しいなら写真撮っても良いし。なんなら動画を撮って後で確認でも良いし」

「青井くんはいつからそんなヘンタイさんになったのさ!」

「ん?」

 信号も無い道路で相方が停止。ブレーキをかけるのと同時に声を荒げてきた。

「おい、俺は女子の着替えが見たい訳じゃないぞ。見れるもんなら見たいけど」

「どっちなん?」

「春華さんの体を確認してほしいって意味」

「ほぇ? 春華さん?」

「あちこちにアザの付いてる写真が出回ってたじゃん? アレが真実か作り物かを確かめたいんだよ」

 何やら勘違いしているみたいなので軌道修正を図る。少しだけ欲望をぶちまけながら。

「え……でもアレって化粧道具を使ったフェイクじゃないの?」

「実は本物かもしれない可能性が出てきた」

「どこから?」

「部屋の押し入れ」

「怖いよ」

 発端である後輩の存在は黙っておいた。無意味な詮索を防ぐ為に。

「ん~、よく分かんないんだけど青井くんはアレが作り物じゃないと思ってるの?」

「まぁ。かもしれない程度だけどな」

「ふ~ん、優しいね」

「だろ?」

「もしくはスケベだね」

「だろ?」

「いや、そこは否定しようよ」

 本心を濁しながら喋る。全ての事情を打ち明けられないのが心苦しかった。

「しょうがないなぁ~。大切な友達の頼み事だから協力してあげましょうかね」

「やったぜ。助かるわ」

「青井くんがあたしのお着替え現場を覗きに来ても困るし」

「ほう。ちなみに成戸はどんな下着を着けてるの?」

「え? 気になる? 気になっちゃう?」

「真っ白なブラにピンク色の渦巻きが描いてあるヤツか?」

「もういいよっ! あたしは降りるから調査なら自分でやって!」

「悪かった。帰りにハンバーガー奢るから許したってくれ」

 憤慨する友人をどうにかして宥める。学生が奮発出来るレベルの飲食物の存在をダシにして。

 学校に到着後は廊下で解散。不機嫌にさせてしまったが申請は応じてもらえる事になった。


「お~い」

「どうだった?」

 そして数回の授業を挟んで再び合流する。体育の授業が終わってすぐの休み時間に。

「結論から言うと分からなかった」

「はぁ? 何でだよ!?」

「お、怒んないでってば。別に忘れてた訳じゃないし」

「もしかして欠席して見学?」

「うぅん、ちゃんとバレーの試合に出てたよ。でも着替える時に体を隠してたから分かんなくてさ」

「そうか…」

 開口一番に友人が芳しくない報告をしてきた。ミッション失敗という結果を。

「けど隠そうとしてる時点で怪しくない? 例の騒動から1週間以上は経ってるのに」

「普通ならもう消えてるよな」

「でっしょ? それにあたし、春華さんと親しくしてる子達にそれとなく話を聞いてみたんだ」

「なんて?」

「あのアザって本物だったのかって」

「そのまんまじゃねぇか」

「そしたらあの拡散事件より前にもアザがあった事が何度かあったらしいよ」

「は? 前にも?」

 落胆していると話が思いもよらない方向に進んでいく。疑惑を解消するどころか深めてしまう展開へと。

「つまり……どういう事?」

「あたしにもサッパリ」

「本物だったって事?」

「多分。その子達も春華さんに原因を尋ねた事があるんだけど教えてくれなかったんだってさ」

「えぇ…」

 状況が理解出来ない。予想していたよりも複雑な裏事情が絡んできていた。

「青井くんの憶測、当たってたかもよ」

「う~ん、外れてほしい時に限って当たるんだよな…」

「だね。世の中の不条理な所だよ」

 2人して頭を悩ませる。全てが本当だとしたら深刻であろう問題を前に。

「……よし! やった奴を見つけよう」

「え? アザを作った犯人?」

「その通り。特定してやめさせる」

「お、おう…」

 もう関わらないと決めたハズなのに。思考が首を突っ込む方向で動いていた。

 湧き上がってくる正義感に似た感情を理解する。前日までと正反対の行動をとろうとしていた。
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