パパに恋しちゃダメですか!?

Hiroko

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 後ろの席がどよめきだした。
 とくに女子。
 どよめく、ってのはおかしいかな。
 声を押し殺して歓声を上げ始めた。
 これも違う……。
 感嘆のため息が聞こえた。
 これが近いかな。
 んーーー、まあとにかく、まるでそう、よくあるじゃない? テレビ番組とかでさ、芸人がアイドルの物まねして歌うたってる時に、後ろから突然本物が現れたあ! みたいなの。あんな感じ。
「え、え、やだ、イケメン!」「すごい、だれだれ?」「背、高くない?」「芸能人みたい! てか、芸能人?」「誰の親? ねえ!」「え、親なの? 若くない?」「モデルみたい!」「オーラ出てるよ、オーラ!」「ひゃあああ!」みたいな小声が後ろからウェーブのように広がってくるのがわかる。そんな声を聞いた女子に授業もへったくれもない。みんなあからさまに後ろを振り向く。
 けど私はその声を聞いて身を固くした。
嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ……、ねえ、嘘だと言って。私は小さくなりながらそう祈る。
 これ前にもあった。クラス中のこのリアクション。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
 あの時は、国語の女の先生までアホの中学生並みに口をポカーンと開けて間抜けな表情で後ろを見てた。あの顔が、あの表情が、今でもトラウマなんだよう!
「ねえ愛衣奈、あれ身長何センチあると思う?」右隣に座る梨花がそう耳打ちしてくる。
 191.5センチだよ。だからもう黙って! と私は心の中で答える。
「ねえ愛衣奈、あれ誰の親かなあ?」と前の席から香奈子が聞く。
 身長見ればわかるでしょ! 女子なのに175超えてるの私だけだよ!
「ねえねえ愛衣奈! ひ、ひゃぁぁぁ!」左後ろの席から結衣の声が聞こえた。
 え、いま何て言ったの? それ日本語? 英語?
 ああもう! あたまパニクる!
 後ろ見れない! 後ろ見れない! 後ろ見れない!
 もう見なくてもわかる。これ中一の時と同じだ。なんでパパ来るのよ!
 いっつもそうよ! なんでも突然! こっちにも心構えってもんがあるのよ!
 せめて言いなさいよ! 朝会話したよね? どうしてその時言わないのよ!「今日行くから」とかなんかあるでしょ!
 握った拳が小さく震えた。
 変な汗がじわじわと顔や背中からにじみ出てくる。
 熱が出た時みたいに瞼が熱い。
 パパだ、パパだ、パパだ……。
 どうしよ、どうしよ、どうしよ、恥ずかしい!
 私は女子で一番、クラスで二番目に背が高い。なのにクラスで一番、いや学年一、いやいやきっとぜったい学校で一番気が小さい。
 気が小さいんだから神様私の背を低くして目立たなくしてくれればいいのに、なぜか私はこの身長のせいで目立つめだつ。遠足なんかで集団行動の日には、わたし一人みんなより頭一個分抜き出てるから、先生がまるで私を目印みたいに「おーい女子! 愛衣奈の周りに集合!」なんて言う。
 ああ、もう、きっとあれもこれもそれもパパのせいなんだ。
 ああーーー!!! どうしてパパ、授業参観に来るのよ!

 結局私は授業中ずーーーっと金縛りにあったように指先一つ動かすことができなかった。
 授業の終わりのチャイムが鳴り、保護者が外に出たのを雰囲気で知り、そこでやっと後ろを見た。
 よかったー……、もういない。
 私は全身の骨を抜き取られたようにへなへなと床に崩れ落ちた。ってまさかそこまでしないけど、それくらいの気分で体から力が抜けた。
 あーーー、安心したら急にトイレに行きたくなった。そう思って私は立ち上がると、すーーーっと頭から血の気が引き、目の前が暗くなって今度は本当にへなへなと床に倒れてしまった。

 目が覚めるとそこは保健室だった。
 隙間を開けた窓から吹き込んだ春の風がカーテンを揺らす。
 なんだか良く寝た。
 頭がすっきりしてる。
 どれくらい寝たんだろ。そう思って時計を探して横を向いた瞬間、私は「うっわっ!」と低い悲鳴を上げて驚いてしまった。
「パパなんでいるのよ!?」
「ん、いや、先生に呼び出されて駆けつけたんだ。愛衣奈が貧血で倒れていると聞いてな」
「そそそ、そんな! 大丈夫だよ!」
「なんでそんなに慌てるんだ。気にしなくていい。まだ時間はある」
「じじじ、時間って!」
「このあと保護者会とやらがあるらしいんだ。めったに見られないから見学に行こうと思う」
 パパも保護者だから見学するんじゃなくて参加するんだよ! と私は心の中で思ったが、焦ってそんなツッコミも声に出ない。てかいやその、私は自分の父親なのに、パパを前にすると緊張するのだ。まるでその、自分の父親をそんな風に思うのもどうかと思うが、これはほんとに誰がどう見ても映画俳優なみのルックスなのだ。娘の私が緊張するくらいに。
 肌は女の人みたいに綺麗だし、切れ長の目は奥二重で涼し気で、鼻筋は真っすぐ細く、少し薄い唇は冷たそうに見えるがそこから出る言葉はいつも優しい。髪はビジネスマンらしくいつもは固めているが、今日はオフのせいかサラサラと風に揺れている。
「パ、パパ、今日は仕事は?」
「ん? 今日は休みだと朝に言っただろう」
「そ、そうだったね」
「久しぶりに休みが取れたんだ。今月の休みは今日だけだ。このあとお前を食事に誘おうと思う。車で来てるから、保護者会が終るまで待ってて欲しい」
「え、いや、あの、その……」
「どうした。用事でもあるのか?」
「いや、あの、部活が……」
「部活? ああ、そうか。愛衣奈は高校生だったな」
 なに変なこと言ってんのよ! ここどこだと思ってんのよ! パパいま私の授業参観に来たのよね? 高校生だったな、って何よ! パパ私のことなんだと思ってんのよ!
「いや、すまん。お前を見てるとついまだ子供だと言うことを忘れてしまう」そう言ってパパは私の頬を優しく撫でた。
 背中に微かな電流が流れ、パパの視線と匂いに体が熱くなる。
「どうした? 頬が赤いぞ。熱があるんじゃないか?」
「ないないない!」パパにまた触れられそうになって、私は慌てて頭から掛布団をかぶった。
 そう言うとこよ! そう言う、なんて言うの? なんだかその、私を子ども扱いしてるのか、はたまたなんて言うかその、まるで彼女扱いしてるのか、不意に触れ合うって言うか優しいって言うか、なんだか私、自分が何だかわからなくなるのよ!
 それにその目! なんだか愛おしい者を見るようなその目! やめなさいよ! そりゃまあ自分の娘なんだから実際そういう気持ちなのかも知れないけど、照れるのよ! 恥ずかしいのよ! そう言う年頃なのよ!
「俺が連絡を入れておこう」パパはそう言って電話を取り出した。
「え、どこに電話?」
「ん? 学校だ」
 え、いや、パパ、今ここ学校なんですけど?
「あ、もしもし。橋詰愛衣奈の父ですが……」
 ま、まあいいか……。
 そんなわけで、パパは今日の私の部活を体調不良と言うことで休みにしてしまった。

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