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美香さんから連絡があったのは、六月も半ばに差し掛かったころだった。
「ごめんね、もっと早く連絡するつもりだったんだけど、ごたごたしてて」
「いえ、大丈夫です。それよりこんな高そうなお店……」
美香さんに誘われたのは、駅ビルの十階にあるイタリアンのお店だった。ドレスコードこそないものの、カジュアルな恰好では入りずらいお店だ。二人分のコース料理にワインや追加のピザまで頼んで……、いったいいくらになるのだろう。
「こんなの高いうちに入らないわ。いいのよ。私がだすから心配しないで。お金には困っていないの」
普通の人が言えば嫌味にも聞こえそうなセリフも、美香さんが言うとサラッと流れる水のようになんの不快感もない。
「やっぱり日本の料理は美味しいわね。何を食べてもそう思う。あ、でも、ピザだけはイタリアで食べたほうが美味しいわね。そのうち一緒に行きましょう。もっと安くて騒がしくて汗臭い男が酔って絡んでくるけど、ピザとワインがとびきり美味しいお店があるのよ。仕事関係の友人が紹介してくれたお店なんだけど、その友達に会うって振りしていつもその店に連れて行ってもらうの」
イタリア? 私はイタリアに誘われてるの? ピザを食べるために? この人はどこまで本気で言っているのだろう。まるで隣の庭にでも遊びに行くような言い方だ。話が壮大すぎて私はわけがわからなかった。
「日本はこう、洗練されすぎてて、お腹が膨らまないの。わかる? 私こう見えても、けっこう大食いなのよ」美香さんは慣れた手つきでナイフとフォークを使い、ピザを一口大に丸めて食べた。私も真似した方がいいのだろうか。
手が止まっている私に気づいたのか、「ほら、こうやるのよ。覚えなさい? とがっている方から巻いていくの」と言って美香さんはピザの食べ方を教えてくれた。
それにしても、美香さんはやっぱりおしゃれだなあと心の中でため息を漏らした。周りを見ると、ほとんどの人がカジュアルではあるがこなれた感じでスーツを着こなしている。けれどその中でも美香さんの優雅さは段違いだ。
ブラウンのスーツでシックに決めているが、美香さん自身が隠し切れない華やかさを持っている。スタイルも顔も、そして何よりモデルとしてのオーラのようなものが、他の人たちとは一線を画している。
それに比べて私はどうだろう……。持っている服でできるだけおしゃれをしてきたつもりだけれど、まったくこの場にそぐわない気がした。背は私の方が高いはずなのに、背中を丸めて歩くくせのある私よりも、自信に満ち溢れ、人に見られることを常としている美香さんの方が堂々としていて大きく見える。
そのあとを歩く自分が、どれだけみじめだったことか……。と思うと同時に、どうしてこれだけの人が、私なんかに目をかけてくれるのだろうかと不思議でならない。たまたま偶然、食堂で出会っただけの、デブでなんの取り柄もない私なんかに。やっぱりこれって、物好きの道楽かなんかなのだろうか。こんなデブ、めったにいないから、ちょっとからかって遊びたくなったのだろうか。美香さんの真意がわからない。
きっと普通の子なら、この状況を浮足立って喜ぶんだろうなあ。そうわかっていても、それを楽しめない私は逆に自分に失望し、落ち込んだ。美香さんは、私みたいなデブを連れてて恥ずかしくないのだろうか。
私は思わず周りの視線が気になり、横目でちらちら周りを見てしまった。やはり、何人かこちらを見ている人がいる。
「どうしたの?」
「え、いえ、別に……」
「それより調子はどうなの? 言われたとおりにやってる?」
「ええ、その、はい。ちゃんと一日おきに三十分、歩いてます。でも、まだそんなに成果が出なくて……」
「成果? そんなの当り前よ。ただ歩いているだけよ? そんなので痩せるわけないじゃない」
え? と思って私は固まった。痩せるわけない? だったらどうしてこの人は、私に歩けだなんて言ったのだろう。あれだけ歩いて、意味のないことをやらされていただけなのだろうか。やっぱり私は遊ばれているのだろうか。懐疑心がむくむくとお腹の底から沸きあがってきて、そこから先、私はそれまでの緊張も伴い、味覚を失って食事を楽しむことができなかった。
「それじゃあ、場所を変えましょうか」食事を終え、しばらく談笑すると、美香さんはそう言って立ち上がった。美香さんは話もうまかった。私の知らない世界の話をするときは、まるで絵本を見せるように細部まで頭の中に想像が膨らむような話し方をしたし、私の話を聴くときは、どんなつまらない話でもじっと私の目を見て私以上に驚いたり喜んだり考え込んだりして耳を傾けてくれた。
この人、やっぱりすごい人だ……。
会うのはこれが二回目だけど、どんどんその魅力に吸い込まれて行く。それに存在感が別格だ。歩く後姿一つとっても、つま先が床に触れた瞬間、薄汚れたカーペットがアカデミー賞のレッドカーペットのように見えるほど洗練されている。でも……、美香さんの魅力に触れれば触れるほど、やはりどうしてこの人が私なんかと関わるのだろう、からかう以外にどんな理由があるのだろうという疑念がわいてくる。
「その辺のカフェでもいいんだけど、静かなところの方がいいでしょ?」そう言って美香さんはホテルのロビーに併設されたラウンジへと私を連れて行った。
「さ、本題に入りましょう。今日の課題はBMIと食生活についてよ」と美香さんは切り出した。
「ごめんね、もっと早く連絡するつもりだったんだけど、ごたごたしてて」
「いえ、大丈夫です。それよりこんな高そうなお店……」
美香さんに誘われたのは、駅ビルの十階にあるイタリアンのお店だった。ドレスコードこそないものの、カジュアルな恰好では入りずらいお店だ。二人分のコース料理にワインや追加のピザまで頼んで……、いったいいくらになるのだろう。
「こんなの高いうちに入らないわ。いいのよ。私がだすから心配しないで。お金には困っていないの」
普通の人が言えば嫌味にも聞こえそうなセリフも、美香さんが言うとサラッと流れる水のようになんの不快感もない。
「やっぱり日本の料理は美味しいわね。何を食べてもそう思う。あ、でも、ピザだけはイタリアで食べたほうが美味しいわね。そのうち一緒に行きましょう。もっと安くて騒がしくて汗臭い男が酔って絡んでくるけど、ピザとワインがとびきり美味しいお店があるのよ。仕事関係の友人が紹介してくれたお店なんだけど、その友達に会うって振りしていつもその店に連れて行ってもらうの」
イタリア? 私はイタリアに誘われてるの? ピザを食べるために? この人はどこまで本気で言っているのだろう。まるで隣の庭にでも遊びに行くような言い方だ。話が壮大すぎて私はわけがわからなかった。
「日本はこう、洗練されすぎてて、お腹が膨らまないの。わかる? 私こう見えても、けっこう大食いなのよ」美香さんは慣れた手つきでナイフとフォークを使い、ピザを一口大に丸めて食べた。私も真似した方がいいのだろうか。
手が止まっている私に気づいたのか、「ほら、こうやるのよ。覚えなさい? とがっている方から巻いていくの」と言って美香さんはピザの食べ方を教えてくれた。
それにしても、美香さんはやっぱりおしゃれだなあと心の中でため息を漏らした。周りを見ると、ほとんどの人がカジュアルではあるがこなれた感じでスーツを着こなしている。けれどその中でも美香さんの優雅さは段違いだ。
ブラウンのスーツでシックに決めているが、美香さん自身が隠し切れない華やかさを持っている。スタイルも顔も、そして何よりモデルとしてのオーラのようなものが、他の人たちとは一線を画している。
それに比べて私はどうだろう……。持っている服でできるだけおしゃれをしてきたつもりだけれど、まったくこの場にそぐわない気がした。背は私の方が高いはずなのに、背中を丸めて歩くくせのある私よりも、自信に満ち溢れ、人に見られることを常としている美香さんの方が堂々としていて大きく見える。
そのあとを歩く自分が、どれだけみじめだったことか……。と思うと同時に、どうしてこれだけの人が、私なんかに目をかけてくれるのだろうかと不思議でならない。たまたま偶然、食堂で出会っただけの、デブでなんの取り柄もない私なんかに。やっぱりこれって、物好きの道楽かなんかなのだろうか。こんなデブ、めったにいないから、ちょっとからかって遊びたくなったのだろうか。美香さんの真意がわからない。
きっと普通の子なら、この状況を浮足立って喜ぶんだろうなあ。そうわかっていても、それを楽しめない私は逆に自分に失望し、落ち込んだ。美香さんは、私みたいなデブを連れてて恥ずかしくないのだろうか。
私は思わず周りの視線が気になり、横目でちらちら周りを見てしまった。やはり、何人かこちらを見ている人がいる。
「どうしたの?」
「え、いえ、別に……」
「それより調子はどうなの? 言われたとおりにやってる?」
「ええ、その、はい。ちゃんと一日おきに三十分、歩いてます。でも、まだそんなに成果が出なくて……」
「成果? そんなの当り前よ。ただ歩いているだけよ? そんなので痩せるわけないじゃない」
え? と思って私は固まった。痩せるわけない? だったらどうしてこの人は、私に歩けだなんて言ったのだろう。あれだけ歩いて、意味のないことをやらされていただけなのだろうか。やっぱり私は遊ばれているのだろうか。懐疑心がむくむくとお腹の底から沸きあがってきて、そこから先、私はそれまでの緊張も伴い、味覚を失って食事を楽しむことができなかった。
「それじゃあ、場所を変えましょうか」食事を終え、しばらく談笑すると、美香さんはそう言って立ち上がった。美香さんは話もうまかった。私の知らない世界の話をするときは、まるで絵本を見せるように細部まで頭の中に想像が膨らむような話し方をしたし、私の話を聴くときは、どんなつまらない話でもじっと私の目を見て私以上に驚いたり喜んだり考え込んだりして耳を傾けてくれた。
この人、やっぱりすごい人だ……。
会うのはこれが二回目だけど、どんどんその魅力に吸い込まれて行く。それに存在感が別格だ。歩く後姿一つとっても、つま先が床に触れた瞬間、薄汚れたカーペットがアカデミー賞のレッドカーペットのように見えるほど洗練されている。でも……、美香さんの魅力に触れれば触れるほど、やはりどうしてこの人が私なんかと関わるのだろう、からかう以外にどんな理由があるのだろうという疑念がわいてくる。
「その辺のカフェでもいいんだけど、静かなところの方がいいでしょ?」そう言って美香さんはホテルのロビーに併設されたラウンジへと私を連れて行った。
「さ、本題に入りましょう。今日の課題はBMIと食生活についてよ」と美香さんは切り出した。
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