弟との婚約を破棄した伯爵令嬢に『泥』を塗り付けてやります。絶対に許しません。

冬吹せいら

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弟のために……。

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「うっ……」

 クレセンド家が、何か都合の悪いことをもみ消すために雇っている人間が、複数人いることを、ハナンは知っていた。
 先回りして、再起不能なほど痛めつけることで、事前に手を打っておいたのだ。

「弱いわね……。これでよく、暗殺者が務まるわ」

 彼らが弱いのではない。ハナンが強いのだ。
 しかし、ハナン自身も、力試しの場面がこれまでほとんどなかったせいで、自分の本当の実力を測り切れていなかった。
 
 目的の暗殺者を全て倒し終えたところで、ハナンは一旦家に戻った。 
 ハナンには、もう一つやるべきことがあったのだ。

「姉上。おかえりなさい。……どうでした?」
「ちゃんと謝ってもらったわ」
「良かった……」

 ホッとしたような表情のレイダーを見て、ハナンは心が痛んだ。
 約束を破ったことを怒られたくなくて、嘘をついたのだ。

 気まずくなり、即座に話題を変えてしまう。

「あ、あのねレイダー。あなた、スミリーを覚えているかしら」
「えぇ。ガージット男爵家のご令嬢ですよね?」
「そうそう。昔あなたたちは、仲良しだったでしょう?」
「確かにそうですが……。それが何か?」

 ハナンのやるべきこと、それは……。
 レイダーの、新しい嫁探しをすることだった。
 そして、その候補は、実はもう決まっている。

 幼少期に初等教育を共に受けた、男爵家の令嬢、スミリーだ。
 品の良い、それでいて性格の良い彼女は、引っ込み思案な性格のせいで、レイダーになかなかアピールをすることができず……。
 気が付けばレイダーは、マーシュとの婚約を結ぶことになってしまっていた。

 ……鈍感なレイダーは全く気が付いていなかったが、スミリーはあからさまに、レイダーに対して好意を抱いていたのだ。
 
「彼女はまだ、誰とも婚約を結んでいないそうなのよ」
「……まさか」
「私は今からスミリーの家に行き、事情を説明してくるわ。きっと明日には再会することになるでしょうね」
「姉上。そんな、昨日の今日で……。話が早すぎますよ!」
「大丈夫大丈夫。私に任せておきなさい」
「だいたい、そんなに目立つことをすれば、クレセンド家が何をしてくるかわかりませんよ?」
「あっ……。ははっ」
「……姉上?」

 咄嗟に誤魔化そうとして、笑顔がぎこちなくなったハナン。 
 それを見て、レイダーは察した。

「……なるほど、復讐をなさるおつもりのようですね」
「バレちゃったわね……。だってあの女! レイダーのことをボロクソ言うんだもの! 家ごとぶっつぶさないと、気が済まない!」
「良いではないか」

 二人の後ろから……。オズベル家の当主であり、二人の父のレオリス・オズベルが、不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「クレセンド家は……。抱えている闇も大きい。王族にも嫌われ始めているとの噂だ。潰したところで、悪名高いあの家に、同情する国民は一人もいないだろう」
「父上……」
「お父様。では私、存分に暴れまわって参ります」
「あぁ。楽しみにしているよ」

 笑顔のレオリス、ハナンに対して、レイダーはため息をついた。
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