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召喚された聖女の苦難
しおりを挟む心から愛してた。
貴方も同じ気持ちだと知った時は、天にも昇る心地だった。
だから何もかもを捨てて、
どんな理不尽にも耐えて、
たくさんのものを諦めてきた。
ぜんぶ貴方との未来のために。
それなのに――――――――――――
「あっ、あっ、あっ……や、そこっ……ダメェーーーーあぁっ!」
パンパンパンパンパンパンッ
女の喘ぎ声と、肉のぶつかり合う音が室内に響き渡る。身体を蛇のようにくねらせる女の膣(なか)に、男は容赦なく怒張を叩き込んだ。止まらない甘い責め苦に、女は白い首を仰け反らせて甲高い嬌声を上げた。
「はっ……出すよ、……中に、ぜんぶ出すからね。……一滴残さず受け止めるんだよっ」
「は、はひっ、中に……。ぜんぶっ、……私の中に、くださいぃぃっ」
「はぁ、はぁ……、くっ……出すよっ、ぜんぶ中にっ!うぁっ……出る!!」
「ひんっ!イク……、イっちゃうぅーーーーあぁぁ!!」
女はビクビクと痙攣しながら絶頂を迎えた。同時に達した男が、股を開いて白目を剥く女の最奥に吐精する。
私はこれ以上見ていられず、逃げるように部屋から飛び出した。
半透明の身体が、スルスルと壁をすり抜けて自室にたどり着く。部屋の中央には、椅子に腰掛けた私が、何もない空間を仰ぎ見ていた。
近寄って意識を集中させると、半透明の私はスーッと吸い込まれるようにして肉体へと戻っていく。
肉の重みを感じ、肺に空気が満たされて。視界がクリアになると同時に、込み上げてくる不快感に耐えられず胃液を吐いた。
「グゥッ、ゲホッ、ゴホッ……、はぁ、はぁ…………はは、あははっ」
ぜんぶ嘘だった。甘い言葉に唆されて、彼の思い通りに踊らされてきたピエロはさぞ滑稽に見えただろう。
ある日、突然異世界に召喚されて、世界に蔓延る瘴気を浄化しろと言われた。元の世界には帰れないと言われて泣く私に、近づいて来た王子は優しく慰めてくれた。
『どうしても君が必要なんだ』
『僕は君の味方だよ』
『好きだ』
『愛してる』
『全てが終わったら結婚しよう』
彼の言葉を胸に、私は集められた精鋭たちと共に、魔物との死闘を繰り広げながら世界中を浄化してまわった。
*
――五年後。
帰還を果たした私たちは、歓声のなか出迎えられ、やっと手に入れた世界平和を盛大に祝った。
もう、人々が瘴気に怯えることは無い。
その犠牲として、私は全てを失ったけれど。
親も、兄弟も、友達も、学校も。発達した文明から切り離され、これからは剣と魔法の世界で生きていかなければならない。
異世界召喚?
聖女?
世界を救う?
そんなの、私は一度も望まなかった。聖女になんて興味ないし、いきなり連れて来られた世界なんて、どうなろうと知ったこっちゃない。自分達でどうにかしなさいよ。
帰りたい、帰りたい。元の世界に帰りたい。
寂しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
そんな時、私の心の隙間に入り込んだのが王子だった。
*
祝いの席でされた、王子と隣国の姫との婚約発表。幸せそうに寄り添う二人を、私は貴賓席からぼんやりと眺めていた。
王子が婚約? そんなの嘘だ。だってプロポーズしてくれたじゃない。全てが終わったら結婚しようって言ってくれたもの。
「大丈夫か、ミキ」
旅を共にした仲間の一人が声をかけてきた。
親指でそっと涙を拭われて、はじめて自分が泣いていることに気がついた。
「あれ、目に何か入ったみたい。ありがとうタイス。ちょっと顔洗ってくるね」
「俺も行く」
「プッ、何言ってんの。お手洗いに行くだけだよ」
「…………」
やめて。そんな目で私を見ないで。惨めな気持ちになるじゃない。
私は祝いの席を中座して、充てがわれた自室に駆け込んだ。窓からは、打ち上げられた花火が夜空にたくさんの花を咲かせていた。
心が痛い。
「そうだ、これは余興だ。きっとそう。だって王子は私と……っ!」
彼と話そう。帰還してから、まだろくに会話も出来ていないでいる。
でも、もし本当だったら? 一度浮かび上がった疑念は、なかなか拭えない。
私は城の者たちが寝静まるのを待って、彼の部屋へと向かった。
――部屋に肉体を残して。
*
召喚されてしばらく経ったある日、私は自分が不死身だということに気づいた。
きっかけは些細なことで、りんごの皮を剥いていた時に誤って指を切ってしまったのだ。
「イタッ! あー、切っちゃった」
切れた箇所から米粒ほどの血がぷっくりと盛り上がって……、傷が消えた。ポトリと落ちた一滴の血だけが、そこに傷があったことを物語っている。
意味がわからなかった。
私はもう一度ナイフの先端を指先に押し当てた。かすかな痛みと共にプツリと皮膚が切れる。今度は出血すらせず、スーッと傷が消えて無くなった。
「なにこれ……。浄化の力だけじゃないってこと?」
召喚されてすぐに行われた魔力測定では、上限を超えていて計測不可能だと言われた。
防御魔法を何重にも重ねて試された魔法は、火・水・地・風・光・闇の全てが使えた。
多くの者たちが歓喜に沸いたのも束の間、王族や臣下、召喚した魔術師たちさえも、恐怖の眼差しを向けてきた。
『本当に聖女なのか? それ以前に人なのだろうか』
“人間は未知のものに恐怖を抱く”と聞いたことがある。
私はナイフを逆手に持つと、テーブルに置いた左手の甲に思い切りナイフを突き刺した。ナイフは手を貫通してテーブルにまで届いている。
「っ……!」
鋭い痛みが走り、じんわりと血が溢れ出た。けれど次の瞬間、傷は消えて無くなった。あとに残るのは数粒の血だけ。
ナイフを抜くために、塞がった皮膚を再び傷つけなくてはならない羽目になってしまった。
「言えない……こんなの、誰にも言えない!」
この世界に召喚されて、一体私は何になってしまったんだろう。
自分で自分のことが怖かった。
だってこんなの、私は死なないってことじゃない。死にたくても死ねない身体になってしまったんだ。
「う……、うぅ」
私は誰もいない部屋で、一人ひっそりと泣いた。
これが明るみに出たら、大変なことになるだろう。王子との婚約だって白紙になってしまうに決まってる。
そんなの絶対に嫌だった。この世界で唯一寄り添える相手を失いたくなかった。
だから旅の道中、私はこの事をひたすら隠した。危うく何度かバレそうになった事もあったけれど、何とか誤魔化して上手くその場を切り抜けた。
誰に言えない秘密は、一人で抱え込むには重すぎた。
それでも私は王子を愛していたから、信じていたから、押しつぶされそうになりながらも旅を続けた。
他の仲間たちから距離を置き、五年もの間孤独に耐えた。
*
「ミキ」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにはタイスがいた。逞しい肉体を持つ戦士。
均衡のとれた身体は見事な逆三角形をしており、武具に隠された胸筋は鋼のように硬く盛り上がっている。
黒髪の向こうにある鋭い眼光と、額から斜めに大きく残された傷跡が、何人たりとも近づけさせない雰囲気を醸し出していた。
「……行くのか」
「うん。ここにいたら、ぜんぶ壊しちゃいそうだから」
「俺も行く」
「プッ、またそれ? そういうの、ストーカーって言うんだよ」
「すとーかーとやらが何だか知らんが、一人よりも二人の方が何かと便利だぞ」
時々感じる、彼の熱い視線には気が付いていた。それでも私は王子を愛していたから、ずっと見て見ぬふりをしてきた。
今ここで彼に甘えたら、少しは楽になるのだろうか。
もう、誰かを愛することに疲れてしまった。愛するよりも、愛される方がよっぽど楽だと思う。
それでも、うつろいやすいのが人の心というもの。どうせまた独りぼっちになってしまうに決まってる。
それだったら、はじめからひとりの方がよっぽどマシだ。
「ねえ、タイス。いいこと教えてあげようか」
この時、私は自暴自棄になっていたんだと思う。もしくは彼の愛を確かめたかったのかも知れない。
「わたしね、死ねないんだよ。身体のどこを切ってもすぐに治っちゃうの。試しに腕を切り落としてみたことがあったんだけど、何の問題もなくくっついちゃった。毒も効かない、水でも火でも死ねない。気持ち悪いでしょう?」
笑顔で言ったつもりだったけど、たぶん上手く笑えていなかったと思う。
彼と目を合わせるのが怖くて顔を上げられなかった。彼の顔が恐怖に歪められる姿を見たくなかったから。
俯いたままでいると、彼の足先が視界に入った。バッと顔をあげた次の瞬間、私はきつく抱きしめられていた。
「……何となくだが、気づいていた。それでも俺はお前と居たいと思ってる」
「私、異世界人なんだけど」
「知ってる」
「もしかしたら人間じゃないかも知れないよ?」
「それでもいい」
「いつか力が暴走して魔物になっちゃうかもよ?」
「その時は俺が殺してやる」
そこまで言われてしまったら、もう降参するしかない。
私はつま先立ちをして彼の首に両腕をまわすと、グッと力を入れて屈ませた。
そしてかさついた唇にそっと口づけた。
応援ありがとうございます!
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