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第三話
しおりを挟む「サチコ!!」
その晩、帰宅したディランシーズは執事から話を聞いたのだろう、慌てた様子で夫婦の寝室に来ると私をきつく抱きしめた。
「話は聞いた。辛い思いをさせてしまって本当に悪かった。どうか僕の話を聞いてくれないか」
私が頷くと、彼は額に口づけを落としてから事の成り行きを語った。
今日訪れて来た女性はルーシエと言い、ディランシーズの従兄妹であるらしい。彼女とは幼い頃から家ぐるみで交流があり、親同士の口約束であったが婚約していた時期もあったそうだ。
けれど彼女は十八の時に家の都合で政略結婚。その相手が数年前に他界し、今は未亡人として暮らしているのだった。
「確かに昔、一度だけ彼女と体を重ねたことがある。……ごめん。でも彼女は一度結婚した身だし、まさかこんな暴挙に出るとは思わなかったんだ。僕はルーシエを妹の様に思えど、一人の女性として愛したことは一度もない。僕を信じてくれるかい?」
「貴方の言うことを信じる。それに過去は変えられない。でも、もう彼女を連れてパーティーには行かないで。行くなら私を連れていって」
「勿論そうしよう。ルーシエとは金輪際関わらない。僕には君だけだ」
その晩、私たちは互いの存在を確かめるように愛を分かち合った。
服を脱がし合い、しっとりと湿った四肢を絡み合わせる。熱い吐息を吐きながら、互いの全身に触れ、舐めて、啜って、噛んで、余すことなく味わった。
「ディラン、あなたを愛してるの……」
「ああ、僕もだよサチコ」
彼の熱い肉棒が、ズブズブとぬかるみに沈んでゆく。すると奥に触れただけでイってしまい、ピュッと愛潮を飛ばした。ゆっくりと出ていったそれがギリギリのところで再び中に押し入ってくる。待ちわびた質量に、私は喜びの声をあげて首を仰け反らせた。
「あ、あ、あ……ディラン……ディラン」
「サチコ……愛してる、ずっと僕の隣にいてくれ」
愛を囁き合いながら二人は共に高みへと駆け上った。そして、彼が呻き声を上げると同時に、熱い飛沫を胎の奥で受け止めた。愛のある情交に満たされ、私は広い彼の胸に顔を寄せて束の間の幸福感に浸った。
それ以降、夫婦で招待を受けたパーティーには妻である私が同伴するようになった。
おそらく今までルーシエが我が物顔で彼の隣にいたのだろう、ある人は私を愛人だと勘違いし、ある人はようやく妻の座を取り戻した私を涙ぐましく見てきた。
多くの貴族が参加する催し物に出るようになって驚いたのは、ディランシーズに向けられる女性たちの眼差しだった。独身の令嬢をはじめ、未亡人や夫のいる婦人まで、美しい彼に秋波を送って来るのである。
確かに彼は美しい。金髪碧眼の甘いマスクは老略男女問わず人気だ。それに物腰の柔らかい人柄に惹かれないわけがない。
美人でもなければ特別何が出来るわけでもない私を、なぜ彼は妻に選んだのか。謎であると同時に妻として恥じないよう励まなければと改めて思った。
「ごきげんよう、モンセン伯爵婦人」
とある舞踏会でのこと。一通りの挨拶を終え、話があると呼ばれた夫を送り出した私は、一人バルコニーにいた。
大勢の人で溢れる会場を出て外の空気にあたっていると、背後から声をかけられた。
ーー今回の主催者である侯爵夫人がなぜここに。
疑問に思ったが、地位が上の貴族に話しかけられて無視するわけにはいかない。
「ごきげんよう、バスケン侯爵夫人。この度はご招待頂き、ありがとう存じます」
「こちらこそ、ようやくディランシーズの本妻とお会いできて嬉しく思いますわ。でも、宜しいんですの?貴方のご主人、会場中の女性の注目を一身に受けていますわよ」
本妻と言われて胸がチクリと痛んだ。それではまるで彼に妾がいるようではないか。確かに今だって、上位貴族のご機嫌とりの一環として婦人たちに囲まれている。けれど今の私に出来るのは、彼を信じて待つことだ。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。ですが、彼を信じていますので、私はここで待つことに致します」
「そう……。けれど、ご注意なさって。中には過去の熱に未だ冒されている蝶がいるはずよ。それでなくともあの方との恋は、誰もが一度は夢見るもの。わたくしも今の主人と出会っていなければ……」
これ以上聞きたくなかった。夫の女性関係を仄めかされ、今もまだ情欲を燻(くすぶ)らせている婦人に囲まれているだなんて、考えただけで吐き気がする。
「あら、顔色がよろしくないわ。お帰りになった方がよろしいのではなくて?」
「……いえ、大丈夫です。もうすぐ主人が迎えに来る頃ですので」
弱々しく応える私に、バスケン婦人はニヤリと凄みのある笑みを浮かべると上機嫌で立ち去った。
貴族が集う場所は、情欲にまみれた魔窟だった。
地位と名誉に恵まれた人たちが集う楽園。華やかさの裏で、欲望に入り乱れる男女の色事が透けて見えるようだった。
『妾でもいい、夢を見させてください』
……やめて、夫に妾なんて必要ない。
『あなたの熱が忘れられませんの』
……諦めて、今は私の夫だもの。
『妻だからって、独り占めはよろしくなくってよ?』
……妻だからこそ、私は彼の唯一なの。共有なんて冗談じゃない。
『彼をわたくしに譲ってくださいな』
……嫌、嫌、もうやめて!!
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