侍女を抱いていたのは私の夫でした。さようなら、どうか探さないでください。

エトカ

文字の大きさ
3 / 21

第三話

しおりを挟む



 「サチコ!!」

 その晩、帰宅したディランシーズは執事から話を聞いたのだろう、慌てた様子で夫婦の寝室に来ると私をきつく抱きしめた。

 「話は聞いた。辛い思いをさせてしまって本当に悪かった。どうか僕の話を聞いてくれないか」

 私が頷くと、彼は額に口づけを落としてから事の成り行きを語った。

 今日訪れて来た女性はルーシエと言い、ディランシーズの従兄妹いとこであるらしい。彼女とは幼い頃から家ぐるみで交流があり、親同士の口約束であったが婚約していた時期もあったそうだ。

 けれど彼女は十八の時に家の都合で政略結婚。その相手が数年前に他界し、今は未亡人として暮らしているのだった。

 「確かに昔、一度だけ彼女と体を重ねたことがある。……ごめん。でも彼女は一度結婚した身だし、まさかこんな暴挙に出るとは思わなかったんだ。僕はルーシエを妹の様に思えど、一人の女性として愛したことは一度もない。僕を信じてくれるかい?」
 「貴方の言うことを信じる。それに過去は変えられない。でも、もう彼女を連れてパーティーには行かないで。行くなら私を連れていって」
 「勿論そうしよう。ルーシエとは金輪際関わらない。僕には君だけだ」

 その晩、私たちは互いの存在を確かめるように愛を分かち合った。
 服を脱がし合い、しっとりと湿った四肢を絡み合わせる。熱い吐息を吐きながら、互いの全身に触れ、舐めて、啜って、噛んで、余すことなく味わった。

 「ディラン、あなたを愛してるの……」
 「ああ、僕もだよサチコ」

 彼の熱い肉棒が、ズブズブとぬかるみに沈んでゆく。すると奥に触れただけでイってしまい、ピュッと愛潮を飛ばした。ゆっくりと出ていったそれがギリギリのところで再び中に押し入ってくる。待ちわびた質量に、私は喜びの声をあげて首を仰け反らせた。

 「あ、あ、あ……ディラン……ディラン」
 「サチコ……愛してる、ずっと僕の隣にいてくれ」

 愛を囁き合いながら二人は共に高みへと駆け上った。そして、彼が呻き声を上げると同時に、熱い飛沫を胎の奥で受け止めた。愛のある情交に満たされ、私は広い彼の胸に顔を寄せて束の間の幸福感に浸った。



 それ以降、夫婦で招待を受けたパーティーには妻である私が同伴するようになった。
 おそらく今までルーシエが我が物顔で彼の隣にいたのだろう、ある人は私を愛人だと勘違いし、ある人はようやく妻の座を取り戻した私を涙ぐましく見てきた。

 多くの貴族が参加する催し物に出るようになって驚いたのは、ディランシーズに向けられる女性たちの眼差しだった。独身の令嬢をはじめ、未亡人や夫のいる婦人まで、美しい彼に秋波を送って来るのである。

 確かに彼は美しい。金髪碧眼の甘いマスクは老略男女問わず人気だ。それに物腰の柔らかい人柄に惹かれないわけがない。

 美人でもなければ特別何が出来るわけでもない私を、なぜ彼は妻に選んだのか。謎であると同時に妻として恥じないよう励まなければと改めて思った。



 「ごきげんよう、モンセン伯爵婦人」

 とある舞踏会でのこと。一通りの挨拶を終え、話があると呼ばれた夫を送り出した私は、一人バルコニーにいた。
 大勢の人で溢れる会場を出て外の空気にあたっていると、背後から声をかけられた。

 ーー今回の主催者である侯爵夫人がなぜここに。

 疑問に思ったが、地位が上の貴族に話しかけられて無視するわけにはいかない。

 「ごきげんよう、バスケン侯爵夫人。この度はご招待頂き、ありがとう存じます」
 「こちらこそ、ようやくディランシーズの本妻とお会いできて嬉しく思いますわ。でも、宜しいんですの?貴方のご主人、会場中の女性の注目を一身に受けていますわよ」

 本妻と言われて胸がチクリと痛んだ。それではまるで彼に妾がいるようではないか。確かに今だって、上位貴族のご機嫌とりの一環として婦人たちに囲まれている。けれど今の私に出来るのは、彼を信じて待つことだ。

 「ご心配をお掛けして申し訳ございません。ですが、彼を信じていますので、私はここで待つことに致します」
 「そう……。けれど、ご注意なさって。中には過去の熱に未だ冒されている蝶がいるはずよ。それでなくともあの方との恋は、誰もが一度は夢見るもの。わたくしも今の主人と出会っていなければ……」

 これ以上聞きたくなかった。夫の女性関係をほのめかされ、今もまだ情欲を燻(くすぶ)らせている婦人に囲まれているだなんて、考えただけで吐き気がする。

 「あら、顔色がよろしくないわ。お帰りになった方がよろしいのではなくて?」
 「……いえ、大丈夫です。もうすぐ主人が迎えに来る頃ですので」

 弱々しく応える私に、バスケン婦人はニヤリと凄みのある笑みを浮かべると上機嫌で立ち去った。


 貴族が集う場所は、情欲にまみれた魔窟まくつだった。

 地位と名誉に恵まれた人たちが集う楽園。華やかさの裏で、欲望に入り乱れる男女の色事いろごとが透けて見えるようだった。


 『めかけでもいい、夢を見させてください』

 ……やめて、夫に妾なんて必要ない。



 『あなたの熱が忘れられませんの』

 ……諦めて、今は私の夫だもの。



 『妻だからって、独り占めはよろしくなくってよ?』

 ……妻だからこそ、私は彼の唯一なの。共有なんて冗談じゃない。



 『彼をわたくしに譲ってくださいな』

 ……嫌、嫌、もうやめて!!


しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

処理中です...