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第五話
しおりを挟む半年後。
「それは本当かい!?」
「うん。いま三ヶ月だってお医者様から言われた」
もう駄目だろうと諦めていた頃、私の妊娠がわかった。ようやく授かった命に私とディランシーズは、驚きに近い喜びに舞い上がった。義理両親も加わって喜びもひとしおだ。
「男の子だろうか、それとも女の子か……サチコはどっちだと思う?」
「ふふ、私はどちらでも。元気に生まれて来てくれればそれでいいかな」
ディランシーズの喜び様と言ったら大変なものだった。言葉や態度で表してはいなかったけれど、本当はずっと子供を望んでいたのだろう。彼の笑顔に私は温かい気持ちになった。
「おめでとう、サチコ」
「メルローズ!来てくれたのね、ありがとう!」
妊娠を聞いて訪ねて来た彼女から、お祝いの品にとドライフラワーをあしらった可愛らしい置物のプレゼントをもらった。
黄色と淡いグリーンで形作られたそれは、色味からも男女どちらが生まれても調和できるように考えられている。そういった小さな気遣いが彼女らしいと思った。
「今日はお祝いもあるけれど、お別れの挨拶もしに来たの」
「それってもしかして……」
「ええ、先日離婚が成立したわ。それでね、実家には戻らずこのまま修道院に行こうと思って」
同じ貴族婦人として仲良くなれたというのに、突如訪れた別れはあっけないものだった。彼女は俗世に未練はないと言って、修道院に入ることを決めたらしい。
「さようなら、サチコ。あなたは幸せになってね」
「メルローズもどうか元気で。落ち着いたら手紙をちょうだいね」
彼女は最後まで笑顔だった。私はただ、そんな彼女の幸せを願うことしかできなかった。
そんなある日のこと。とある高貴な家柄の娘だという人物を、屋敷に侍女として雇い入れることになった。
アンジェリカ・リポビッチ
伯爵家の我が家より格上である侯爵家の娘で、随分前に離婚して戻って来たのだという。
行儀見習いとして働き始めて早々、彼女の夫に向けるあからさまな熱視線に気づいた私は夫に苦言を呈した。
「お願いディラン、彼女に紹介状を書いて別の職場を探してあげて」
「ごめん……それはできない。彼女をここで働かせるために、わざわざ侯爵自ら採用の打診があったんだ。僕の一存で決められる問題じゃないんだよ」
何故、侯爵はそこまでするの?尋ねたけれど、彼は困った顔をするばかりではっきりと答えてはくれなかった。一抹の不安がよぎる。けれど、丁度つわりの症状が出始めていた私は、すぐにそれどころではなくなった。
つわりがこんなにキツいなんて思てもみなかった。味覚や嗅覚が敏感になって、今まで普通に食べていたものが食べられなくなってしまった。かろうじて口にできる柑橘系のフルーツを齧りながら、静かにベッドで休む日々が続いた。
「……ごめんなさい。何もしてあげられなくて」
「そんなことはどうだっていいんだ。今のサチコの仕事は、お腹の子のために休むこと。いいね?」
私はその言葉に甘えて休養を心がけた。
ウトウトと微睡みながら、先日偶然耳にした侍女長と執事がしていた話しの内容を思い出す。
「まったく、アンジェリカときたら仕事もせず旦那様に付きまとってばかりで、使いものになりませんよ」
「事情が事情なだけに困りましたな……。我々は少しでも奥様が心穏やかにお過ごしになれるよう尽力する事くらいしか出来ません」
「この間なんて、奥様の元へ向かう旦那様を物陰に引っ張り込もうとしていたと報告があったんですよ」
「……なんだって?」
「侍女たちからいろいろ報告があがっているんです。満更でもない態度の旦那様も旦那様です!これでは奥様があんまりです」
もう何も聞きたくない。頭が痛いし吐き気もする。微熱もあるようで、とにかく体がだるかった。ディランに会いたい。会って抱きしめて欲しい。けれど最近彼は忙しく、私がつわりで横になっている時間が増えたのもあり、まともに会う時間が持てていなかった。
そんな時、事件は起きた。
「奥様、お届け物がございます」
庭のデッキで休んでいると、アンジェリカが私を尋ねて来た。手にはディランのものと思われる見慣れた服を持っている。
「あなた、それ……」
「昨晩、旦那様が私の部屋に置いて行かれたものです。奥様に返しに参りました」
それはディランシーズが普段使っているナイトガウンだった。ザッと血の気がひく。何故彼女がそれを持っているのか。嫌な予感がしてならない。
「旦那様ったら、ついうっかり忘れて行かれてしまって。すぐにお返ししようと思ったんですけど、夜もふけていたのでこちらにお持ちしました」
つわりが始まってから、私とディランシーズは寝室を別々にしていた。理由は、私が夜に何度も目を覚まして苦しんでいたからだ。そんな私を見て、彼の提案で安定期に入るまで別々の部屋で眠ることにしたのだった。
「……そう、わざわざありがとう」
叫び出したい気持ちを押し殺して、彼女にお礼を言う。下がるように伝えると、フンと鼻を鳴らして去って行った。
ーーまだ、まだ大丈夫。私は彼を信じてる。あの女の虚言に惑わされては駄目。だってお腹にいる子は彼の子だもの……。
ギュッと彼のガウンを抱きしめる。すると、彼の匂いに混じってあの女の甘い香水の香りがした。
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