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第七話
「えぇ?働きたい!?」
「はい。安定期で体調もいいですし何か出来そうな仕事があれば、と思いまして……」
最初、お金に困っているのかと心配された。けれど、そうではなく時間を持て余していると話すと理解を示してくれた。
「ここから少し行ったところにあるパン屋のオーナーが、確か人手が足りないって言ってたけど……」
「本当ですか!?早速行って聞いてみようと思います。マルサさん、ありがとうございます!」
昨日、教えてもらった病院で診察してもらった。医師の診断は、これといった問題もなく順調とのこと。太鼓判っを押してもらえたのが嬉しくて、アルバイト的な仕事はないかとマルサさんに聞いてみたのだった。
「そこのオーナー、無口で仏頂面してるから驚くかも知れないけど、根はいいヤツなんだよ。だから怖がらないでやっておくれね」
「はあ……分かりました」
ーー無口で仏頂面……大丈夫かな。
私はパン屋があるという場所を聞いて、挨拶をするためそこへ向かうことにした。
カランカラン
扉を開けると澄んだ鈴の音が来店を知らせた。紙袋にフランスパンのような長細いパンを入れたお客さんとドア越しにすれ違う。香ばしい焼きたてのパンの香り。店は繁盛しているようで店内は人でごった返していた。
「チコのパンと、チーズ入りのを二つ」
「銅貨五枚」
「私はモツレのバターロール一袋」
「銅貨四枚だ」
私は仕事の邪魔にならないよう、店の隅っこに立って人が捌けるのを待つことにした。
「銅貨二枚」
「銅貨六枚」
カウンターの向こう側で売り捌いている一人の男性、先程から金額を提示するだけで「いらっしゃい」もなければ「ありがとう」もない。言われた種類のパンをカウンターから出して袋に詰め、代金をもらうだけ。無駄な動きがないので効率は良さそうだけれど、サービス精神が全く感じられない。それでも人の入りが良いのだから、パンの味は確かなのだろう。
品数が少なくなり客足が少なくなったころ、男性はようやく私の存在に気がついたようだった。茶色い目をこちらに向けると、一言「どれにする」と聞いてきた。
「いえ、私はここで働かせていただきたくて来ました」
すると男性は最後のお客が帰るのを待って、店前のガラス窓に掛けてある看板をひっくり返した。私は店内の隅っこでその様子を見ながら彼の様子を窺う。
無口で仏頂面のオーナーとはこの人のことだろう。見上げるくらい背が高く、もし近くに立たれたら威圧感が凄そうだった。
「こっち」
振り向きざま、カウンターの向こう側へ回って来るよう言われ、彼の後に続いてコの字にになっているカウンターから厨房に入った。彼は白いエプロンと帽子を脱ぐと、それを無造作に椅子の背に掛けどかりと座った。
ーーあ、髪、茶色の天パなんだ……。
顔の彫りが深く、スラリと通った高い鼻。太くて男らしい眉は筆で書いたように真っ直ぐで、薄い唇は真一門に閉じられていた。そんな風に観察していると、彼に向かいの椅子に座るよう勧められたのでそれに従う。
「計算はできるか」
「は、はい!出来ます」
「じゃあ明日からよろしく」
今のが面接?あっという間に採用されたけど、こんなんで良いのだろうか……。いや、せめて名前だけでも伝えなくては。
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!私は沙知子といいます」
「サティコ」
「さ ち こ、です」
「サ チ コ……サチコ?」
「はい!あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
彼はトーマと名乗った。ここのオーナーをしていて、先日会計の人が辞めてしまい困っていたらしい。どうやら私にはレジでの会計を頼みたいようだった。そうすれば彼は厨房でパン作りに集中できる。
確かこの世界は十進法だったはず。つまり元の世界と同じ十個の数字を使い、十倍ごとに繰り上げていく方法だ。大学まで出た身としては小学生レベルの計算なので全く問題はない。
まさかこんな簡単に仕事を見つける事ができるなんて思いもよらなかった。けれど彼は私のお腹を見てどう思っているんだろう。出産を控えた妊婦を雇って迷惑じゃないだろうか。
「あの、お気づきのとおり私は現在妊娠中です。春ごろ出産なのであまり長くは働けません。それでもここで雇って頂けますか?」
採用前に絶対聞かれると思っていたことを問う。医師に診断を受けてから日にちを逆算して、現在およそ25週。四十週目に出産したとしても三ヶ月程しか働けない。
「言うのを忘れていたが、条件として住み込みで働いてもらう。長期で働きたいのなら、出産も子育てもここですればいい」
「そんな、ご迷惑をおかけしてしまうわけには!」
「……三食食事付き」
「えぇっ!?」
何がどうなってるのか分からなかった。私を雇うだけでも迷惑をかけてしまうのに…………。それでも、今の私がこんな好条件の仕事を断るなんてあり得なかった。
「……それじゃあ、お言葉に甘えてよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
交渉成立の握手をして私は店を出た。仕事が決まってよかった。マルサさんが言ったように彼は少し無口なようだけど、悪い人ではなさそうだ。そんな彼の大きな手は、ゴツゴツしていてとても温かかった。
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