11 / 21
第十一話
しおりを挟む「ううぅぅっ」
「サチコ!もうすぐ病院に着く。それまで頑張れるか!?」
「ご、ごじがいだい~」
腰をハンマーで殴られているような痛みだった。振り落とされないよう私を抱いて走る彼に必死でしがみつく。彼の心臓が早鐘のように鳴っているのが聞こえ、それがおかしくて少し笑ってしまった。
「着いたぞサチコ!医者は、医者はどこだ!?」
私を抱いたまま右往左往する彼に、一人の看護師が近づいて来た。
「そこの貴方、うるさいですよ!病院では静かにしてください。さぁ、彼女をこちらに連れてきて」
私はトーマさんに抱かれたまま、分娩室へと連れて行かれた。今ではズキズキと脈に合わせて子宮が収縮するのが分かる。出産の痛みは生理痛の酷いやつと聞いたことがあるけれど、そんなものとは比べようのない痛みに呻き声をあげた。
「ほう、随分下がってきてるね。ちょっと触るからね」
いつも定期検診で診てもらっていた医師がやってきて診察を始める。子宮口の開きを確認しているようだった。
「うん、まだ開ききっていないね。初産だから時間がかかるだろう」
「ぐうぅぅ」
こんなに痛いのがずっと続くの!?ホント無理なんですけど!!怖いと感じた途端、痛みが弾ける。怖い……怖いよぉ
「ト、トーマさん……手、繋いでてもらえますか」
大きくて暖かい手が緊張で冷え切った手を包み込む。そうだ、私は一人じゃない。お腹の赤ちゃんだって苦しいはず。母親の私が頑張らなくてどうするの!
「痛みが治まったね、今のうちに水分補給しておこうか」
確かに収縮の痛みが弱まった。その間に羊水で濡れた衣服を病院服に取り替えてもらい、トーマさんに助けてもらいながら水を飲んだ。
「あうぅぅ、お尻が痛いぃぃ、お腹も痛いぃぃ!」
「サチコ?大丈夫か?おい、どうなってるんだ!?」
状況が掴めないトーマさんは半パニック状態だった。それでも私の手を離さず、もう一方の手で優しく背中をさすってくれる。
「貴方、静かにしなさいとさっきも言ったでしょう!もうすぐ父親になるんですから、もっとどっしりしていなくてどうするんですか!!」
看護師に叱られるトーマさん。
「ち、ちちちちちっ……!?」
「そうですよ、貴方の可愛い赤ん坊が生まれようとしているんです。少し落ち着きなさい!」
赤ちゃんの父親と間違えられて狼狽えているのだろう、彼は顔を真っ赤にして挙動不審になっている。そんな彼を横目に、私は痛みを深呼吸で乗り切ろうとしていた。
夜明けが近いのか、窓からぼんやりとした光が差し込んできている。私はシーツに掴まって必死に痛みと闘っていた。陣痛が弱まるタイミングで水分を補給し、体力を温存するため目を閉じて休む。
時間が経つにつれ、徐々に陣痛の感覚が短くなってきた。痛みが来る度にいきみたい感覚が襲いかかる。それを我慢するよう言われるけれど、どうしていいのかわからず叫び出しそうになった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
痛みのせいで全身汗びっしょりだった。大丈夫、もうすぐ赤ちゃんに会える。そのための痛みだと思うと、少しだけ落ち着くことができた。
「もうそろそろかな。はい、深呼吸して~。はい、息止めて、思いっきりいきんで~!」
「ん"ん"~~!!」
ずっと我慢していたのを解放する勢いで力の限りいきんだ。私の背後にまわったトーマさんは両手をギュッと握りしめて励ましてくれている。
「頑張れ、そうその調子だ!大丈夫、上手だぞサチコ」
ひっきりなしに襲ってくる陣痛の痛みに、私は汗だくになりながら必死に何度もいきんだ。下腹部からメリメリと大きな塊が押し出されるのを感じる。感じたのは痛みよりも熱さだった。
私は最後の力を振り絞ってお腹に力を込める。ーーお願い赤ちゃん出ておいで!!
この時すでに、痛いとか苦しいとか感じる余裕すらなかった。絶叫をあげながら、ただ一心に赤ちゃんのことを想う。ーーさあ、ママのところにおいで!!
「あ"あ"あ"ぁぁ~!!!」
ふぎゃぁ ふぎゃぁ ふぎゃぁ
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」
薄らぼんやりした意識のなか声のした方を見ると、顔を真っ赤にして泣いている小さな存在が目に映った。その横でトーマさんが滂沱の涙を流している。
「はい、ママですよ~」
おくるみに包まれた赤ちゃんを手渡された。既に泣き止んでいる赤ちゃんは、しかめっ面で瞬きをしている。その目は私と同じ焦茶色だった。そして頭には、かつて愛した人と同じ金色の髪がほんの少しだけ生えている。
「……可愛い可愛い私の赤ちゃん……」
ようこそ異世界へ。もう私は一人じゃない。この子と一緒に生きてゆくんだ。
「トーマさん、ありがとうございます……抱いてやってくれませんか?」
「いいのか?」
「はい」
トーマさんはおずおずと近づいてくると、手を差し伸べて私から赤ん坊を受けとった。
「……小さいな……」
そう呟くと、泣いて笑うという器用なことをしていた。そんな彼をみて、私の目からも涙が溢れる。
ーーお父さん、お母さん。孫が生まれたよ。でもごめんね、会わせてあげたいけど無理そうなんだ。でも私、頑張るから。
この先、どんな辛いことがあっても挫けない。これからは自分のためだけではなく、この子のためにも生きていくんだ。トーマさんの腕に抱かれている赤ちゃんを見ながら、私はそう心の中で誓った。
3,077
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる