侍女を抱いていたのは私の夫でした。さようなら、どうか探さないでください。

エトカ

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第十一話

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 「ううぅぅっ」
 「サチコ!もうすぐ病院に着く。それまで頑張れるか!?」
 「ご、ごじがいだい~」

 腰をハンマーで殴られているような痛みだった。振り落とされないよう私を抱いて走る彼に必死でしがみつく。彼の心臓が早鐘のように鳴っているのが聞こえ、それがおかしくて少し笑ってしまった。

 「着いたぞサチコ!医者は、医者はどこだ!?」

 私を抱いたまま右往左往する彼に、一人の看護師が近づいて来た。

 「そこの貴方、うるさいですよ!病院では静かにしてください。さぁ、彼女をこちらに連れてきて」

 私はトーマさんに抱かれたまま、分娩室へと連れて行かれた。今ではズキズキと脈に合わせて子宮が収縮するのが分かる。出産の痛みは生理痛の酷いやつと聞いたことがあるけれど、そんなものとは比べようのない痛みに呻き声をあげた。

 「ほう、随分下がってきてるね。ちょっと触るからね」

 いつも定期検診で診てもらっていた医師がやってきて診察を始める。子宮口の開きを確認しているようだった。

 「うん、まだ開ききっていないね。初産だから時間がかかるだろう」
 「ぐうぅぅ」

 こんなに痛いのがずっと続くの!?ホント無理なんですけど!!怖いと感じた途端、痛みが弾ける。怖い……怖いよぉ

 「ト、トーマさん……手、繋いでてもらえますか」

 大きくて暖かい手が緊張で冷え切った手を包み込む。そうだ、私は一人じゃない。お腹の赤ちゃんだって苦しいはず。母親の私が頑張らなくてどうするの!

 「痛みが治まったね、今のうちに水分補給しておこうか」

 確かに収縮の痛みが弱まった。その間に羊水で濡れた衣服を病院服に取り替えてもらい、トーマさんに助けてもらいながら水を飲んだ。

 「あうぅぅ、お尻が痛いぃぃ、お腹も痛いぃぃ!」
 「サチコ?大丈夫か?おい、どうなってるんだ!?」

 状況が掴めないトーマさんは半パニック状態だった。それでも私の手を離さず、もう一方の手で優しく背中をさすってくれる。

 「貴方、静かにしなさいとさっきも言ったでしょう!もうすぐ父親になるんですから、もっとどっしりしていなくてどうするんですか!!」

 看護師に叱られるトーマさん。

 「ち、ちちちちちっ……!?」
 「そうですよ、貴方の可愛い赤ん坊が生まれようとしているんです。少し落ち着きなさい!」

 赤ちゃんの父親と間違えられて狼狽えているのだろう、彼は顔を真っ赤にして挙動不審になっている。そんな彼を横目に、私は痛みを深呼吸で乗り切ろうとしていた。


 夜明けが近いのか、窓からぼんやりとした光が差し込んできている。私はシーツに掴まって必死に痛みと闘っていた。陣痛が弱まるタイミングで水分を補給し、体力を温存するため目を閉じて休む。

 時間が経つにつれ、徐々に陣痛の感覚が短くなってきた。痛みが来る度にいきみたい感覚が襲いかかる。それを我慢するよう言われるけれど、どうしていいのかわからず叫び出しそうになった。

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 痛みのせいで全身汗びっしょりだった。大丈夫、もうすぐ赤ちゃんに会える。そのための痛みだと思うと、少しだけ落ち着くことができた。

 「もうそろそろかな。はい、深呼吸して~。はい、息止めて、思いっきりいきんで~!」
 「ん"ん"~~!!」

 ずっと我慢していたのを解放する勢いで力の限りいきんだ。私の背後はいごにまわったトーマさんは両手をギュッと握りしめて励ましてくれている。

 「頑張れ、そうその調子だ!大丈夫、上手だぞサチコ」

 ひっきりなしに襲ってくる陣痛の痛みに、私は汗だくになりながら必死に何度もいきんだ。下腹部からメリメリと大きな塊が押し出されるのを感じる。感じたのは痛みよりも熱さだった。

 私は最後の力を振り絞ってお腹に力を込める。ーーお願い赤ちゃん出ておいで!!
 この時すでに、痛いとか苦しいとか感じる余裕すらなかった。絶叫をあげながら、ただ一心に赤ちゃんのことを想う。ーーさあ、ママのところにおいで!!


 「あ"あ"あ"ぁぁ~!!!」




 ふぎゃぁ ふぎゃぁ ふぎゃぁ


 「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」

 薄らぼんやりした意識のなか声のした方を見ると、顔を真っ赤にして泣いている小さな存在が目に映った。その横でトーマさんが滂沱ぼうだの涙を流している。

 「はい、ママですよ~」

 おくるみに包まれた赤ちゃんを手渡された。既に泣き止んでいる赤ちゃんは、しかめっ面で瞬きをしている。その目は私と同じ焦茶色だった。そして頭には、かつて愛した人と同じ金色の髪がほんの少しだけ生えている。

 「……可愛い可愛い私の赤ちゃん……」

 ようこそ異世界へ。もう私は一人じゃない。この子と一緒に生きてゆくんだ。

 「トーマさん、ありがとうございます……抱いてやってくれませんか?」
 「いいのか?」
 「はい」

 トーマさんはおずおずと近づいてくると、手を差し伸べて私から赤ん坊を受けとった。

 「……小さいな……」

 そう呟くと、泣いて笑うという器用なことをしていた。そんな彼をみて、私の目からも涙が溢れる。

 ーーお父さん、お母さん。孫が生まれたよ。でもごめんね、会わせてあげたいけど無理そうなんだ。でも私、頑張るから。

 この先、どんな辛いことがあってもくじけない。これからは自分のためだけではなく、この子のためにも生きていくんだ。トーマさんの腕に抱かれている赤ちゃんを見ながら、私はそう心の中で誓った。


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