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第十三話 DylanCease Side

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 「リポビッチ侯爵の娘がお前に惚れ込んでいるらしいな」

 久しぶりに会った父からの第一声がこれだった。
 確かに最近、舞踏会に出席する度にやたらとまとわりついてくる女がいた。

 アンジェリカ・リポビッチ

 彼女は十八の時に、とある貴族の後妻として嫁いでいる。しかし、数々の不貞が露呈され一年後に離婚。その後、男娼や若い男をはべらせては淫らな行為をして暮らしていた。そんな彼女に目をつけられたのが僕の運の尽きだった。

 爵位が上という理由で下手に拒めずにいるのをいいことに、何度もダンスをせがみ、隙をついて暗影に誘い込もうとする。僕に妻がいることは周知の事実だというのに、とんだ阿婆擦れだ。

 「実は侯爵当主から直々に申し入れがあってな。娘をお前の妻にと望んでいるそうだ」
 「父上、あなたはサチコと別れろとおっしゃりたいのですか?それでしたら残念ですがお断りします。僕の妻は他の誰でもないサチコだ」

 キッパリと断ったにも関わらず、父上は『ならば妾にしろ』と引かなかった。なぜそこまで固着するのか、それには理由があった。

 「娘を引き取ってくれたら不積の援助をすると言って来ているのだ」
 「何を勝手なことを。そもそも我が家の財政を傾けたのは、貴方のギャンブル好きが原因でしょう!なぜその尻拭いを僕がしなければならないのですか!?しかも妾を持てなどと!!」
 「なんと言おうと、お前に選択権はない。お前の女がどうなってもいいのか」
 「!!」

 父は昔からそうだった。僕を物の様に扱い、彼を害するものは徹底的に排除する。彼がサチコを邪魔と判断した場合、お腹の子もろとも処分するだろう。
 結婚を反対していた時もそうだった。けれど妊娠がわかり、後継が出来たと知って一旦は引いたのだ。これどここに来て由緒正しい侯爵の娘との間に後継を作れだなどと身勝手な。



 僕は人より少しばかり見目が良かったが為に、昔から何もせずとも女性の方から近寄って来た。そのため十代の頃は随分と淫らな遊びにふけっていた時期がある。
 二十代に入り落ち着いた頃、そろそろ身を固めるため結婚の話が持ち上がった。だが、どれも僕の爵位や容姿に惹かれる者ばかりで、僕自身を見てくれる女性は一人もいなかった。

 契約結婚と割り切ってしまえばどれだけ楽だったろう。だが、せめて妻になる女性は心から愛したかった。性欲のはけ口ではなく、愛する女性と結ばれたかったのだ。

 そんな時、サチコと出逢った。可哀想なサチコ。どこかに閉じ込められていたのだろう。右も左も分からず、自分は異世界からやって来たなどと話す不思議な女性。もといた世界で、彼女は働きながら一人暮らしをしていたのだと言う。まるで夢物語のような世界についてよく語ってくれた。

 私利私欲のない眼差しで僕を見つめる夜色の瞳に、僕はどんどん惹き込まれていった。生まれたばかりの雛鳥のように純粋な心を持った僕の天使。僕が初めて望んだ女性がサチコだった。

 サチコと出逢って結ばれ、彼女を抱いていると、心の底から満たされ、愛のある行為とそうでないものとの違いをまざまざと感じさせられた。

 「愛してる。心から愛してるよ、サチコ」
 「私も愛してる、ディラン。ずっと一緒にいてね」

 愛する人に求められる幸せに、涙が込み上げる。それなのに、僕はこれから彼女を裏切る。次期当主として、好きでもない女を抱かねばならない。父上はその女との間に跡取りを作れと言うが、それだけは絶対に有り得なかった。強力な避妊薬を飲んで徹底する。

 さぁ、悪夢の始まりだ。



 「あんっ! 激しいっ! やぁ……っ!」
 「ははっ!きみの口は嘘ばかり言うね。本当は気持ちいいくせに」

 ガツガツと腰を突き入れ、縦横無尽に激しく穿った。女が快感によがる姿を冷めた目で見下ろす。

 「ほら、イケよ、イケ!」
 「あ、あ、あああぁぁぁぁっ!!」

 ビクビクと痙攣したまま、女は降りてくることが出来ないでいるようだった。うねる膣内に締め付けられ、グッと歯を食いしばって射精する。

 「旦那様ぁ……愛してます」
 「ああ、アンジェ……僕も愛してるよ」

 そんなわけがあるか。僕が心から愛しているのはサチコであって、お前じゃない。勘違いするなと心の中で毒づく。現に僕は彼女をベッドで抱いたことはないし、これからもないだろう。僕にとって彼女を抱くということは、感情の入らないでしかないのだから。



 「お願いディラン、彼女に紹介状を書いて別の職場を探してあげて」

 妊娠初期で体調がすぐれないだろうに、サチコはアンジェリカの異様さに気がついて彼女に暇を出すよう頼んできた。

 「ごめん……それはできない。彼女をここで働かせるために、わざわざ侯爵自ら採用の打診があったんだ。僕の一存で決められる問題じゃないんだよ」

 ごめんよ、サチコ。分かってくれとは言わない。けれど、これは君を守るためなんだ。恨まれてもいい、でもどうか離れていかないでくれ。

 僕はもう、君なしでは生きていけそうにない。





*補足*
十代の頃散々遊んできたディランシーズにとって、性行為は溜まったものを吐き出す「作業」と変わらず、行為自体に重要性を感じていませんでした。それは現在も変わらず、アンジェリカを抱くのも睦ごとを囁くのもその延長線にあります。
けれど彼は、唯一サチコを抱く時だけ愛の行為であるのを感じられるのでした。
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