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第十五話 DylanCease Side
しおりを挟む「なっ、なんだこれは!?」
朝起きたら赤い斑点のようなものが全身に広がっていた。無数にできたそれは、顔や手のひらにまで及んでおり、見るものを慄かせた。
「旦那様!?一体何が……。すぐに医師を呼んで参ります!!」
鏡の前で固まっている僕に、執事は慌てた様子で部屋から出ていった。呆然と佇んでいると、アンジェリカが部屋にやって来た。
「まぁ、旦那様。酷い有様ですこと」
「……何しにきた。用がないなら出ていってくれ」
「出ていけだなんてそんな冷たいことおっしゃらないで。わたくしたちはもうすぐ夫婦になるのですから」
まだこの女は戯言を言っているようだった。まともに聞いているのも馬鹿馬鹿しいので無視を決め込む。
「その症状でしたらわたくしにも見覚えがありますわ」
「……なんだと?」
彼女曰く、屋敷に来る前に症状が出たらしい。つまり二年ほど前になる。重症に見えるが痛みや痒みはなく、しばらくすると綺麗に消えて無くなったそうだ。
僕はかかりつけの医師に診せると、蕁麻疹と診断がくだされた。当時のアンジェリカも同じ診断を受けたらしい。
「ストレスは体に良くありません。薬を処方いたしますので、しばらくの間ゆっくり休まれてはいかがでしょうか」
医師は僕に休息を勧めた。
「サチコが見つからないんだ。連れて帰るまでは休んでなどいられない」
計算が合っていれば、彼女はすでに出産しているはずだった。そう、僕は父親になったのだ。二人に会いたい。会って、謝って、抱きしめたかった。
数日経つと発疹は消えてなくなった。アンジェリカの言った通り、痕も残らず元の肌に戻ったので安堵のため息をつく。
一方のサチコに関する情報はほとんどなく、心労は日増しに大きくなっていった。
どこを探しても彼女を見つけられない。消息を絶ってすぐ、僕たちは北西の国境を調べた。そこでサチコらしき女性を見たという目撃情報を得られるかと思ったが、何も分からず捜索は難航した。
月日は流れ、サチコがいなくなってから二年が経とうとしていた。
領地の隅にある別荘に追いやっていた両親が、先日神の庭へと旅立った。それに伴い、正式にアンジェリカを侍女から解雇。
しかし納得しない彼女。同時期に発疹を再発させていた。だが今回の症状は痛みがあり、全身から膿のようなものが出ているので違う病なのかもしれない。
このようなことになり、リポビッチ公爵は病に冒されたの娘を引き取った。より良い医師に病状を診せるようだった。
諸悪の根源どもが居なくなり、モンセン家は風通りが良くなった。こうして当主の座に就いた僕にあと足りないものは、妻のサチコと僕たちの子だけになった。
会いたい。愛している。早く戻って来てくれ。
思いが溢れ出て涙となって頬を伝う。……愚かだった。僕は本当にどうしようもない男だ。だからこそ今こうして苦しんでいるのだが。
また会える日が来るのだろうか。
サチコがいなくなってから三度目の冬を迎えた。今日は朝から雪が止まず、午後には町を銀色の世界に変えていることだろう。
未だ僕はこの広い屋敷で一人で彼女の帰りを待っている。僕たちの子は元気にしているだろうか。どんな子に育っているんだろう……会いたい。
そんなある日、再び全身に赤い発疹が現れた。今度は斑点の一つ一つから膿が出てきて痛みがある。全身に広がる発疹は、手の平から足の裏、頭皮、口の中にまで及んだ。想像を絶する痛みだった。
鏡に映る自分を見て絶句した。これは誰だ?かつての自分から、今は見る影もない姿になってしまっていた。どうにかしなければ、サチコたちと会えなくなってしまう。
従者たちの尽力で、あらゆる医師たちを呼び寄せて検査を受けた。そしてようやく新しい診断が下される。
『悪魔の薔薇)』
薔薇のような発疹ができ、一度は消える。しかし数年後に再び症状が現れ、そこからは悪化の一途を辿る。皮膚が爛れ落ち、骨を蝕み、最後には脳までをも犯し死に至る病だった。感染経路は粘膜感染、アンジェリカとの性交渉によって移されたのは明らかだった。
「そうか、僕は死ぬのか……はは、はははは!……ぁぁぁあああ!!」
嫌だ、死にたくない!!このままでは死ねない!!サチコと僕たちの子供に会うまでは!!ああ、全能なる神よ、一目だけで構いません。どうか妻と僕たちの子供に会わせてください。一目だけで良いのです。どうか……、どうかわたしの願いを叶えたまえ…………。
*補足*
「悪魔の薔薇」は梅毒を模した病ですが、物語で書かれているすべての出来事は架空のものです。
明日更新します。
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