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第十七話
しおりを挟む昼間、突然訪れて来た執事から聞かされた話は衝撃的だった。ディランシーズとはいろいろあったけれど、心の整理がついた今では彼の幸せを願っていたのに、まさかそんなことになっていたとは……。
私に伝えられたのはこの様なものだった。
『余命一年』
『彼は私たちに会いたがっている』
『余生を共に過ごしてやってはくれないだろうか』
『出来れば彼の最期を看取ってやって欲しい』
私は一つ気になっていたことを質問した。アンジェリカについてだ。彼女とディランシーズは恋人同士ではなかったのか。なぜアンジェリカが彼を看取らないのか。
『……リポビッチ侯爵令嬢は同じ病(やまい)で二年前にお亡くなりになられました』
アンジェリカさんが亡くなっていた。二年も前に。しかも同じ病と聞いて血の気がひいた。
感染症?
でも経路はなんだろう。こうして執事は元気なのだから、飛沫感染ではないと思われた。地域の流行りの病なのかと聞いたら、違うと返事が来たのでホッとする。
……彼を看取る……
つまり一年、もしくはもっと長く彼の屋敷に滞在することになる。その時はもちろん光も連れて行く。ただ、唯一気がかりなのがトーマさんだ。このことを話したら、彼は何て言うだろう。
行くな
裏切り者
失望した……?
それとも理解を示してくれるだろうか。彼ならきっと私の気持ちを汲んでくれる気がする。でも私の方が彼から一年もの間離れられる?
一年……もしかしたらそれ以上の間、トーマさんと会えなくなるのだ。看取って欲しいと言われても、そう簡単に受け入れられるものではなかった。
その日の晩、光が寝静まったのを見届けると、トーマさんに今日の出来事を話した。彼は黙って私の話を聞いていたが、一年程ここを離れると伝えると私の腕を掴んだ。
「あいつのところに行ってよりを戻すのか?」
「違う、私は彼を妻として看取るべきだと思うの。彼の最期を見届けるのがケジメだと思うから」
「……奴をまだ……愛しているのか?」
下を向いたっきり目を合わせてくれないトーマさん。私は両手で彼の頬を包むと上を向かせ、そっと唇を寄せた。初めて触れた彼の唇は、柔らかくて少しかさついていた。彼は驚いた表情で私を見る。
「私が愛しているのはトーマさん、あなただけ。ずっと待たせたままでごめんなさい」
私がまだ妊娠していた時、彼からは一度プロポーズをされている。あの時は出産など、これからのことでいっぱいいっぱいだったからお断りした。なのにその後もずっと彼の優しさに甘えてここまでずるずると来てしまっていた。
育児にも慣れて落ち着いてきた今、ようやく私も彼を愛していることに気がついた。
「……あなたを愛してるの。だから戻ってきたら、お嫁さんにしてくれますか?」
だからどうか待っていて欲しい。我儘だってわかってる。それでも彼と残りの人生を共にいたかった。
見つめ合っていると、今度は彼の方から唇を寄せてきた。触れるだけの優しいキス……そこから感じられるのは、いたわりと慰め、そして純愛だった。
「サチコ、愛してるんだ……」
「私もトーマさんを愛しています」
「俺のもとに戻って来ると約束してくれ」
「私の居場所はトーマさんのところだけです。絶対に戻って来ます」
この晩、私たちは抱きしめ合いながら一つのベッドで眠った。そこに性的な意図はなく、ただ手を繋いで眠るだけ。それなのにこんなにも満たされる心に、私はどれだけトーマさんを必要としているかを理解した。
「ありがとう、トーマさん」
翌朝、私はトーマさんに別れを告げると、ディランシーズが待つ、かつて暮らしていた場所へと向かった。
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