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第一部
救いの手
しおりを挟むここが一妻多夫の世界だと、頭では理解しているつもりだった。それでも、こうして目の当たりにすると改めて驚かせられる。
文化の違い、価値観の違い、他にもたくさんの障壁に将来ぶつかるのだろう。それでも、アルマロスとレラージェが傍に居てくれれば、きっと大丈夫だと思った。
でも、二人だけに負担をかけてしまって良いのだろうか。やはり三人目の夫は必要なのかもしれない。
「マキ!」
つい考え込んでしまい、名前を呼ばれてビクッと後ろを振り返ると、人の輪を掻い潜ってこちらに来るアルマロスの姿があった。
「アルッ!」
愛しい夫の姿に、真希はホッと息をついた。ハスデヤ殿下とラウム殿下がいたので何事も起こらなかったけれど、絶対の信頼を寄せる人が近くにいないのは想像以上にこたえた。
彼の懐に飛び込むと、逞しい腕に包まれて額にキスが落とされる。彼に抱きしめられて、ようやく真希は安堵のため息をついた。
「マキ、レラージェはどこだ?」
目を向けると、ホールの中央ではレラージェとセレナが最後のターンを決めるところだった。そして曲が終わり、レラージェがセレナをエスコートしながらこちらへと戻ってくる……かと思われたが、セレナが彼の腕を引いて何か話しかけている。
レラージェは、困り顔でそれを諌めようとしていたが、彼女の押しに負けたようだった。
そして二曲目が始まり、二人は再びホールの中央で踊り出した。レラージェが、完璧なステップを踏みながら目で真希を探しているのが見えた。不本意ながらも女性に、しかもその女性が隣国の王女となれば、よっぽどのことでない限りレラージェから断れるはずがない。
そんなことは十分承知の上で彼を送り出した。けれど、心に嘘はつけなくて、真希は踊る二人をこれ以上見続けるのが嫌だった。
「レラージェのやつ、マキを放ったらかしにして何をしているんだ!」
「どうやら妹が二曲目のダンスをねだったようですね。殿下は既婚者だというのに申し訳ない」
ことの成り行きを見守っていたハスデヤが、アルマロスに謝罪した。
国交の安定を望む上で、王女の要望に応えないわけにはいかない。しかしながらダンスの際、二曲連続で踊ることの意味を、この時の真希は知らなかった。
「あいつのことは放っておけばいい。マキ、お腹が空いただろう?あちらで新しい飲み物をもらって軽く何かつまもう」
彼は今日、警備の仕事のはずだった。そこで彼に尋ねると、うまいこと調整して少しの間だけ抜けられるようにしたのだそうだ。
あのタイミングで駆けつけてくれたアルマロスには感謝しかない。
*
舞踏会場のテーブルに所狭しと置かれた食べ物。どれも食べやすいよう一口サイズになっており、手の込んだ造形が一種のアートを生み出していた。
あらためて乾杯を交わした二人は、小休止がてら食事をすることにする。
真希は小皿を持ってどれにしようか品定めをし始めた。
薔薇の花をモチーフにしたミニパイや、色鮮やかなフルーツが盛られたタルトなど、ついあれもこれもと皿に乗せていってしまう。
今日は、朝にフルーツをつまんだだけでほとんど何も食べていなかったので、とてもお腹が空いていた。
どれも美味しくてもぐもぐ食べていると、隣でアルマロスがくすくす笑っている。
「だって、お腹が空いてたんだもん」
「いや、リスみたいで可愛いなと思って見ていただけだ」
リスに例えられた真希は、恥ずかしさのあまり彼を軽く睨んだ。
それを見てアルマロスは更に笑い出すので、プイッとそっぽを向いて別のテーブルのものを物色し始めた。
(なによ、アルのばか!)
朝から慣れない着付けに追われて食事もろくにとれず、パーティーではセレナ王女にレラージェを取られてしまい、思いのほかストレスが溜まっていたようだ。
予想外な展開ばかりにいろんな感情がない混ぜになり、鼻の奥がツンとする。すると低い声で横から声をかけられた。
「失礼、どうぞこれを」
差し出されたのは綺麗に折りたたまれたハンカチだった。正直、心がぐちゃぐちゃで涙腺が決壊しかかっていたのでありがたかった。ところがそれを、アルマロスが乱暴にひったくった。
「おい、俺の妻に勝手に話しかけるな」
冷たい声で彼の胸元にハンカチを押し返す。男性はとても背が高く、優に二メートルはあると思われる。燃えるような赤い髪に、太い眉と切れ長の目が印象的だった。そしてガッチリとした体格が、スーツ姿からもはっきりと窺える。
「コカビエル卿、貴方はもう少し女心というものを学ばられるべきだ」
男性は押し返されたハンカチを受け取ると、真希の潤んだ瞳をそっと拭いて……やろうとして再びアルマロスにひったくられた。
「おいでマキ、こんな大男に声をかけられて怖かっただろう」
アルマロスが真希の肩を抱き寄せた。しかし真希はそれをするりと躱して避けると、男性の後ろに隠れた。
「なっ……!」
それを見たアルマロスが、信じられないと言った表情で真希を見つめた。
彼はまさか自分が泣かせたとは気づいておらず、知らない男に声をかけられて怯えているものと思っていた。
すると、そこへ二曲目のダンスを終えたレラージェが合流した。
「これはこれはフィスター辺境伯、なぜそなたが私の妻といるのだ?おいアル、なにがあったか説明しろ」
レラージェが自分のところに来るよう合図をしたが、真希は首を横に振って拒んだ。
嫉妬なんて大人気ないと思う。それでも自分の夫が他の女性とダンスをする姿など見たくはなかった。
アルマロスに対しては、ほぼ八つ当たりだった。けれど落ち込んでいる時に笑われて、気を張っていたのがぽっきり折れてしまった。
「アルもレラージェも嫌い。しばらく私を一人にして」
嫌いと言われた二人は、ガーンという効果音が聞こえてきそうな表情で青ざめた。
「ちょっ……マキ、アルはともかくとして私が嫌いとは何故なんだ?」
「待ってくれ、レラージェが嫌いなのは理解できる。それがどうして俺も嫌いになるんだ?」
二人とも、全く理解できない顔で縋るように真希を見つめた。しかし、それが余計に真希の不満を膨らませた。
「レラージェは私といなくたって、他の女性をダンスに誘えばいいじゃない!」
「アルは……、アルは……、アルのばかっ!」
感情が昂った真希は、その場でポロポロと泣き出してしまった。それを見た男性二人は、どうしていいかわからずオロオロするばかりだった。
「美しい貴方に涙は似合いませんよ」
そう言って三度目に差し出されたハンカチを、真希は今度こそ受け取って涙を拭った。
大きな背中が、さりげなく周囲の視線を遮ってくれている。
「私は辺境で暮らすロレンスという者です。これ以上ここで注目を集めるのはよろしくない。私で良ければ、ここから連れ出して差し上げましょう」
「なにを勝手なことを……!」
アルマロスとレラージェが怒気を含んだ声で彼の声を遮る。しかし、ロレンスは冷ややかな目で一瞥しただけで、全てを真希の判断に委ねるようだった。
「私はこんな見てくれですが、貴方に危害を加えるような真似は決してしないと誓いましょう」
真希は一瞬迷った。それでも、これ以上見苦しい自分を人前で見せるわけにはいかず、彼にエスコートをしてもらうことにした。
差し出された手を取ると、アルマロスとレラージェが息を呑んだのがわかった。まさか自分達ではなく、ロレンスをとるとは思わなかったのだろう。
ロレンスは、真希の背にそっと手を当てると出口へと誘導した。
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