私の愛する夫たちへ

エトカ

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第二部

アルマロス・コカビエルという男

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 日が傾き、王城裏手にある騎士たちが集う訓練場は夕日でオレンジ色に染まっていた。


 「よし、今日の訓練はここまでとする。三番隊は使用した武器・防具類の回収と整備、二番隊は帰舎する前に夜勤シフトの確認をすること。明日は休息日だが、みんな剣の手入れは忘れるなよ。以上、解散!」


 アルマロスの号令で、第一騎士団に所属する約五十名の騎士たちが、割り当てられた仕事に取り掛かるために動きだした。アルマロスはそれを見届けると、今日の分の書類を作成するため、執務室へと向かった。すると護衛兼、夫と思われる男性陣を連れた一人の女性が目の前に現れた。


 「ご機嫌よう、コカビエル卿。いえ、今は騎士団長様とお呼びするべきかしら。わたくしの方から何度も手紙を送って差し上げましたのに、いくら待てどもお返事が来ないものだから、待ちくたびれてこのような場所にまで足を運んでしまいましたわ」

 「……これはハックビー伯爵令嬢。ここのところ執務と騎士団の仕事で忙しく、お手を煩わせてしまったようで大変申し訳ない」


 アルマロスは表情も変えずに謝罪の言葉を述べる。すると、不満そうな顔をした令嬢は、アルマロスが下手に出たことに満足したのかニンマリと笑った。

 高そうなドレスを身に纏ったこの女性は、以前からアルマロスに付きまとっては結婚を迫っていた。女であることを免罪符に、爵位が下であるにもかかわらずアルマロスに対し横柄な態度で接してくる、非常に厄介な人物だった。


 「わたくしの八番目の夫になりなさい。そうすれば貴方の子を産んで差し上げてもよろしくてよ?後継あとつぎが必要な貴方にとっては、喉から手が出るほど望ましい話ではありませんこと?」


 誰がいつ後継ぎが欲しいと言ったのか。確かに父の強い希望でコカビエル家を継いだ。だがしかし、そもそもアルマロスには結婚願望がなく、後継ぎの問題は弟が将来子を成せば良いと思っていた。


 「寛大なお心に感謝いたします。しかし私は女王陛下に命を捧げた身、騎士団長としての立場に重きを置いておりますゆえ、今のところ家督の問題は憂慮しておりません」


 キッパリと断れば、女性は不愉快そうに顔を歪めて立ち去って行った。その後に続く奴隷のような男たちを見て、アルマロスは嫌悪した。
 今まで見てきた女という生き物は、どれも女であることを理由に男を物のように扱い、我が強く我儘わがままで高慢な奴らばかりだった。それだから、アルマロスは結婚というものに意味を見出せずにいた。


 「……はぁ」


 吐いたため息が広いグラウンドにかき消えた。これ以上煩わしい思いをするのはごめんだ。そう思ったアルマロスは、急いで執務室へと向かった。そして、そこで見たのはデスクの上に積み上げられた釣書の山だった。軽く二十はあるだろうか。どれもアルマロスの外見に惹かれて、もしくは爵位欲しさに婚姻を持ち掛けて来ているものばかりだった。

 アルマロスは手早く書類整理を済ませると、足早に家路についた。



 *



 屋敷前に到着したアルマロスは、妙な胸騒ぎがした。空を見上げれば、西の空がわずかばかりに色を残しているだけで、今にも夜の帳が降りようとしていた。生暖かい空気が、甘ったるい花の香りを乗せて鼻腔をくすぐる。

 アルマロスは知っていた。こういう時はかんに従うべきであるということを。いつでも抜剣できるよう左腰に手をあて、音を立てずにそろりと裏庭へと向かう。薄暗闇に包まれたそこにあるのは、月の光に照らされた雑木林があるだけだった。

 ところがしばらくすると、漆の如く黒い森から何者かが姿を現した。その者は、おぼつかない足取りで屋敷の正面へと足を運んでいた。

 アルマロスは、どこぞから送られてきた間者かと思い、背後に回ると声をあげた。


 「何者だ!」


 緊張を孕んだ声に、その人物はびくりと肩を震わせた。そして、ゆっくりと振り向いた相手を見てアルマロスは驚愕した。


 (女性だと……?こんな夜更けになぜ女性が一人でいるんだ!?)


 疑問に思ったことを問うと、その女性は困惑した様子で首を傾げるだけだった。見たことのない服装を身にまとった異国の娘は、不安そうな表情で震えている。その姿にアルマロスの庇護欲が刺激された。


 「……とりあえず中に入ろう。話はそれからだ」


 セバスチャンの出迎えを受けて玄関ホールに着いた。明るい場所で改めて彼女を見ると、そこには儚げな少女がいた。アルマロスは少女から目が離せずにいる。

 これが一目惚れであることにアルマロスが気づくのは、まだもう少し先の話だった。
 とは言え、この時すでに彼女を手に入れるため、話の流れをコントロールしようと仕向けていたのだから滑稽だ。

 こんな必死になって、なりふり構わず自分をアピールしたのは人生で初めてのことだった。マキと名乗った異世界の娘を、人生の伴侶にしたい。彼女が欲しい。そして誰にも渡したくなかった。そんな秘められた思いを胸に、アルマロスは自らが作り上げた箱庭に、真希を閉じ込めようとした。

 彼女は華やかなドレスや宝石には目もくれず、絵を描くことを好んだ。マキの作品はどれも素晴らしく、優しい絵のタッチが彼女の人柄を表しているかの様だった。

 アルマロスが声をかける度に、嬉しそうに笑ってはにかむ姿に胸が躍る。明るく素直で、純粋な眼差しで見つめてくる彼女に、アルマロスはどんどんのめり込んでいった。そんな自分に気づいてはいたが、どうにも想いを止められないのだから仕方がない。


 「正直に言う。貴方を一目見て恋におちた。まさか一目惚れするなんて自分でも信じられないでいる。それでも、どうしても貴方が欲しい。今は形だけの結婚で構わない。どうか貴方の隣にいる権利を私にくれないだろうか」


 アルマロスの告白に、つぶらな瞳が大きく見開かれた。戸惑い、迷い、そして安堵。可愛らしいかんばせが、今の彼女の心情を方便に語っていた。


 「あ……のっ、そう言ってもらえて、すごく光栄です。本当に……本当に形だけの結婚で良いのなら、お願い……シ、……マス」


 アルマロスの努力が功を奏し、形だけとは言え結婚にまで漕ぎ着けることに成功した瞬間だった。だが嬉しさに浮かれていたのが仇となってしまい、後にハスデヤ王国の第一王子であり、幼馴染でもあるレラージェに真希の存在を見破られてしまうのだった。


 時を同じくして、水面下では多発している婦女を狙った誘拐事件に二人は頭を悩まされていた。しかも、他国の王族が一枚噛んでいるというから厄介だ。


 「十中八九、北のソルマンデス王国だろう。あそこの国は昔から男尊女卑で有名だと聞く。三十年前に女児が激減してからも、その風習は改善されなかったんだろう。だからと言って他国から女性を攫うとは……安直というか、愚かすぎる」

 「何にせよ王族が絡んでいる以上、下手に動いて国際問題に発展させるわけにはいかないだろう。だからレラージェ、この件は慎重に事を運ぶ必要があるぞ」

 「わかっている。確か北の国境を治めるのは……フィスター伯爵家だったか。アルの方からあちらの領主に一報を入れておいてくれ」


 こうして二人は、事件の収束に向けて極秘裏に動き出した。


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