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第三部
狂気
しおりを挟む「いやっ」
真希は大声をあげて暴れた。両足首を掴まれているので、じたばたと腕を振って逃げようともがく。だがすぐに別の男に両腕も拘束されたため、一切身動きができなくなった。恐怖で呼吸がうまくできない。それでも本能がこのままの体勢ではまずいと伝えてくる。考えるよりも先に、真希は身体を起こそうと身をよじった。
「おい、大人しくしろ。そうすりゃあ痛えこたぁしねぇでやるからよ」
そう言って、男はナイフを使ってスカートを切り裂いた。ぎらりと光る切っ先に唖然とした一瞬、男の大きな身体がのしかかってきて真希の身体を圧迫する。
「うぅ……」
「へへへ、今すぐ可愛がってやるからよぉ。一緒に気持ち良くなろうぜぇ」
真希は自分の顔から血の気がひいていくのがわかった。腕を掴んでいる男が、頭上で両手を一纏めにして紐で手首を縛る。完全に動きを塞がれてしまった真希は絶望した。
「やめ……やめて」
叫びたいのに掠れ声しか出なかった。身体に乗り上げている男が真希を見下ろす。ニヤリと笑った男の顔は髭に覆われていて、歯が数本欠けていた。興奮からかはぁはぁと鼻息が荒く、血走った目で舌なめずりをしている。真希が震え慄いていると、手首を一纏めにした頭上の男が別のナイフで胸元の布を切り裂いた。
「やだ、いやぁ、離して!」
「お嬢ちゃん、ずいぶん綺麗な肌してんじゃねぇかぁ。これでどれだけの男を喜ばせてきたんだろうなぁ」
まろび出た白い乳房に男たちは涎を垂らし、勢いよくそれにむしゃぶり付いた。
「ひぃっ!」
全身に激しい悪寒が走る。仰け反って逃れようとするが、薄汚いベッドに縫い付けられた状態では何もできなかった。痛いくらいに胸を揉まれ、のしかかってくる男の手が最後の砦である下着を乱暴に取り去ろうとした。
「いやぁ!触らないで!アル、レラージェ……ロレンス!!」
悲鳴にも似た叫び声をあげた時だった。
ドンッと部屋全体が地震のように揺れるのを感じた。
「な、なんだぁ?」
わけがわからず、誰もが動きを止めて外の様子に意識を集中した。シンと静まり返った不気味な空気が漂うなか、突如窓ガラスの割れる音が響いた。そして騎士の服を着た大勢の兵たちが部屋の中に雪崩れ込んでくる。
「「マキ!!」」
兵たちと荒らくれ者たちが争う部屋のどこかから、求めて止まなかった人物の声が聞こえた。声のした方に目を向けると、それと同時にものすごい速さで真希を拘束していた男たちが伸されていく。
「……アル、レラージェ……」
震える声で二人の名を囁いた。
「マキ、大丈夫か!?」
「遅くなってすまない、さぁこれを」
レラージェが身につけていたマントを脱ぐと、裸同然の身体をすっぽりとそれで隠した。きゅっと抱き締められ愛しい人の温もりを感じた真希は、ずっと張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れて涙が溢れ出た。そんな真希を男二人はそっと部屋から連れ出した。
「ロレンス、そっちの状況はどうなっている」
真希に付き添いながら出てきたアルマロスが彼に尋ねた。真希はレラージェに抱えられて腕の中で泣いている。
「外の奴らも全員捕縛した。おそらくどいつも犯罪歴のあるごろつきだろう。先ほどリーダーと思われる男が、部屋の中の女に頼まれたと吐いた」
その女とは間違いなくエレナのことだ。同じ女性として真希には理解し難かった。私怨を晴らすために同じ女性を強姦させ、最後には殺すだなんてまともじゃない。
「離しなさい!わたくしを誰だと思っているの!?」
そんな時、バタンと部屋のドアが開けられると同時に甲高い声が通路に響き渡った。そして綺麗に結い上げられていたストロベリーブロンドの髪を振り乱しながら、兵たちの拘束から逃れようと抵抗しながらセレナが現れた。
「ナーガ王国、第一王女セレナ殿下。貴方を稀人の誘拐、監禁、および強姦幇助の疑いで拘束する!」
「な、何を言っているの!?わたくしはナーガの王女よ!!そうだわレラージェ、貴方からも言ってちょうだい。わたくしの王配になるためには必要なことだったと」
彼女の必死の形相は真剣そのものだった。本気でそう思って言っている。髪を乱し、一心にレラージェを見つめる彼女に周囲の者は狂気を感じ取った。
「……セレナ。君は自分が何をしたかわかっているのかい?」
「ええ、わたくしは貴方のために……」
「僕のためと思うなら、マキとの結婚を反対するのではなく祝福してもらいたかったよ」
失望の声にドキリとして真希が顔を上げると、そこには悲しげな表情のレラージェがセレナを見返していた。
妹のように可愛がっていた女の子が、どこで道を間違えたのか大きな過ちを犯してしまった。それはたとえ王女だとしても許されない犯行だった。
「……そうよ……わたくしは何も悪くない……悪いのはその女よ!!わたくしから大切なものを奪ったのだから、死んで償いなさい!!」
そう叫ぶと同時に、セレナは懐から短剣を取り出すと、真希に向かってそれを振り上げた。けれども剣先が届く前にアルマロスによって捉えられ、腕を捻り上げられた彼女の手から短剣が床に転がった。
束の間の沈黙。それを破ったのはロレンスだった。
「茶番劇はこれで終いだ。レラージェ、マキは私が預かろう。二人ともこれから後始末に忙しくなるだろうから、その間彼女は私の別邸で保護する」
「ああ、そうしてくれ」
レラージェが真希の額にキスをし耳元で「愛してるよ」と囁いた。それに真希は頷くとレラージェの腕からロレンスに身を委ねた。アルマロスは真希の頬に口づけを落とすと、ポンポンと頭を撫でて「間に合ってよかった」と一言告げて現場へと向かった。
「さあマキ。もうここに用はない。私と一緒に行こう」
彼の穏やかな声を聞いて、真希はようやく危険が去ったのだと実感することができた。
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