クライニング?セクニッション~天才でオタクな彼のラストストーリー

せあら

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狙われたアイドル

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 白色のブラウスの上に前は黒、後ろは赤色をしたトップス、胸元はジャボを付け、フリルをふんだんに使ったスカート。その衣装を身に纏い、頭に黒の薔薇のコサージュを付けたリリはスタジオの通路を歩きながら本日何度目か分からない溜め息を吐いた。 
「まさかこう来るとはね……」 
「やっぱりちょっと驚いちゃったりした?」 
 隣を歩く莉乃は気楽に、にこにことした顔で訊ねるがそんな莉乃を半目で一瞥しリリは視線を前に向けたまま言った。 
「別に。悟から話は聞いていたし……でも、まさか臨時マネージャーとして来るとは思わなかったけど」 
 彼女が現れる事ぐらい予想はしていた。だが、まさか自分の関係者と言うかたちで現れるとは予想外だった。 
 そう思い、感じながらもリリは莉乃へとチラリと視線を向けつつ。 
「それにしたって良くなれたわね。マネージャーなんかに……」 
 そう口にするリリに莉乃は人差し指を立てて、とびきり可愛らしい笑顔で答えた。 
「ほら、そこはコネ……じゃなかった……色々準備とか、手続きとかしたりしててそれで何とか、ね」 
「………いまコネって言った……」 
「……うっ……」 
 ボソリと呟くように言うリリの台詞に対して莉乃は思わず言葉に詰まった。 

 あの後。学校を終えたリリは新曲のPV撮影の為にスタジオにやって来たのだった。 
 予定ではこのスタジオでマネージャーと合流する事になっていたのだがマネージャーの姿は無く、変わりにリクルートスーツに身を包み、メイクを施し、美人で知的な雰囲気がある一人の女性……莉乃がその場にいたのだった。 
 昨日初めて会った時の印象とは全く異なっており、どこからどう見てもそつなく何でもこなせる大人の女性の雰囲気を感じさせていた。 
 だが、残念ながらそれは外見のみの話なのだが……。 

 莉乃の話によるところマネージャーが急用の為急遽一週間休暇する事になり、そこに莉乃が臨時としてやって来ていたのだった。 
 おそらくだが……これは建前の理由だろう。 
 それに悟は昼休みの時に“準備と手続きに手間取った”と言っていた。この状況がそうなのだろう。 
 マネージャー本人はきっと今頃休暇をのんびりと楽しんでいるに違えない。 
 きっとそうに決まっている。 
 そう思考を巡らせ、直ぐ様に理解するリリに莉乃はどう答えて良いのか、またはどう誤魔化して良いのか口許に指を当てながら困ったように真剣に考え込んでいる様子だった。 

 彼女は隠し事が下手……もしくは出来ないタイプなのだろう……。 

 そう思いながらリリは自嘲ぎみに口許をふっと綻ばせた。 

「大丈夫よ。そんなに考えなくっても大体分かるから」 
「へ?」 
 その言葉に莉乃は一瞬間の抜けた表情と供に声を発し、そしてその意味をすぐに理解すると表情を変えにへらぁと笑った。 
「そっかぁ。わたしすぐ顔に出ちゃうタイプだから、分かっちゃったんだね。それにわたしってあまり深く考えるの苦手なんだよねー」 
「アンタ良くそれで今までこの仕事務まってきたわね……」 
「そうだねー。わたしも自分でもそう思ちゃうよ。でもね……」 
 多少呆れるリリへと軽く笑い、莉乃は一度言葉を切ると、そして真剣な表情でリリへと告げた。 

「必ずリリちゃんの願いは叶えるよ。だから安心してね」 

 その瞳は真っ直ぐに、それでいて強い意思が宿ったような瞳でリリを見つめた。そして彼女はにこっと優しく微笑んだ。それはまるでリリを安心させるような優しい笑みに近かった。 

 その顔を…… 

 その表情を自分は知っている。 

 そう率直に、何処と無くリリはそう感じた。 
 何故そう感じたとは分からない。記憶には無い。だが心がそう感じていたのだった。 

「さぁ着いたわね」 
 そう言いながら莉乃は一枚の扉の前へと足を止めた。 
 その言葉にリリはハッとし、気づくといつの間にかスタジオにたどり着いていた。 
「何も無いと良いけどね」 
 莉乃は真剣な表情で小さく呟くと供にドアノブに手を触れ、そして開いた。 

*** 

 程なくして撮影は開始された。 
 だだっ広い室内は薄暗く藍色の空間に覆われており、その中央に立つリリの真上の空に似た天井からはキラキラとした雪の結晶が降り注いでいた。歌を紡ぎながらリリは手を前へと突きだす。 
 すると彼女の指先からは淡い金色の光が灯った。それはまるで魔法に近いもの。 
 雪の結晶が降り注ぐ中で歌うリリの姿は純粋で、そして何処か儚げで、まるで魔法を使う妖精そのものだった。 

 だが実際のところ、この演出の正体はホログラムを応用した機材を使用したものだ。 
 今のこの時代は昔に比べて科学が圧倒的に進み、進化を遂げていた。 
 その為、アイドルのPVと言えど演出効果をさらに生み出す為に様々な器材、道具などを使用し撮影をするのが今は当たり前となっていた。 

 要は簡単な話。使えるものは使えと言う訳だ。 

 リリへとカメラが回る中、壁際に一人佇み両腕を組みながら莉乃は撮影を眺め、思考を巡らせていた。 
 昼間悟は“リリは何かを隠している”と言っていた。 
 それは何か……。 
 元々彼女の依頼はストーカーの犯人を捕まえる事だ。捕まえた後当然ながら警察に引き渡す事が普通だ。なのに依頼されたのは犯人を捕まえるだけ。捕まえた後の事はまだ彼女一切から聞かされていない。 
 悟はそこに引っ掛かりを覚えているようだった。 
 そもそも星野リリを調べた結果彼女は孤児だった。元々は幼い頃母親の虐待に合い、児童相談所から保護され、ある施設に入れられた経歴があった。 
 そこから数年たったある日、学校帰りに今の事務所からスカウトをされアイドルとなったのだ。 
 それはまさにシンデレラストーリーそのもの。 
 現に今はそんな過去なんぞ一切微塵も感じさせない程のカリスマ性を放ちながら清純派アイドルとして絶大な人気を誇っている。 
 そんな彼女が何故隠し事をしてまで依頼をしてきたのか? 
 そこがいまだに謎であり、何処か不信に感じる部分でもあった。 
 それにそもそも……。 

 (タイミングが良すぎるなぁ。まさかこの依頼主があの子だったなんて……) 

 莉乃は瞳を閉じ、そして開くと供に小さく苦笑を溢した。 
 おそらく悟はリリに関わる事になるだろう。 
 彼は今まで依頼主に対して一線を引いていた。 
 それは余計なトラブル、事件などに巻き込まれない為でもあり、それに彼にはある別の目的を持っている。その為ならば余計なものなどに自ら関わらない。あくまでもこの仕事はビジネスだとそう割りきりながら彼は今までこの仕事をやってきた。 
 だが 、彼はどこかリリを気にしているふしがある。 
 それはきっと彼自身は気づいておらず、無自覚に近いものなのかもしれないが……。 
 それに自分でも何故そう感じるのかは分からない、だが直感的に不思議とそう感じてしまうのだ。 

 (悟って、なーんだかリリちゃんには甘い気がするんだよねー) 

 そう思い、莉乃はふっと中央の天井を見上げた。すると突如キラリした光が一瞬瞬いた。 
 莉乃は思わず眉をひそめ、そしてその光が照明の光だと悟ると同時に彼女はヒールを鳴らしながら即座に動き、声を張り、叫んだ。 

「危ない!? 早くそこから逃げて!!」 

 莉乃の緊迫した声を聞き、リリを始めスタッフ全員が天井を直ぐ様見上げた。 
 すると天井にある6、7台の照明がグラつき、そして落下した。しかもそれは真下にいたリリへと直撃するようなかたちで。 
「早く逃げろ!」「リリ危ない! 早くこっちへ!!」 
 そう口々に声を大にして言うスタッフ達の声を聞き、それでもリリは動けなかった。 
 いや、正確には恐怖のあまりに体が硬直し、脚が一歩も動かなかったのだ。まるで脚ごと体がその場に縫い止められてしまっている。そんな感覚に近かった。 
 自分へと迫りくる照明を見上げながら、時間の流れをゆっくりと感じた。 
 押し寄せ、迫る恐怖の中、突然体がドン! と突き飛ばされたと同時にガシャァァと派手な音がスタジオ中に響き渡った。 

 軽い痛みと供に床に倒れたリリは想像していた激しい痛みは全く無く、リリは閉じていた瞼をそっと開けた。 
 目を開けた瞬間にいきなり飛び込んできたのは心配そうな表情をした莉乃の顔だった。 
「リリちゃん! 大丈夫、怪我ない?」 
 莉乃はリリを庇うように彼女の体を覆い被さるような体制でいた。 
 あの時、瞬時に動いた莉乃は照明が落ちる寸前リリを突き飛ばすように抱き締める体制でリリを庇ったのだった。 
 必死に真剣な表情で問う莉乃に対してリリは困惑しながらも小さく頷いた。 
「うん……。大丈夫よ」 
 その言葉を聞き莉乃はほっと安堵し、淡い笑みを浮かべた。 
「良かった」 
 そう言い莉乃はリリから体を離すと供にリリもゆっくりと体を起こした。 
 そして彼女は視線を周囲に向けた瞬間。思わず言葉を失い、絶句した。そこには先程リリが立っていた場所に照明が落下し、粉々に割れていたのだった。 
 もし間に合わなかったら……。 
 そう思った瞬間ゾッとし、背筋に冷たいものが流れるのを感じ、手が震えた。 

 何なのよこれ……。もしあの場所にいたままだったら……。 

 リリは自分の中に広がり、次第に埋め尽くされる恐怖を感じ、ぎゅっと瞳を瞑りながら掌を固く閉じた。 
 それを見、莉乃は自分の手をそっとリリの手の上に重ねて、優しく囁いた。 
「大丈夫。わたしがあなたを絶対に護るから。だから大丈夫だよ」 
 彼女のその言葉を聞き自分の中にある恐怖が不思議と少しずつ、少しずつ薄れ次第に溶けていくのをリリは感じる。 
 どうしてかは自分でも分からない。 
 だけど自分でも説明がつかない、何処か懐かしい感覚がしたのだ。 

 暫くして落ち着いたリリから莉乃は視線を外し、近くに広がっていたケーブルへと目を向けた。それは先程落下してきた照明に繋がれたものだ。 
 それを見やり莉乃はどこか不自然さを感じ、瞳を細めた。そのケーブルの先には切断された後があった。 

 それは明らかに事故ではなく、星野リリ本人を直接狙ってのものだった―――。 
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