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企業秘密の理由

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「で? アンタどういうつもりよ?」 

 昼休み。 
 誰もいない屋上の壁際に立つ悟の前にリリは壁に手をつけ、鋭い瞳を向けながら悟を問いただしていた。 
 至近距離からアイドルに酷く、そして冷たい刃物のような視線で睨まれる悟は平然とした口調で答えた。 
「は? どういうつもりかって? 壁ドンされている今の俺のこの心境を話せば良いのか? 悪いが全くもって論外だ! しかも貧乳アイドルでは萌えない……ぐほぉ」 
 閃光のような速さの膝蹴りをリリから受け、悟は思わずコンクリートの地面に膝をつく。しかも運悪くみぞおちを食らったようで腹部へと手で押さえながら悟は顔を苦痛に歪ませ、リリを見上げた。 
「テメェ……よくも……」 
「ん? 貧乳がなんだって? よく聞こえなかったからもう一度教えて貰えるかしら?」 
 彼の言葉を遮り拳を握りながら、にっこりと笑うリリに対して、だが目がちっとも笑っておらず無言の圧力を浴びた悟は身の危険を感じた。 
「あ、いえ、何でもないです」 
 短い息を吐き、両腕を組ながらリリは再び口を開いた。 
「転校生して来たって事はやっぱり、あなたがわたしの護衛をするの?」 
「一応ここではな……」 
「一応?」 
 悟の言葉にオウム返しに言いながらリリは怪訝な顔をした。 
 それに対して何とか回復をした悟はその場から立ち上がり、 
「学校では俺がお前の護衛役で、それ以外は莉乃に任せてある」 
 そう言いながら悟は近くのフェンスの方へと歩き出した。その後を追うようなかたちでリリは後ろから疑問の言葉を彼へと浴びせる。 
「それって、どういう事なの? それに今まで何で連絡も説明すらもなかったのよ?」 
「莉乃に任せてあるってのは俺よりアイツの方がこの手のヤツは専門なんだよ。それに俺はどっちかと言うと頭脳派だから護衛とかは向かねータイプだしな」 
「それって大丈夫なの? だって彼女は女の子でしょう」 
「心配するな。アイツは俺より強い。この前何か知らん組織みたいな連中を一人で全滅させていたしな」 
「全滅って……」 
「それにお前に説明しなかったのは悪かったよ。こっちも急ピッチで色々準備とか、ここの学校に入る手続きってのをやっていたからな。お陰で色々手間取っちまったけどな」 
 そして悟はフェンスに背をもたれさせながらズボンのポケットからある物を取り出し、それをリリ目掛けて投げた。リリはそれを思わずキャッチする。 
 それは透き通るような透明で美しく綺麗な小さな華の形をした一つのピアスだった。 
「それ一応付けとけ」 
「何なのこれ?」 
「GPSだよ。何かあった時の為のな」 
「これ本当にGPS? 初めて見るわ。何だか本物のピアスにしか見えないわね」 
 そう言いながらリリは掌にあるピアスを摘まみながらまじまじと眺める。見れば見るほどお洒落なアクセサリーのピアスにしか見えず、どこの位置にGPSが付いているのか分からない程だった。 
「そりやぁそうだろう。だってそれ俺が作ったオリジナルのものなんだし」 
しれっと言う悟の台詞にリリは驚きの声を発した。 
「えっ!! これ作ったの!?」 
「ま、俺超天才だからな。これくらい朝メシ前なんだよ」 
 ドヤ顔で言う悟に対してリリは素直に感心しながら悟の言葉に従い自分の耳へとピアスをはめた。 
「へぇ~やっぱりアンタって凄いのね。ちょっと見直したわ。ところでこのピアスのデザインも悟がやったの?」 
「あ、いや……それは莉乃がやった。俺のセンスは壊滅的だからとか言いながら……」 
「………」 

 ……誉めて損した……と言うかセンス壊滅的って…… 

 内心心の中で突っ込みを入れるリリへと悟は気を取り直し、真剣な表情をしながら言った。 
「取り敢えずさっきも言ったように当分の間は学校では俺がお前の護衛をやって、それ以外は莉乃がやる。もちろんお前の部屋に泊まり込みで様子を見させて貰いつつ、情報を手に入れながら、犯人を炙り出し捕まえる予定だ」 
「炙り出すってどうやって?」 
 訝しむリリへと悟は口元を僅かに緩めながらリリへと近づき、そして彼女の頭に軽く手をぽんとおいた。 

「企業秘密だよ」 

 突然悟から頭を撫でられ、気恥ずかしさと共に困惑のした瞳で彼の顔を見上げるリリに対して悟は自信満々に、そしてどこか不敵に笑った。 
「大丈夫だってお前の事は必ず護ってやるから」 
「あ、当たり前でしょ!? それがアンタの仕事なんだからっ!!」 
 その言葉にリリは恥ずかしさのあまりに悟の手を軽く払いのけた。悟はそれが直感的に彼女が羞恥心からきたものだと悟った。 
「お前分かりやすいツンデレタイプだな」 
「ツンデレじゃないわよ!!」 
 顔を真っ赤にしながら強く否定するリリ。 
 なんとお約束のテンプレみたいな答えなのだろうか。 
「そう照れるなって。どれお兄さんが頭を撫でてやろう。嬉しいだろう? 大サービスだ」 
「だーもう!髪がぐちゃぐちゃになるでしょう!? それに嬉しくないわよっ!! この変態訴えるわよ!」 
 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらリリの頭をわしゃわしゃと撫でまくる悟に対してリリは悟の手を再度払いながら強く言い返した。 

 そんな言い合いを繰り広げる中で丁度タイミング良く昼休み終了を知らせるチャイムの音が聞こえた。 
 リリは悟へと強い口調で、 

「とにかく頼んだわよ!!」 

 と、言い放ち急いでその場を後にした。 
 その場に一人残された悟はリリのバタバタと慌ただしく階段を降りる音を耳にしながらドアの近くへと移動すると共に壁へと背を再び預けた。そして彼は左耳に付けていた超小型インカムの電源に馴れた手つきで電源を入れた。 
「莉乃聞こえるか?俺だけど」 
 真剣な声音で告げる悟の言葉に対して数秒後どこかお気楽な返事が返ってきた。 
『オレオレ詐欺なら間に合ってまーす』 
「ふざけるんじゃねーよ」 
 悟は短い息を吐くと共に莉乃を軽く嗜めた。 
 それに対して莉乃は『てへ☆』としたふざけた返事を返すと共に真剣な声色へと切り替えた。 
『それで今のところはどんな感じなの?』 
「今のところは特に何も変わった様子はないな。星野リリ自体も特に何も問題はなかったしな」 
 悟は今までずっと周囲に、無論リリ本人にも気づかれないように監視をしていた。学校での彼女の態度は至って普通そのものだった。 
 彼女の話を聞いた限りでは彼女のファンのうちの一人だろうと推測をしていたのだが、この学校の特殊制度もある為か彼女のファンなど一人もおらず、彼女に近づいてくる怪しい人物すらいなかった。 
「そっちはどうだ? 何か掴んだか?」 
 リリの事務所に潜り込んでいた莉乃へと問いかける悟に莉乃は少し間延びした声で、そして考えるようにして告げた。 
『んー、今のところは残念ながら無いかな……。事務所の人とか関係者に色々聞いたんだけどリリちゃんって誰かに恨まれているとかそんなのは無いみたいなんだ。リリちゃんはお世話になったスタッフさん、出演者の人逹に差し入れしたり、誰かの失敗したのをすかさずフォーロしたりしてて皆口を揃えて良い子って誉めちぎっていたよ』 
「えー……それって狙ってやっているってヤツじゃないのか? 外面的な」 
 悟は先程リリから思いっきり罵倒されたのを思い出しながらテキトーに言う。 
『悟酷い! そんなんじゃないよ。皆口を揃えてそう言っていたんだもん』 
「まぁ、何にしてもだ。まだまだ調べる必要性があるな。星野リリの過去自体も」 
『過去も? それって何かあるって事?』 
 不思議そうに訊ねる莉乃に悟は短く頷きながら目をスッと細めた。 

「リリは何かを隠している」 

 一度彼は言葉を切り、そして続けた。 
「これは俺の勘だがリリには家族がいない。これが深く関わっているとそう感じるんだ。それにそもそも俺達に依頼をしてくる事自体にも違和感を感じるんだ」 
『………』 
「“警察に届けたくはない”だから依頼をしてきた。何の為にだ?まずそこから洗っていく必要性がある」 

 リリと初めて顔を合わせた時……悟はそう確信していた。 
 彼が依頼を断っても良いと言う言葉に彼女はそれまで冷静だった態度を変え感情的になり、怒鳴った。そして俯いていた表情に何処か陰を落とし、それと同時に彼女の瞳からある迷いが宿っているように感じた。その表情を見た瞬間から悟は何か彼女にあると感じ取っていた。 
 基本頼まれた依頼をしか、《クライニング・セクニッション》は行わない。 
 それはどんな事件、どんな事情があろうとも、依頼者に感情移入してはいけないと考えての行為だった。同情し、感情移入した結果依頼とは全く関係ない事件に巻き込まれてしまう可能性が存在する場合がある。 
 それに人には人それぞれの人生がある。 
 どんな風に生き、どんな風に自分が経験し積み上げ、生きた証が必ずしも存在する。 
 自分達の存在はその一つの繋がりにしかならない存在だ。 
 だから人の人生に、在り方に、隠している嘘、事情に自分からは触れてはならない。 
 そう彼は決めていた。 
 だが、逆を言えば全てを打ち明け、助けを求めた場合彼はそれを受け止め、全力で救い出す事を決めていた。 
『でも悟……』 
 莉乃の何か言いたげな声色を聞き、悟はふっと自重ぎみに軽く笑った。 
「分かっているよ。依頼人には深入りはしない。それは俺自身がいつも言っている台詞だからな」 
 そして悟は気楽な表情へと変え、軽い口調で言った。 
「じゃあ夕方からの護衛頼んだぞ。莉乃」 
『うん。任せて!……って悟の方は今授業中じゃないの? 護衛の方はどうしたの?』 
 さりげなく突っ込む莉乃に悟は半ば面倒くさそうに呆れながら言葉を続けた。 
「アホか。今授業中だから安心なんだよ。それに相手はストーカーなんだぞ。そもそも授業中に襲ってくる馬鹿がどこにいるんだ。普通に考えて事を起こすとしたらそれ以外の時間帯を狙ってくる筈だろうがよ」 
『あっ! そっか! さすがは悟だね☆』 
「……いや、それぐらい誰にだって分かるし……」 
 インカムの向こう側で感心する莉乃に悟は溜め息まじりで突っ込む。 
「取り敢えず頼んだぞ、莉乃」 
『うん。あの……ね、悟にお願いと言うか……無事にこの依頼が終わって、リリちゃんを護りきったらわたしにご褒美をくれる……かな?』 
 悟の言葉に莉乃はたどたどしい口調で、そしてどこか少しだけ恥ずかしそうに言葉を綴った。もし莉乃本人がこの場にいたのならば乙女のように上目づかいで彼を見ながらもじもじとしていた事だろう……。 
「なんだよ?」 
 そう聞く悟に莉乃は意を決して口を開いた。 
『ご褒美にキスか、わたしと付き合って……』 
「あー電波が悪いみたいだ。切るぞ」 
『悟の馬鹿!! 嘘つき!……』 
 莉乃の抗議の声を完全スルーし、悟は素早く電源を落とした。 
 そしてふと空を見上げた。流れ行く千切れ雲を眺めながら独りでに小さく呟く。 

「早く本当の事を話せば助けてやれるのにな……」 

 その声、言葉は無意識に近く、だが彼の本音そのものに近かった。 
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