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【百十九話】息の吸い方が思い出せません。
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この話は、意識のない第三王子様の
視点になります。
××××××××××××××××××××××××××××××
空が銀色に揺蕩っている。
あれは水銀の空?
水なのに銀。
液体金属。
僕はボンヤリとそらを眺めていた。
自分は水の底にいて。
流れる水を、なんとなく眺めているのだ。
生まれは王族だったけれど、母は四番目の側妃だった。
この四番目というのが、意外なほど人生に影を落とす結果になった。
人の恨みつらみの激しさは、時に、ある種の気力を奪い去る。
第四王子が生まれた頃には、母はもう随分とやつれていたように思う。
多分、綺麗な人ではあったのだろう。
くすんだ金髪が床に届きそうなほど長く、いつも優しく笑っている人だった。
けれど母は、真実笑っているだけの人だった。
人から何を言われようと、我が子が中傷されようとも。
親である彼女は、ただただ笑っていた。
彼女には、子供に差し伸べる腕も、心根も何処か遠いところに置いてきてしまったのだ。
人を守る力のない人。
守られるだけの人。
後宮で生き抜くには、政治力。
組織力のような力を必要とする。
他人の機微に敏感で。
機転が利き。
要領良くたち振る舞えて。
そして、他人の悪意を一蹴する事が出来る、感受性の低さのようなものが重要スキルではないだろうか。
上位の側妃様方を始め、嫌がらせは苛烈を極め、そのチープで子供じみた虐めに、抗うことが出来ず、沈んで行く母。
そして、その母の子で有る僕らも。
ゆっくりと沈んで行った。
どうすれば良いのか分からない。
『助けて』なんて声が出ない。
たぶんきっと。
僕はこの、心の弱い母の血を色濃く継いでしまったのだ。
喉から鉛を飲み込んだような重みが、幾重にも続いて行く。
目を瞑ろう。
耳を塞ごう。
そうして。
日々を少しずつやり過ごして行こう。
それに銀色の水。
あれは毒水だ。
少しずつ、体が動かなくなってしまうのだ。
神経系が麻痺して。
立ち上がれなくなってしまう。
『……お姉様』
僕は寂寥とする、心の中で、姉を呼ぶ。
『………ミシェールお姉様』
初めて会った時から、大好きだった。
なんでもハキハキとものを言う。
誰にも遜らないで。
負けん気が強くて、お転婆で。
目元がキリリとしていて。
なのに瞳の色は、蕩けるほど甘いピンク色。
可愛くて。
優しくて。
誰よりも好きだった。
僕が虐められれば、大人相手でも正論で論破して。
僕が転べば優しく介抱してくれる。
真っ暗な夜は。
枕を持って、僕の部屋に来てくれた。
『………ミシェール姉様』
ミシェールお姉様の手は温かくて、繋いだ指先から、血管の脈打つ音が聞こえた。
僕の大好きな女の子。
今はお姉様で。
大人になったら恋人で。
いつかは結婚して。
一生、一緒にいるのではなかったか……。
ある日。
大好きな女の子は。
とても活発な子だったので。
馬に乗って、木漏れ日の中を散歩した。
それは彼女の日課だったから。
彼女は独りで出掛けたのだ。
いつもの時間になっても。
帰って来ない。
どうしたのかな?
草むらで昼寝でもしているのかな?
道端で、花でも摘んでいるのかな?
僕はいつもの道のりを、馬に乗って迎えに行く。
あの日見つけた血塗れの姉を。
僕は、永久に忘れない。
息が止まる程の恐怖を。
僕は、決して拭えない。
『どうか、死なないで。ミシェールお姉様』
何故なら僕はーー
あなたのいない世界では、上手く息が出来ないのです。
ミシェールお姉様。
あなたのいない世界で。
僕はーー
呼吸困難になって、死んでしまいます。
視点になります。
××××××××××××××××××××××××××××××
空が銀色に揺蕩っている。
あれは水銀の空?
水なのに銀。
液体金属。
僕はボンヤリとそらを眺めていた。
自分は水の底にいて。
流れる水を、なんとなく眺めているのだ。
生まれは王族だったけれど、母は四番目の側妃だった。
この四番目というのが、意外なほど人生に影を落とす結果になった。
人の恨みつらみの激しさは、時に、ある種の気力を奪い去る。
第四王子が生まれた頃には、母はもう随分とやつれていたように思う。
多分、綺麗な人ではあったのだろう。
くすんだ金髪が床に届きそうなほど長く、いつも優しく笑っている人だった。
けれど母は、真実笑っているだけの人だった。
人から何を言われようと、我が子が中傷されようとも。
親である彼女は、ただただ笑っていた。
彼女には、子供に差し伸べる腕も、心根も何処か遠いところに置いてきてしまったのだ。
人を守る力のない人。
守られるだけの人。
後宮で生き抜くには、政治力。
組織力のような力を必要とする。
他人の機微に敏感で。
機転が利き。
要領良くたち振る舞えて。
そして、他人の悪意を一蹴する事が出来る、感受性の低さのようなものが重要スキルではないだろうか。
上位の側妃様方を始め、嫌がらせは苛烈を極め、そのチープで子供じみた虐めに、抗うことが出来ず、沈んで行く母。
そして、その母の子で有る僕らも。
ゆっくりと沈んで行った。
どうすれば良いのか分からない。
『助けて』なんて声が出ない。
たぶんきっと。
僕はこの、心の弱い母の血を色濃く継いでしまったのだ。
喉から鉛を飲み込んだような重みが、幾重にも続いて行く。
目を瞑ろう。
耳を塞ごう。
そうして。
日々を少しずつやり過ごして行こう。
それに銀色の水。
あれは毒水だ。
少しずつ、体が動かなくなってしまうのだ。
神経系が麻痺して。
立ち上がれなくなってしまう。
『……お姉様』
僕は寂寥とする、心の中で、姉を呼ぶ。
『………ミシェールお姉様』
初めて会った時から、大好きだった。
なんでもハキハキとものを言う。
誰にも遜らないで。
負けん気が強くて、お転婆で。
目元がキリリとしていて。
なのに瞳の色は、蕩けるほど甘いピンク色。
可愛くて。
優しくて。
誰よりも好きだった。
僕が虐められれば、大人相手でも正論で論破して。
僕が転べば優しく介抱してくれる。
真っ暗な夜は。
枕を持って、僕の部屋に来てくれた。
『………ミシェール姉様』
ミシェールお姉様の手は温かくて、繋いだ指先から、血管の脈打つ音が聞こえた。
僕の大好きな女の子。
今はお姉様で。
大人になったら恋人で。
いつかは結婚して。
一生、一緒にいるのではなかったか……。
ある日。
大好きな女の子は。
とても活発な子だったので。
馬に乗って、木漏れ日の中を散歩した。
それは彼女の日課だったから。
彼女は独りで出掛けたのだ。
いつもの時間になっても。
帰って来ない。
どうしたのかな?
草むらで昼寝でもしているのかな?
道端で、花でも摘んでいるのかな?
僕はいつもの道のりを、馬に乗って迎えに行く。
あの日見つけた血塗れの姉を。
僕は、永久に忘れない。
息が止まる程の恐怖を。
僕は、決して拭えない。
『どうか、死なないで。ミシェールお姉様』
何故なら僕はーー
あなたのいない世界では、上手く息が出来ないのです。
ミシェールお姉様。
あなたのいない世界で。
僕はーー
呼吸困難になって、死んでしまいます。
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