姫騎士様は恋を知らない

Sora

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1.姫騎士様は恋を知らない

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 陽が傾き、騎士団の訓練場には長い影が落ちていた。激しい鍛錬を終えたばかりのルーク・ウェストフィールドは、息を整えながら剣を収める。目の前には、相変わらず飄々とした表情を崩さないセラフィナ・ド・ラ・モントフォール。  

 彼女は軽く肩を回しながら、剣についた汚れを布で拭っていた。その様子はあまりにも呑気で、さっきまで剣を交えていた相手に向けるものとは思えない。  

 ルークはじっとセラフィナを見つめた。  

 何度も、何度も、伝えようとしてきた。言葉で、態度で。だが、彼女はそれを全て軽く受け流してしまう。  

 もう、限界だった。  

「……いい加減、俺をからかうのはやめろ」  

 低く抑えたルークの声に、セラフィナはようやく顔を上げる。  

「んー? 何の話?」  

「何の話か……!」  

 奥歯を噛み締める。彼女は本当に気づいていないのか、それともただ面倒だから流しているのか。どちらにしても、ルークの苛立ちは頂点に達していた。  

 次の瞬間、ルークは静かに一歩踏み出し、セラフィナの手をそっと取った。

 彼女が軽く瞬きをする。

 その隙に、ルークは迷いなく顔を近づける。

 気づいた時にはもう遅い。彼の唇が、そっと彼女の唇に触れた。

 
 セラフィナの肩が一瞬ピクリと揺れた。けれど、強く押し返すことも、かといって受け入れるわけでもなく——ただ、ルークのキスをそのまま受け止めていた。  

 数秒の沈黙の後、唇が離れる。  

 セラフィナの瞳は大きく見開かれていた。  

「……なんで?」  

 その声は、本当に不思議そうだった。  

 ルークは息を詰まらせる。  

「……なんで、って……お前、俺がどれだけ——」  

「いや、わかんないんだけど」  

 セラフィナは首を傾げ、口元を拭いながら心底不思議そうな顔をしている。  

 ルークは、思わず天を仰いだ。  

「……マジかよ……」  

 ——こいつ、本当に何も気づいてなかったのか?  

 静かな訓練場に、ルークの深いため息が響いた。  

 ---  

 その後、ルークはもやもやした気持ちを抱えながら、騎士団の本部に向かっていた。  

 正直、今のままじゃ納得がいかない。セラフィナの反応があまりにも鈍すぎるせいで、ただの冗談みたいに終わってしまうのは勘弁だった。  

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前方に見覚えのある黒い髪が揺れるのが見えた。  

「セラフィナ!」  

 呼び止めると、彼女はのんびりと振り返る。  

「お、ルーク。どうした?」  

 相変わらずの飄々とした態度。だが、ルークは一歩踏み出し、ぐっと彼女の手首を掴んだ。  

「ちょっと話がある」  

「え、何?」  

「ついてこい」  

 強引に腕を引くと、セラフィナは少し驚いたように瞬きをしたが、それ以上は何も言わずに従う。  

 二人は人通りの少ない中庭の一角へと向かう。昼間は賑やかな場所だが、今の時間はほとんど誰もいない。  

 ルークはセラフィナの手を離し、深く息を吐いた。  

「……お前、さっきのこと、本当にわかってないのか?」  

「さっきのこと?」  

 セラフィナはルークの顔をじっと見て、それから「あー」と軽く手を打った。  

「あのキス?」  

「そうだ」  

「いや、わかんないんだけど。何であんなことしたの?」  

「は?」  

 ルークは思わず前に出る。  

「何でって、お前——」  

「何でルークが私にキスするの?」  

 セラフィナの瞳には、ほんの少しの戸惑いがあった。けれど、そこに恋愛的な意識は微塵も感じられなかった。  

 ルークは奥歯を噛み締める。  

 ——こいつ、マジでわかってねぇ。  

 目の前の姫騎士様は、どうやら本当に「恋」を知らないらしい。
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