姫騎士様は恋を知らない

Sora

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5.翌日

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 <騎士の朝は早い> 

 訓練場には、朝の冷たい空気を切り裂くように、剣が振るわれる音が響いていた。  

 ルークは、一人黙々と素振りを続ける。  

 重心を整え、無駄のない動きで剣を振るう。振り下ろすたび、呼吸を一定に保ち、感覚を研ぎ澄ませる。  

 ——普段と変わらない、いつも通りの朝。  

 だが、どうにも頭の奥にこびりついた雑念が抜けない。  

 昨夜のことを思い出すたび、胸の奥が妙に熱を帯びる。  

 セラフィナは、行為のあと、夜のうちに自室へ戻っていった。
 何事もなかったかのように、いつも通りの、飄々とした態度で。  

(本当に、何とも思ってないのか?)  

 ルークは剣を振るいながら、昨夜の彼女の表情を思い出した。  

 最中、何度も苦しげにルークの名前を呼んだくせに。  
 繊細に震えながら、ルークの腕を掴んできたくせに。  

 あの瞬間だけは、間違いなく俺を求めていたはずなのに——  

 手元が少しだけ狂う。  

 剣の軌道がわずかに乱れ、それに気づいたルークは舌打ちを噛み殺した。  

「……集中しろ」  

 自分に言い聞かせるように呟く。  

 思考を断ち切るように、再び剣を振るった。  

 ——ただの一夜のことだろ。  
 ——いちいち気にしてどうする。  

 騎士団の中には、ルークとセラフィナの関係に気づいている者もいるかもしれない。  

 この訓練場にいる者のうち、どれだけが察しているかは知らないが、誰も口には出さない。  
 それが騎士団の流儀だった。  

(……バレてるな、これ)  

 ルークは無言で剣を握り直す。  

 考えるのはやめろ。  
 今はただ、目の前の剣に集中するだけだ。



<騎士団執務室にて>

 執務室の中、静かに書類をめくる音だけが響いている。  
 セラフィナは王族警護任務の報告書に目を落とし、いつものように業務をこなしていた。  

 ……はずだった。  

「セラフィナ様?」  

「ん?」  

 隣にいたエリシアが、不審そうな顔でこちらを見ていた。  

「どうかしました?」  

「別に。なんで?」  

「いや……もう三回同じページをめくってますけど」  

「……え?」  

 言われて、セラフィナは手元を見た。  
 確かに、さっきから同じ報告書を行ったり来たりしている気がする。  

 眉を寄せ、少し集中し直す。  
 けれど、どういうわけか、頭に入ってこない。  

(……何やってるんだ、私)  

 いつもならすぐに処理できる書類が、今日は妙に読みにくい。  
 流し読みをしているつもりでも、内容が頭に残らず、何度も同じところを見返してしまう。  

 そんな自分に少し苛立ちながら、深く息をついた。  

「珍しいですね、セラフィナ様が仕事に集中できていないなんて」  

「そんなことない」  

「そうですか?」  

 エリシアはじっとこちらを見つめてくる。  

 この部下は鋭い。  
 下手に取り繕うと、余計に怪しまれる。  

 セラフィナは何事もなかったように書類に目を落とした。  

「ただの寝不足よ」  

「へぇ? 珍しいですね」  

「まあ。たまにある」  

 言いながら、自分でも少し違和感を覚えた。  

 寝不足、確かにそうだ。  
 でも、ただの寝不足でここまで集中できないことがあったか?  

 ふと、昨夜のことが脳裏に浮かぶ。  
 熱を帯びたルークの肌、耳元で囁かれた声、身体を包み込むような腕の感触——。  

「っ……」  

 セラフィナは小さく息を呑み、無意識のうちに書類を強く握った。  

「……本当にどうかしました?」  

「……してない」  

 何でもないふりをする。  
 けれど、妙に意識がそちらに引っ張られてしまう。  

 こうしている間にも、指先には昨夜ルークが触れた感覚が残っている気がした。  
 首筋や手首、肌のあちこちに残る微かな痕も、余計に思い出を鮮明にする。  

 集中しろ。  
 仕事中だ。  

 そう言い聞かせるのに、どうしても意識が散る。  

 セラフィナは無理やり書類に視線を戻した。
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