姫騎士様は恋を知らない

Sora

文字の大きさ
6 / 46

5.翌日

しおりを挟む
 <騎士の朝は早い> 

 訓練場には、朝の冷たい空気を切り裂くように、剣が振るわれる音が響いていた。  

 ルークは、一人黙々と素振りを続ける。  

 重心を整え、無駄のない動きで剣を振るう。振り下ろすたび、呼吸を一定に保ち、感覚を研ぎ澄ませる。  

 ——普段と変わらない、いつも通りの朝。  

 だが、どうにも頭の奥にこびりついた雑念が抜けない。  

 昨夜のことを思い出すたび、胸の奥が妙に熱を帯びる。  

 セラフィナは、行為のあと、夜のうちに自室へ戻っていった。
 何事もなかったかのように、いつも通りの、飄々とした態度で。  

(本当に、何とも思ってないのか?)  

 ルークは剣を振るいながら、昨夜の彼女の表情を思い出した。  

 最中、何度も苦しげにルークの名前を呼んだくせに。  
 繊細に震えながら、ルークの腕を掴んできたくせに。  

 あの瞬間だけは、間違いなく俺を求めていたはずなのに——  

 手元が少しだけ狂う。  

 剣の軌道がわずかに乱れ、それに気づいたルークは舌打ちを噛み殺した。  

「……集中しろ」  

 自分に言い聞かせるように呟く。  

 思考を断ち切るように、再び剣を振るった。  

 ——ただの一夜のことだろ。  
 ——いちいち気にしてどうする。  

 騎士団の中には、ルークとセラフィナの関係に気づいている者もいるかもしれない。  

 この訓練場にいる者のうち、どれだけが察しているかは知らないが、誰も口には出さない。  
 それが騎士団の流儀だった。  

(……バレてるな、これ)  

 ルークは無言で剣を握り直す。  

 考えるのはやめろ。  
 今はただ、目の前の剣に集中するだけだ。



<騎士団執務室にて>

 執務室の中、静かに書類をめくる音だけが響いている。  
 セラフィナは王族警護任務の報告書に目を落とし、いつものように業務をこなしていた。  

 ……はずだった。  

「セラフィナ様?」  

「ん?」  

 隣にいたエリシアが、不審そうな顔でこちらを見ていた。  

「どうかしました?」  

「別に。なんで?」  

「いや……もう三回同じページをめくってますけど」  

「……え?」  

 言われて、セラフィナは手元を見た。  
 確かに、さっきから同じ報告書を行ったり来たりしている気がする。  

 眉を寄せ、少し集中し直す。  
 けれど、どういうわけか、頭に入ってこない。  

(……何やってるんだ、私)  

 いつもならすぐに処理できる書類が、今日は妙に読みにくい。  
 流し読みをしているつもりでも、内容が頭に残らず、何度も同じところを見返してしまう。  

 そんな自分に少し苛立ちながら、深く息をついた。  

「珍しいですね、セラフィナ様が仕事に集中できていないなんて」  

「そんなことない」  

「そうですか?」  

 エリシアはじっとこちらを見つめてくる。  

 この部下は鋭い。  
 下手に取り繕うと、余計に怪しまれる。  

 セラフィナは何事もなかったように書類に目を落とした。  

「ただの寝不足よ」  

「へぇ? 珍しいですね」  

「まあ。たまにある」  

 言いながら、自分でも少し違和感を覚えた。  

 寝不足、確かにそうだ。  
 でも、ただの寝不足でここまで集中できないことがあったか?  

 ふと、昨夜のことが脳裏に浮かぶ。  
 熱を帯びたルークの肌、耳元で囁かれた声、身体を包み込むような腕の感触——。  

「っ……」  

 セラフィナは小さく息を呑み、無意識のうちに書類を強く握った。  

「……本当にどうかしました?」  

「……してない」  

 何でもないふりをする。  
 けれど、妙に意識がそちらに引っ張られてしまう。  

 こうしている間にも、指先には昨夜ルークが触れた感覚が残っている気がした。  
 首筋や手首、肌のあちこちに残る微かな痕も、余計に思い出を鮮明にする。  

 集中しろ。  
 仕事中だ。  

 そう言い聞かせるのに、どうしても意識が散る。  

 セラフィナは無理やり書類に視線を戻した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

数年振りに再会した幼馴染のお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった日

プリオネ
恋愛
田舎町から上京したこの春、5歳年上の近所の幼馴染「さわ兄」と再会した新社会人の伊織。同じく昔一緒に遊んだ友達の家に遊びに行くため東京から千葉へ2人で移動する事になるが、その道中で今まで意識した事の無かったさわ兄の言動に初めて違和感を覚える。そしてその夜、ハプニングが起きて………。 春にぴったりの、さらっと読める短編ラブストーリー。※Rシーンは無いに等しいです※スマホがまだない時代設定です。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...