姫騎士様は恋を知らない

Sora

文字の大きさ
11 / 46

10.王太子の護衛任務(後)

しおりを挟む
 王太子アレクシスは、夜会の中央で貴族たちと談笑していた。  

 彼の装いは、王族らしい威厳を纏いながらも過度な華美を避けたものだった。深いロイヤルブルーの礼服には繊細な刺繍が施され、肩には王家の象徴である金糸の紋章が輝いている。  

 アレクシスは、自然な笑みを浮かべながら貴族たちと応対していた。貴族たちはそれぞれに言葉を選びながら彼に話しかけ、時折、探るような視線を向けている。  

 彼がこの夜会に参加する目的は単なる社交ではない。  
 政治的な監視。  
 貴族たちの動向を探ること。  
 そして、王族が社交界を無視していないと示すこと。  

 そのため、彼はどの会話も軽く流すことなく、相手の言葉の裏を読み取るようにしていた。  

 時折、貴族の誰かが酒を勧めるが、アレクシスは軽く杯を傾けるだけで決して深酒はしない。表面上は穏やかながらも、彼の目は冷静に周囲を見極めていた。  

 近衛騎士たちは、そんな彼をさりげなく囲むように立ち、警戒を怠らない。彼らの配置は計算され尽くしており、どこからでも王太子を守れるように動線が確保されていた。  

 セラフィナは、そんなアレクシスの様子を静かに見つめる。  

 (問題はなさそうだが……)  

 彼の振る舞いはいつも通りだ。だが、貴族たちの中には、何かを試すような目で彼を見つめる者もいる。  

 セラフィナは、無言のまま視線を巡らせた。  
 今宵の夜会は、ただの優雅な宴では終わらないかもしれない。

 華やかな音楽と笑い声が広間を満たす中、貴族たちの会話は絶え間なく続いていた。だが、セラフィナの意識は別のところにあった。  

 アレクシスの近くにいた男が、一瞬だけ不自然な動きを見せたのだ。  

 彼は周囲の貴族たちに紛れながら、わずかに腰を落とし、袖口に手を滑らせるような仕草を見せる。  

(……武器を隠し持っている?)  

 セラフィナの目が鋭く細められる。  

 男の服装は貴族のそれに違いなかったが、所作が微妙に異なる。長年鍛えられた騎士の動きではないが、一般の貴族が取るには不自然な身のこなし。  

 セラフィナが一歩踏み出そうとしたそのとき——  

「王太子殿下、お気をつけください!」

 近衛騎士の一人が、低く鋭い声で警告を発した。  

 男の動きが一瞬止まる。  

 次の瞬間、男の袖から細身の短剣が滑り出た。狙いは明白、王太子アレクシスの喉元だ。  

 しかし、その刃が王太子に届くことはなかった。  

 キィン!と甲高い金属音が響く。  

 セラフィナの細剣が、素早く突き出された短剣を弾き飛ばしていた。  

「……ッ!」  

 男の顔が驚愕に歪む。その一瞬の隙を逃すことなく、セラフィナは即座に踏み込み、男の腕を強引にねじ上げ、鈍い音と共に、男は床に叩きつけられた。

 近衛騎士たちもすぐさま動いた。広間にいたもう一人の不審者、男の仲間が逃げようとするが、すでに近衛騎士の剣が彼の進路を塞いでいた。  

「何を企んでいた?」  

 低い声で詰問する近衛騎士。だが、男は歯を食いしばり、一言も発しない。  

 セラフィナは、まだ床に倒れたままの男を冷静に見下ろす。  

「……ここで騒ぎを起こすとは、ずいぶんと大胆な真似をするものだ」  

 彼女の目には、冷ややかな光が宿っていた。  

 騒然とする貴族たちをよそに、近衛騎士たちは男たちを拘束し、すみやかに別室へと連行する。  

 広間の空気はまだ緊張を孕んでいたが、アレクシスは微笑を崩さず、周囲の貴族たちに向かって穏やかに言った。  

「ご心配には及びません。このような場では、時折不届き者が現れるものです」  

 優雅に振る舞う彼の言葉に、貴族たちは戸惑いながらも静かに頷く。  

 セラフィナは再び警戒の目を周囲に向けた。  

(……本当に、これで終わりか?)  

 夜会は再び平静を取り戻しつつあったが、彼女の中には、まだ拭いきれない違和感が残っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】オネェ伯爵令息に狙われています

ふじの
恋愛
うまくいかない。 なんでこんなにうまくいかないのだろうか。 セレスティアは考えた。 ルノアール子爵家の第一子である私、御歳21歳。 自分で言うのもなんだけど、金色の柔らかな髪に黒色のつぶらな目。結構可愛いはずなのに、残念ながら行き遅れ。 せっかく婚約にこぎつけそうな恋人を妹に奪われ、幼馴染でオネェ口調のフランにやけ酒と愚痴に付き合わせていたら、目が覚めたのは、なぜか彼の部屋。 しかも彼は昔から私を想い続けていたらしく、あれよあれよという間に…!? うまくいかないはずの人生が、彼と一緒ならもしかして変わるのかもしれない― 【全四話完結】

処理中です...