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11.任務のあと
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夜会の緊張から解放され、詰所に戻ってきたセラフィナとエリシア。しかし、完全に気を緩めることはなかった。
不届き者を捕らえたとはいえ、単独犯とは限らない。背後関係を洗い出す必要があるし、まだ何か仕掛けられている可能性もある。
「殿下の護衛、お疲れさん」
詰所の中へ入ると、ルークが軽く手を上げた。彼はすでに鎧を脱ぎ、ラフな服装に着替えていたが、完全に気を抜いているわけではなさそうだった。
「さっき、詰所の方にも報告が入った。捕まえた奴は今、近衛の連中が調べてるらしいな」
「そうか。情報がまとまるまで、しばらく待つことになりそうだな」
「まあな。どうせ明日には騎士団にも正式な報告が回ってくるだろう」
ルークはそう言いながら、セラフィナの姿をざっと見て、一瞬だけ目を細めた。深紅のドレス、きっちりとまとめられた黒髪、夜会の華やかな雰囲気を纏った彼女は、いつもの戦場に立つ姿とは違って見える。
「似合ってるじゃねぇか」
「……お前が言うとはな」
「言っちゃ悪いか?」
「いや、意外だっただけだ」
セラフィナは気にした様子もなく、詰所の奥へと歩を進める。エリシアもその後に続き、ルークは軽く息を吐いた。
彼の今日の任務は、王宮外周の警備だった。
夜会の護衛は近衛騎士が中心となるが、その周囲の警戒は騎士団の役目だ。ルークの部隊は王宮の外門と周辺を固め、不審な動きをする者がいないか見張っていた。
結果として、明らかに怪しい動きはなかった。
だが、それはあくまで「目に見える範囲」での話だ。
「とはいえ、捕まった奴の背後に誰かいるかもしれねぇ」
ルークはぽつりとつぶやくように言った。
セラフィナは足を止め、ちらりと振り返る。
「これで終わりじゃねぇな」
「そうだな」
短く言葉を交わし、歩を進める。
「侍女は帰らせたんだろ?」
「ああ」
「着替えどうすんだ?手伝ってやろうか?」
「いや、エリシアに…」
「エリシアは帰ったぞ」
「え?」
「手伝ってやろうか?」
「…頼む」
部屋に入ると、セラフィナは鏡の前に立ち、軽く髪をかき上げた。深紅のドレスは夜会に相応しい華やかさを持っていたが、戦うための装いではない。
ドレスの構造は複雑だった。まず、一番下には肌着(シフト)があり、その上からペチコートを重ねている。スカートの膨らみを支えるため、骨組みの入ったクリノリンが仕込まれており、さらにコルセットが胴をしっかりと締めつけていた。
コルセットは背中で編み上げられており、一人で脱ぐのは難しい。
セラフィナが手を伸ばしてみたが、うまく紐を引くことはできなかった。
「……やっぱり無理か」
「ほら、じっとしてろ」
ルークが背後に回る。
彼は手馴れた様子で、ドレスの留め具を外していった。緩まるごとに、セラフィナの体が少しずつ楽になっていく。
「痛くねぇか?」
「……別に」
「そうか」
コルセットの紐を緩めるたびに、締めつけられていた呼吸が戻ってくる。ルークは最後まで丁寧に手を動かし、すべてを解き終えた。
セラフィナは軽く肩を回しながら息をつく。
「……ありがとな」
ルークはそのまま、彼女の肩に視線を落とす。うっすらと赤くなっている部分があった。
「……締めすぎだったんじゃねぇか?」
「こんなもんだろ」
「今回の任務で、怪我は?」
「ない」
「本当か?」
「本当だ」
目を細めてじっと見つめると、彼女はわずかに眉を寄せた。
「……お前が言うと妙にしつこいな」
「そりゃあな。こうして着替え手伝ってるんだ、後で怪我してましたー、なんて言われたら気分が悪い」
「……大丈夫だ」
そう言うと、袖を引いて腕を見せる。
俺は一応確認し、納得すると、軽く息を吐いた。
「ならいい」
それだけ言って、視線を戻す。
……ドレスを脱いだセラフィナは、普段よりもずっと無防備に見えた。
鎧も、剣もない彼女。
戦場では鋭い眼光を放ち、誰よりも剣を振るうセラフィナが、今はただのひとりの女としてそこに立っていた。
細い肩に浮かぶうっすらと赤い痕、解かれた黒髪が滑るように落ち、柔らかな曲線を描く身体の輪郭――。
着替えの続きをするために動く仕草すら、いつもとは違って見えた。
無防備すぎる。
ルークは息を詰め、喉を鳴らした。
背を向けようとしたその瞬間、セラフィナがふと振り向く。
「……お前、まだいたのか」
「……悪い、出るつもりだった」
そう言いながらも、動けなかった。
静かに見つめ合う。
普段ならこんな沈黙はなかったはずだ。軽く茶化して流すか、そもそもここまで長く同じ空間にいることもない。
だが、この夜は違った。
ルークは無意識に手を伸ばしていた。
セラフィナの頬に触れる。冷えた指先が熱を持った肌に触れた瞬間、彼女の肩がわずかに揺れた。
「……ルーク?」
問いかけるような声。
それに答える代わりに、ルークはそっと顔を寄せた。
唇が重なる。
深くも、強くもない。ただ、確かめるように触れただけの口づけ。
けれど、それだけで全身が熱くなるのを感じた。
セラフィナの息がすぐそばで震え、彼女の指先がルークの腕を掴む。
拒まれてはいない。
それを理解した瞬間、理性が決壊した。
腕を回し、彼女の身体を引き寄せる。
再び唇を重ね、今度は深く啄んだ。
セラフィナの唇がわずかに開いた瞬間、舌を差し入れる。
熱を帯びた口内の感触、絡み合う呼吸、控えめに鳴る彼女の声――すべてがルークの理性を曖昧にさせた。
「っ……」
小さな息が漏れる。
ルークはセラフィナを抱きしめたまま、ゆっくりと後ろへ押しやる。
やがて、彼女の背がベッドの縁に触れる。
抗う素振りはない。
それどころか、セラフィナの指がルークの服を掴み、引き寄せた。
「……いいのか?」
掠れた声で問いかける。
セラフィナは短く息をつき、ルークを見上げた。
夜会の光を映した深紅の瞳が、揺れている。
だが、それは拒絶の色ではなかった。
「……お前が、止まらないなら」
その言葉を聞いた瞬間、理性は完全に手放された。
ルークはセラフィナをベッドへ押し倒し、再び唇を塞いだ。
この夜は、まだ終わらない。
不届き者を捕らえたとはいえ、単独犯とは限らない。背後関係を洗い出す必要があるし、まだ何か仕掛けられている可能性もある。
「殿下の護衛、お疲れさん」
詰所の中へ入ると、ルークが軽く手を上げた。彼はすでに鎧を脱ぎ、ラフな服装に着替えていたが、完全に気を抜いているわけではなさそうだった。
「さっき、詰所の方にも報告が入った。捕まえた奴は今、近衛の連中が調べてるらしいな」
「そうか。情報がまとまるまで、しばらく待つことになりそうだな」
「まあな。どうせ明日には騎士団にも正式な報告が回ってくるだろう」
ルークはそう言いながら、セラフィナの姿をざっと見て、一瞬だけ目を細めた。深紅のドレス、きっちりとまとめられた黒髪、夜会の華やかな雰囲気を纏った彼女は、いつもの戦場に立つ姿とは違って見える。
「似合ってるじゃねぇか」
「……お前が言うとはな」
「言っちゃ悪いか?」
「いや、意外だっただけだ」
セラフィナは気にした様子もなく、詰所の奥へと歩を進める。エリシアもその後に続き、ルークは軽く息を吐いた。
彼の今日の任務は、王宮外周の警備だった。
夜会の護衛は近衛騎士が中心となるが、その周囲の警戒は騎士団の役目だ。ルークの部隊は王宮の外門と周辺を固め、不審な動きをする者がいないか見張っていた。
結果として、明らかに怪しい動きはなかった。
だが、それはあくまで「目に見える範囲」での話だ。
「とはいえ、捕まった奴の背後に誰かいるかもしれねぇ」
ルークはぽつりとつぶやくように言った。
セラフィナは足を止め、ちらりと振り返る。
「これで終わりじゃねぇな」
「そうだな」
短く言葉を交わし、歩を進める。
「侍女は帰らせたんだろ?」
「ああ」
「着替えどうすんだ?手伝ってやろうか?」
「いや、エリシアに…」
「エリシアは帰ったぞ」
「え?」
「手伝ってやろうか?」
「…頼む」
部屋に入ると、セラフィナは鏡の前に立ち、軽く髪をかき上げた。深紅のドレスは夜会に相応しい華やかさを持っていたが、戦うための装いではない。
ドレスの構造は複雑だった。まず、一番下には肌着(シフト)があり、その上からペチコートを重ねている。スカートの膨らみを支えるため、骨組みの入ったクリノリンが仕込まれており、さらにコルセットが胴をしっかりと締めつけていた。
コルセットは背中で編み上げられており、一人で脱ぐのは難しい。
セラフィナが手を伸ばしてみたが、うまく紐を引くことはできなかった。
「……やっぱり無理か」
「ほら、じっとしてろ」
ルークが背後に回る。
彼は手馴れた様子で、ドレスの留め具を外していった。緩まるごとに、セラフィナの体が少しずつ楽になっていく。
「痛くねぇか?」
「……別に」
「そうか」
コルセットの紐を緩めるたびに、締めつけられていた呼吸が戻ってくる。ルークは最後まで丁寧に手を動かし、すべてを解き終えた。
セラフィナは軽く肩を回しながら息をつく。
「……ありがとな」
ルークはそのまま、彼女の肩に視線を落とす。うっすらと赤くなっている部分があった。
「……締めすぎだったんじゃねぇか?」
「こんなもんだろ」
「今回の任務で、怪我は?」
「ない」
「本当か?」
「本当だ」
目を細めてじっと見つめると、彼女はわずかに眉を寄せた。
「……お前が言うと妙にしつこいな」
「そりゃあな。こうして着替え手伝ってるんだ、後で怪我してましたー、なんて言われたら気分が悪い」
「……大丈夫だ」
そう言うと、袖を引いて腕を見せる。
俺は一応確認し、納得すると、軽く息を吐いた。
「ならいい」
それだけ言って、視線を戻す。
……ドレスを脱いだセラフィナは、普段よりもずっと無防備に見えた。
鎧も、剣もない彼女。
戦場では鋭い眼光を放ち、誰よりも剣を振るうセラフィナが、今はただのひとりの女としてそこに立っていた。
細い肩に浮かぶうっすらと赤い痕、解かれた黒髪が滑るように落ち、柔らかな曲線を描く身体の輪郭――。
着替えの続きをするために動く仕草すら、いつもとは違って見えた。
無防備すぎる。
ルークは息を詰め、喉を鳴らした。
背を向けようとしたその瞬間、セラフィナがふと振り向く。
「……お前、まだいたのか」
「……悪い、出るつもりだった」
そう言いながらも、動けなかった。
静かに見つめ合う。
普段ならこんな沈黙はなかったはずだ。軽く茶化して流すか、そもそもここまで長く同じ空間にいることもない。
だが、この夜は違った。
ルークは無意識に手を伸ばしていた。
セラフィナの頬に触れる。冷えた指先が熱を持った肌に触れた瞬間、彼女の肩がわずかに揺れた。
「……ルーク?」
問いかけるような声。
それに答える代わりに、ルークはそっと顔を寄せた。
唇が重なる。
深くも、強くもない。ただ、確かめるように触れただけの口づけ。
けれど、それだけで全身が熱くなるのを感じた。
セラフィナの息がすぐそばで震え、彼女の指先がルークの腕を掴む。
拒まれてはいない。
それを理解した瞬間、理性が決壊した。
腕を回し、彼女の身体を引き寄せる。
再び唇を重ね、今度は深く啄んだ。
セラフィナの唇がわずかに開いた瞬間、舌を差し入れる。
熱を帯びた口内の感触、絡み合う呼吸、控えめに鳴る彼女の声――すべてがルークの理性を曖昧にさせた。
「っ……」
小さな息が漏れる。
ルークはセラフィナを抱きしめたまま、ゆっくりと後ろへ押しやる。
やがて、彼女の背がベッドの縁に触れる。
抗う素振りはない。
それどころか、セラフィナの指がルークの服を掴み、引き寄せた。
「……いいのか?」
掠れた声で問いかける。
セラフィナは短く息をつき、ルークを見上げた。
夜会の光を映した深紅の瞳が、揺れている。
だが、それは拒絶の色ではなかった。
「……お前が、止まらないなら」
その言葉を聞いた瞬間、理性は完全に手放された。
ルークはセラフィナをベッドへ押し倒し、再び唇を塞いだ。
この夜は、まだ終わらない。
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