姫騎士様は恋を知らない

Sora

文字の大きさ
16 / 46

14.任務終了

しおりを挟む
「さて……そろそろ来る頃だな」

 アレクシスは軽く微笑む。

「いやはや、やはり側室にするべきだったか」

「……冗談でしょう」

 セラフィナは鋭い視線を向けるが、アレクシスは飄々としたままだった。

「冗談でもないがな。お前ほど頼れる女は、なかなかいない」

「私は騎士です」

「そうだったな」

 アレクシスはどこか楽しげに微笑み、軽く肩をすくめた。 

 そのとき、部屋の扉が静かに開いた。  

 現れたのは、黒衣に身を包んだ数人の男たち。彼らは王族直属の処理部隊――暗殺や諜報、後始末を専門とする精鋭たちだ。  

 先頭の男が無言で一礼すると、部隊の者たちは即座に作業を開始する。遺体の回収、床に散った血痕の処理、痕跡が残らないよう徹底した後始末。彼らの動きには無駄がなく、あっという間に部屋は元の静寂を取り戻していく。  

 セラフィナはその様子を見守りながら、低く問いかけた。  

 「……刺客は単独だったようですね」  

 処理部隊の一人が短く答える。  

 「確認した限りでは。だが、念のため敷地内の監視を強化します」  

 セラフィナは軽く頷き、剣を腰の鞘へ収める。  

 アレクシスは、まるで他人事のように肩をすくめると、静かに言った。  

 「君たちがそうするなら、私は安心して眠れそうだ」  

 処理部隊の隊長が改めて王太子へ深く一礼する。  

 「ご安心ください、殿下。以後の安全は、我々が責任を持って確保いたします」  

 やがて、遺体も血痕も完全に消え去り、処理部隊の者たちは静かに退出していった。まるで最初から存在しなかったかのように。  

 セラフィナは扉が閉まるのを見届け、短く息を吐いた。  

 「……今夜は、もう休まれますか?」  

 アレクシスは彼女を見つめ、ふっと微笑む。  

 「そうだな。だが、その前に」  

 そう言って彼は優雅に立ち上がり、セラフィナの手を軽く取った。  

 「君も少し、落ち着く時間を取ったほうがいい。これだけ気を張っていては、身体が持たない」  

 セラフィナはわずかに目を細めたが、すぐに微かに微笑んだ。  

 「……お気遣い痛み入ります、殿下」  

 彼女の言葉とは裏腹に、その瞳は警戒を完全には解いていない。今夜の刺客が単なる試みなのか、それとも本格的な暗殺計画の一部なのかは、まだわからないのだから。  

 アレクシスはそんな彼女の様子を理解しているのか、何も言わずにただ微笑むだけだった。  

 夜は、まだ深い。  

 そして、彼らの警戒もまた解かれることはなかった。  


 翌朝。  

 夜の喧騒が嘘のように、別荘の周囲は静寂に包まれていた。朝日が窓から差し込み、昨夜の余韻を残したままの室内を照らす。  

 セラフィナはすでに身支度を整え、剣を腰に収めていた。  

 アレクシスもまた、優雅に紅茶を口にしながら、どこか穏やかな表情を浮かべている。  

 「そろそろ戻るか」  

 そう言って彼は立ち上がり、窓の外を見た。王宮へと続く馬車がすでに用意されている。護衛たちも配置を確認し、いつでも出発できる状態だった。  

 セラフィナは短く頷き、扉へと向かう。  

 「王都に戻れば、また忙しくなりますね」  

 「そうだな。君の出番も、まだまだ続くだろう」  

 アレクシスは軽く微笑み、彼女の横を並んで歩く。  

 セラフィナはちらりと彼を見た。昨夜、命を狙われたというのに、彼はまるで何事もなかったかのような落ち着きを見せている。  

 (……この余裕こそが、王族としての資質なのかもしれない)  

 そんなことを思いながらも、彼女自身もまた、昨夜の出来事を引きずることなく淡々と職務をこなすつもりでいた。  

 アレクシスの護衛として、そして騎士として――。  

 二人は変わらぬ足取りで、王都へと帰還していった。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...