姫騎士様は恋を知らない

２２．同期と

　ルークは軽く伸びをしながら、近衛兵の詰所へと足を踏み入れた。
　その動作にさりげない気安さはあるものの、常に内心では状況を読み取ろうとする鋭さが感じられる。部屋の奥、書類に目を通していたセドリック・アシュクロフトが視線を上げた。伯爵家の令息であり、近衛兵の中核として殿下の護衛に従事する才人。冷静沈着で理論を重んじ、周囲からの信頼と敬意を集める一方で、その厳格な性格が人々との距離を生んでいた。

「珍しいな、お前がここに来るなんて」
　セドリックの声は冷静そのもので、抑揚が少ない。しかし、その奥には少なからず警戒心が覗いていた。  

「たまにはな。お前とも情報交換しないと」
　ルークは軽く口角を上げ、彼独特の気軽さを漂わせる。その一方で、詰所の整然とした空気にわずかな居心地の悪さを感じていた。卓上には幾重にも並べられた書類が置かれ、いかにもセドリックらしい几帳面な性格を物語っている。

「殿下暗殺の件、何か新しい情報は？」
　ルークは直接的に本題へと切り込んだ。彼にとって、時間を無駄にすることは意味がない。セドリックは一瞬目を細め、手元の資料を一枚引き寄せる。

「少しな。暗殺者の動きについて、不審な点がいくつか浮かび上がっている」
　その口調はあくまで冷静でありながら、その内容には重大な意味が込められていた。

　報告書に記されていたのは、貴族の一部が不審な資金の流れを持っていること、さらに一部の傭兵との接触が確認されているという情報だった。セドリックの指し示す文字を追いながら、ルークは鋭い目つきで内容を確認した。

「なるほどな。つまり、まだ表に出ていない黒幕がいる可能性が高いってことか」
　ルークは軽く肩をすくめながらも、声のトーンに鋭さを滲ませた。状況が進行中であるという事実が、彼の中で緊張感を高めていた。

　セドリックはそれを受けて、わずかに口角を動かした。「お前にしては察しがいい」その皮肉めいた返答にも、ルークは意に介さず微笑を浮かべた。

　二人の間には、同期ゆえの複雑な感情が流れていた。同じ訓練を受けた過去があるがゆえに、互いの能力を認めつつも、性格や価値観の違いから生まれるすれ違いは埋まらない。特にルークは、セドリックの厳格さを「堅苦しい」と評し、セドリックはルークの軽快な振る舞いを「軽率」と見ることが多かった。

「俺たちもそろそろ行動に移る準備をしないとまずい。お前とこうやって腹を割って話せる機会も少ないしな」
　ルークは真剣な口調で言いながら、まっすぐにセドリックを見据えた。

　セドリックはしばらく黙ったまま、資料に視線を落として考え込む。そして、慎重に言葉を選びながら頷いた。「そうだな。今のところ表立った動きはないが、暗殺計画は進行中だ。この機を逃さず慎重に動く必要がある。」その言葉は冷静そのものであったが、内には鋭い覚悟が滲んでいた。

　セラフィナの姿はこの場にはないが、彼女の存在もまた二人の関係に影響を与えていた。セドリックは、彼女の自由を求める奔放さを「甘さ」として捉え、彼自身の価値観にそぐわないものとして距離を置く。一方で、ルークにとってセラフィナは特別な存在であり、その思いが彼を動かす原動力となっている。そんな二人の対比が、この一件を通してどう変化していくのか。それはまだ誰にもわからない未来の話だった。

「それから、殿下がセラフィナを側室として迎え入れるお考えを示されたことがあるようだ」
「ん！？聞いてないぞ」
「まあそうだろう」