姫騎士様は恋を知らない

Sora

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23.昔話

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「セラフィナをねぇ~」

 家柄・実力・人望を兼ね備えた彼女が、殿下の側室候補に挙がるのは当然とも言える。
 セドリックの冷静な語り口に、ルークは驚きと少しの動揺を感じた。その目の奥には、一瞬の困惑が浮かんだが、すぐにそれを隠して軽く肩をすくめた。

「なんだ、お前、あの女に対して思うところがあるのか」
「いや?側室にしては好戦的過ぎてもったいないなと」

 ルークは冗談めかして笑うが、その笑みの奥にはどこか引っかかるものがあった。セドリックはその曖昧な態度が気に入らなかった。

「……まあ、確かに戦場で生きる方が似合っているかもしれんな」

 セドリックがそう言うと、ルークはふっと息をつく。

「お前もそう思うか」

 そして、二人の脳裏には自然と浮かび上がる。
 あの戦場のような演習で、敵を圧倒していた彼女の姿が――。

 …………………………………………………………………

 王立騎士学院では、実戦を想定した戦技演習が定期的に行われる。  
 この学院を卒業すれば、近衛騎士や王国軍の将校、あるいは貴族の私兵を率いる立場になる者も多い。ゆえに、戦場で通用する実力をつけることは必須だった。  

 演習の形式はさまざまだが、今回は「制圧戦」である。  
 広い演習場に設営された簡易の陣地を、少人数のチームが防衛し、それを突破する側が制圧を試みる。  
 防衛側は制限時間まで陣地を守り切れば勝ち、攻撃側は敵を無力化するか、中心の旗を奪えば勝ちとなる。  

 「……どう考えても、バランスが悪いな」  

 セドリック・アシュクロフトは、演習場を見下ろしながら低く呟いた。  
 防衛側は五人、攻撃側は八人。しかし、問題は数ではない。  

 防衛側に、セラフィナ・ド・ラ・モントフォールがいる。  

 それだけで、この戦いの結末はほぼ決まったも同然だった。  

 開始の合図が響くと、攻撃側の数名が慎重に間合いを詰め始めた。  
 しかし、陣地に踏み込むより早く、最前線の一人が吹き飛ぶ。  

 「っ……!?」  

 正確には、打ちのめされたのだ。  
 セラフィナが踏み込むと同時に繰り出した打撃が、敵の体勢を完全に崩し、地面に叩き伏せる。  

 「無駄に間合いを取るな、突っ込め!」  
 攻撃側の指揮を執る上級生が指示を飛ばすが、次の瞬間には彼自身が吹き飛ばされた。  

 圧倒的だ。  

 剣の扱いは当然として、間合いの取り方、反撃のタイミング、相手の動きを読む勘、すべてが異次元だった。  
 セラフィナが前に出るだけで、敵の陣形が崩れる。攻めるはずの側がむしろ守勢に回っているのだから話にならない。  

 その戦いぶりを、セドリックの隣でルーク・ウェストフィールドがじっと見つめていた。  

 「…さすがに手加減しろよって言いたくなるな」  

 軽く笑うが、その口調には呆れと、ほんの少しの誇らしさが混じっている。  

 セドリックは横目でルークを見た。  
 ルークも学院の中では屈指の実力者だが、セラフィナには一歩及ばない。  
 実際、模擬戦では何度も挑んでいるが、一度として勝ったことはないはずだ。  

 「それで、お前はどうする」  
 セドリックが問うと、ルークは少し肩をすくめた。  

 「どうするって、俺が敵だったら、セラフィナが消耗するのを待つしかないな」  
 「だが、疲れる様子もない」  
 「まあな」  

 その言葉通り、セラフィナはほぼ単独で敵を制圧しつつあった。  
 最初は八対五だったはずが、いまや生き残っているのは三対五。しかも防衛側は誰も倒れていない。  

 やがて、最後の一人が膝をつき、制圧戦は防衛側の勝利で幕を閉じた。  


 …………………………………………………………………

「そのあとの俺らのチームもボコボコにされたな」
「……あれを実力差と言うのは癪だな」
 セドリックはため息をつき、軽く舌打ちしてから言葉を続けた。

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