姫騎士様は恋を知らない

２４．師弟

　ヴィクトルとセラフィナは、時間が合えば一緒に稽古をすることがあった。ヴィクトルにとっては剣の腕を磨きながらセラフィナを指導する場であり、セラフィナにとっては師との稽古が最も成長できる貴重な機会だった。

　しかし、ヴィクトルは騎士団の上官として多忙で、セラフィナも護衛任務に追われる日々。二人とも訓練の時間を容易に確保できるわけではない。それでも予定が合う時には、積極的に稽古の時間を設けていた。

　この日も、ヴィクトルの仕事に一息つける時間ができたことで、久々に稽古が行われることとなった。
　静まり返った広間に、木刀がぶつかる音が鋭く響き渡った。室内は石造りの壁に囲まれ、天井近くには灯火が揺らめき、稽古場全体に淡い光を投げかけている。空気は冷たく、訓練の熱気が対照的に感じられる。

　ヴィクトルの木刀は寸分の隙もなく振り下ろされ、その動きには熟練の技術と力強さが宿っていた。セラフィナは身軽な足取りで攻撃を回避しつつ、鋭い反撃で応じた。彼女の動作は無駄がなく、床に刻まれる靴音がその俊敏さを物語っている。

　木刀が交錯するたび、響き渡る音と振動が緊張感を部屋全体に広げる。ヴィクトルは攻撃のリズムを変え、予測しづらい軌道を繰り出す。しかし、セラフィナはその変化を見極め、構えを崩すことなく応戦し続けた。稽古場の壁に響く音が、二人の集中力をさらに研ぎ澄ませる。

　長時間の稽古の末、ヴィクトルが木刀を下げる。稽古場には静寂が戻り、灯火の光がゆらめく中、セラフィナも木刀を納め、深呼吸をして汗を拭った。その顔には充実感が滲み、室内の冷たい空気が彼女の熱気を包み込む。

　ヴィクトルは木刀を片付けながら、ちらりとセラフィナに視線を向けた。  

「……随分と余裕が出てきたな」  

　セラフィナはまだ息を整えながら、微かに口元を緩める。  

「師匠相手に必死にならずに済むようになったのなら、少しは成長した証でしょうか」  

「ふん、そう思うなら、次はもう少し攻めてみろ」  

　ヴィクトルが短く笑うと、セラフィナも肩をすくめた。こうして言葉を交わしながらの稽古も、彼女にとっては貴重な時間だった。  

　しばらくの沈黙の後、ヴィクトルはふと口を開いた。  

「そういえば、お前とルークの話を耳にしたぞ」  

　セラフィナが眉を寄せる。  

「…何の話です？」  

「いや、どうやら二人が随分と親しいらしい、とかなんとか」  

　セラフィナは、はぁ、と呆れたようにため息をついた。  

「ルークはいい友人ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」

　自分でも自然に言えたと思う。だが、ヴィクトルがその言葉をどう受け取ったのかはわからなかった。

「…そうか」

　ヴィクトルは短く返す。その声音はどこか探るようでもあり、あるいは何かを見透かしているようでもあった。

　セラフィナは軽く息をつきながら、木刀を丁寧に拭い、棚に戻す。

「いずれ私は実家が決めた相手と結婚することになります。そんな噂話に意味はありませんよ」

　当たり前のことを言うように、努めて平静に告げる。

　ヴィクトルはセラフィナの言葉を聞きながらも、特に反論することはなかった。ただ、わずかに目を細めた。