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29.戦闘のあと①
しおりを挟む通路を引き返したセラフィナが広場に戻ったとき、すでに戦闘は終息していた。
黒衣の襲撃者たちは全員拘束され、地面に座り込んでいる。兵たちは負傷者の搬送と現場整理に追われ、鉄と血の匂いがまだ空気に濃く残っていた。
戦場の中央では、アラン・ヴァルドが短く命令を飛ばしている。周囲に目を配りながら、次々と部下を動かしていた。セラフィナの姿を認めた彼は、手元の指示を一段落させてから、静かに近づいてくる。
「戻ったか。王太子の安全は?」
「問題ありません。無事に近衛詰所へお送りしました。現在、警備再編中です」
アランは深くうなずいた。
「そうか。こちらも一通り片付いてきた。……だが、少し妙なものが見つかってな」
そう言って、アランは懐から布に包まれた文書を取り出した。
「指揮官格の襲撃者が隠し持っていた文書だ。小型で、すぐに見つからないよう上着の裏地に縫い込まれていた。見たところ、暗号が使われている」
セラフィナは布越しにその形状を見て、すぐに一目置くべき性質のものと判断する。
「明確な命令書か、計画の断片でしょうか……これほどの規模の襲撃、偶然ではあり得ません」
「ああ。内容の精査は解読班に回す。正式な報告書にも添付する予定だ」
アランは布を包み直すと、すぐ近くに控えていた兵に渡した。
「これをそのまま本部へ。扱いには注意しろ」
「はっ!」
兵が駆け足でその場を離れていくのを確認すると、アランは視線を再び現場へと戻した。
「襲撃者の身元は不明なままだ。だが、あの文書が出てきた以上、背後に組織的な動きがあるのは間違いない。しばらくは警戒態勢を緩められん」
「潜伏していた者がいないか、警備網の再確認が必要ですね」
「すでに手配をかけた。王宮内の見回りも倍にしている」
現場の端では、拘束された襲撃者たちが次々と王宮の牢へ向けて運ばれていく。負傷者も順に搬送され、広場には次第に静けさが戻り始めていた。
「ルークは?」
「救護室に運ばれた。矢傷を負っていたが、意識はあったと聞いている」
セラフィナは一度だけ静かに息をついた。その顔に浮かぶのは、安堵ではなく緊張を解かない淡い静けさだった。
「……分かりました。では、拘束者の記録確認に回ります。身元を特定できるものがあれば、できるだけ早く把握しておきたい」
「ああ、頼む。俺は報告書の初稿に取りかかる」
二人はそれぞれの役目に戻るように、何も言わずに背を向けた。
冷たい風が血の匂いを薄めていく中、王宮の広場はようやく、戦いの余熱を静かに手放し始めていた。
…………………………………………………………………
セラフィナは広場の端に設けられた臨時の拘束区域へと向かった。兵たちが警戒を続ける中、襲撃者たちはそれぞれ間隔を取って座らされ、両手には頑丈な拘束具がはめられている。
彼女は一人ひとりの顔を確認するように視線を走らせながら、脇に控える記録係の兵士に声をかけた。
「拘束時、身元が分かるものを所持していた者は?」
「ほとんどが無記名の装備と黒衣のみです。ですが、指揮官格の男のほかに、二名だけ特徴的な刺青と印章の入った指輪を所持していた者がいます。こちらに」
兵士に導かれ、セラフィナは刺青の男の前に立つ。右の手首から肘にかけて、見覚えのない紋様が刻まれていた。
「……これは、見たことがないな」
「はい。我々の記録にも該当なしです。ですが、精査中の資料の中に似た形の文様があるとの報告が来ています」
「別件の潜入記録と照合を。刺青を隠す意図があったのかどうかも確認しておいてください」
「了解です」
続いて、印章の指輪を持っていた者の前に立つ。中年の男で、右手の指からはすでにその指輪は外されており、目の前の箱に収められていた。セラフィナは手袋を外してその印章に目を凝らす。
「これは……家紋か?」
「似ていますが、王都で確認されている貴族の家紋とは一致しません。偽装の可能性も」
「あるいは地方の旧家、あるいは没落貴族……解読文書と照らし合わせる必要があるかもしれませんね」
指輪を慎重に箱へ戻しながら、セラフィナは小さく息をついた。
彼女の視線は、拘束者たちの列をゆっくりと横断する。無言を貫く者、虚ろな目をしている者、明らかな憎悪を宿した視線を投げかけてくる者。だが、そのどれもが詳細な背後関係を語ってはくれない。
(この沈黙もまた、訓練された証拠か……)
セラフィナは記録係に向き直る。
「この中に、尋問に先んじて医療対応が必要な者は?」
「重傷者が一名、すでに搬送済みです。他は拘束中に暴れた者が二名、軽傷ですが問題はありません」
「了解。重傷者の記録も確認に加えて。あとは尋問班の到着を待ちましょう」
「はい。報告をまとめて提出します」
任を終え、記録係が離れていくのを見送ったあと、セラフィナは再び拘束者たちに視線を走らせた。冷えた空気の中で、どこか張り詰めた気配だけがそこに残っている。
ふと、遠くで聞こえた鐘の音が、ようやく戦場が日常に戻り始めたことを告げていた。
それでも、胸の奥に残る感覚は、剣戟の音と血の匂いの余韻を引きずっている。
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