姫騎士様は恋を知らない

Sora

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35.地下に潜む影②

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 王都の裏通り。  
 陽が沈み、通りが闇に沈む頃、薄汚れた倉庫街に控えめな足音が響いた。

「……ここですね。監視対象の集会場所。今夜も動きがあるようです」

 屋根の影から様子を窺うのは、セラフィナ率いる小規模の調査班。  
 エリシアの目が鋭く倉庫の入り口を捉え、わずかな物音にも敏感に反応する。

「連中、こっちに気づいてる様子は?」

「ありません。監視対象が中に入っていったのを確認しましたが……あとは潜入役が戻ってくるのを待つだけです」

「……なら、焦る必要はない。騒ぎを起こしたら元も子もないからな」

 セラフィナの声は冷静だったが、その瞳にはわずかな疲労の色が見え隠れする。  
 昼は貴族の動向調査、夜はこうした現地潜入の支援。まともに眠ってはいない。

(……ルークなら、この間合いをもっと早く読んだだろうな)

 療養中の彼の顔が、不意に脳裏をよぎる。  
 彼がいないこの任務に、物足りなさを覚えるのは職務のためか、それとも。

 そのとき、連絡役の兵士が駆け戻ってきた。

「セラフィナ様、内部の証拠品の確保に成功しました。幹部のひとりも顔を見せていたようです。詳しい報告は、戻ってから……!」

「よし、すぐに引き上げる。痕跡を残すな。全員、撤退準備!」

 セラフィナの指示に従い、調査班が静かに影へと消えていく。  
 任務は順調に進んでいた。だが、それはただの入口にすぎなかった。

 ――

 翌日、近衛騎士団の資料室。  
 壁に広げられた地図と人脈図、その上に並ぶ数枚の報告書。  
 集めた証拠と目撃情報を突き合わせ、セラフィナたちは静かに見え始めた“輪郭”に向き合っていた。

「……やはり、おかしいですね。この資金の流れ、名義を追っていくと、最後は必ず“何者でもない誰か”に行き着く」

 エリシアが指先で線をなぞりながら、沈んだ声で言う。

「裏にいるのは、現存するどの名家でもない……だが、手際は貴族のそれだ。間違いない、これは王政改革前の影だ」

 セラフィナの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。

 旧王政派──かつて王政を牛耳り、改革によって権力を失った者たち。  
 粛清されたはずの彼らが、いまだ資産と人脈を地下に温存し、この王都で暗躍していた。

 そして今、狙うのは「現王太子の排除」と「自らの影響下にある後継者の擁立」。

「この動き……内部に協力者がいると考えた方が自然ですね」

「王都の上層に、何者かが繋がっている。放っておけば、いずれ必ず表に出てくる」

 エリシアとセラフィナの視線が交差する。  
 言葉にしなくても、わかっている。今のままでは終わらない。

 この敵は深い。そして、すでに根を張っている。

 静かな緊張の中、誰もが次の一手を考えていた。  
 いよいよ、ヴィクトルへの報告の時が近づいていた。

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