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36.地下に潜む影③
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王都の裏通り。
陽が沈み、通りが闇に沈む頃、薄汚れた倉庫街に控えめな足音が響いた。
「……ここですね。監視対象の集会場所、今夜も動きがあるようです」
屋根の影から様子を窺うのは、セラフィナ率いる小規模の調査班。
エリシアの目が鋭く倉庫の入り口を捉え、わずかな物音にも敏感に反応する。
「連中、こっちに気づいてる様子は?」
「ありません。監視対象が中に入っていったのを確認しましたが……あとは潜入役が戻ってくるのを待つだけです」
「……なら、焦る必要はない。騒ぎを起こしたら元も子もないからな」
セラフィナの声は冷静だったが、その瞳にはわずかな疲労の色が見え隠れする。
昼は貴族の動向調査、夜はこうした現地潜入の支援。まともに眠ってはいない。
(……ルークなら、この間合いをもっと早く読んだだろうな)
療養中の彼の顔が、不意に脳裏をよぎる。
彼がいないこの任務に、物足りなさを覚えるのは職務のためか、それとも。
そのとき、連絡役の兵士が駆け戻ってきた。
「セラフィナ様、内部の証拠品の確保に成功しました。幹部のひとりも顔を見せていたようです。詳しい報告は、戻ってから……!」
「よし、すぐに引き上げる。痕跡を残すな。全員、撤退準備!」
セラフィナの指示に従い、調査班が静かに影へと消えていく。
任務は順調に進んでいた。だが、それはただの入口にすぎなかった。
――
翌日、近衛騎士団の資料室。
壁に広げられた地図と人脈図、その上に並ぶ数枚の報告書。
集めた証拠と目撃情報を突き合わせ、セラフィナたちは静かに見え始めた“輪郭”に向き合っていた。
「……やはり、おかしいですね。この資金の流れ、名義を追っていくと、最後は必ず“何者でもない誰か”に行き着く」
エリシアが指先で線をなぞりながら、沈んだ声で言う。
「裏にいるのは、現存するどの名家でもない……だが、手際は貴族のそれだ。間違いない、これは王政改革前の影だ」
セラフィナの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
旧王政派──かつて王政を牛耳り、改革によって権力を失った者たち。
粛清されたはずの彼らが、いまだ資産と人脈を地下に温存し、この王都で暗躍していた。
そして今、狙うのは「現王太子の排除」と「自らの影響下にある後継者の擁立」。
「この動き……内部に協力者がいると考えた方が自然ですね」
「王都の上層に、何者かが繋がっている。放っておけば、いずれ必ず表に出てくる」
エリシアとセラフィナの視線が交差する。
言葉にしなくても、わかっている。今のままでは終わらない。
この敵は深い。そして、すでに根を張っている。
静かな緊張の中、誰もが次の一手を考えていた。
いよいよ、ヴィクトルへの報告の時が近づいていた。
---
翌朝、陽がまだ高く昇りきる前。
近衛騎士団本部の執務室に、セラフィナの足音が静かに響く。
扉をノックし、控えめに開けると、机に向かうヴィクトルの姿があった。
「失礼いたします。セラフィナ・ド・ラ・モントフォール、調査任務の報告に参りました」
視線を上げたヴィクトルは、わずかに頷く。
「入れ。……夜通しだったんだろう? 無理はしてないか」
「任務ですので」
セラフィナの声は相変わらず落ち着いていたが、彼の前に立つと自然と背筋が伸びた。
「地下組織と思われる動き、昨夜も接触に成功しました。内部潜入班が証拠品を複数確保。集会には幹部らしき者も顔を見せていたとの報告です」
ヴィクトルは無言で手を差し出す。セラフィナが報告書を渡すと、彼はそれに目を通しながら淡々と言った。
「……この“資金の流れ”と“名義の使い方”。表に出ていない貴族の手口だな」
「はい。表面上は庶民の商会を装っていますが、記録の継ぎ目に不自然な空白があります。裏を返せば──名を持たない“旧家”が動いている可能性が高いと見ています」
ページをめくる手が止まる。
「……王政改革以前の“残り火”か。あるいは、その灰に潜んだ火種か」
ヴィクトルの声には抑えた苛立ちのようなものが混ざっていた。だが、それを顔に出すことはない。
セラフィナは、彼の沈黙の意味を探るように少しだけ口を閉ざし、それから言葉を選んで続けた。
「彼らの狙いは、王太子殿下の排除と、自らの影響下にある後継者の擁立と見られます」
「……」
「内部に協力者がいる可能性も視野に入れています。王都の上層と繋がっていなければ、ここまで静かに資金と人脈を集めるのは不可能です」
沈黙。
セラフィナはそこで言葉を切った。
ヴィクトルが何を思っているのか、すぐには読み取れない。だが、たしかに何かを考えている。
ようやくヴィクトルが口を開いた。
「……この件は、王太子殿下に報告される前に、我々の手で裏を取りきる必要がある。中途半端に知らせれば、かえって殿下の立場を危うくする」
「承知しました」
「継続調査を命じる。お前の判断に任せるが、動くなら、確実に潰せ」
その言葉には、信頼とともに、静かな覚悟の重みがあった。
「はっ」
セラフィナは敬礼し、部屋を辞す。
扉を閉じたあとの静けさに、どこか背筋が伸びる感覚が残る。
廊下を歩きながら、彼女は小さく息を吐いた。
まだ気を抜くには早い。けれど、ほんの一瞬だけ、肩の力を緩める。
陽が沈み、通りが闇に沈む頃、薄汚れた倉庫街に控えめな足音が響いた。
「……ここですね。監視対象の集会場所、今夜も動きがあるようです」
屋根の影から様子を窺うのは、セラフィナ率いる小規模の調査班。
エリシアの目が鋭く倉庫の入り口を捉え、わずかな物音にも敏感に反応する。
「連中、こっちに気づいてる様子は?」
「ありません。監視対象が中に入っていったのを確認しましたが……あとは潜入役が戻ってくるのを待つだけです」
「……なら、焦る必要はない。騒ぎを起こしたら元も子もないからな」
セラフィナの声は冷静だったが、その瞳にはわずかな疲労の色が見え隠れする。
昼は貴族の動向調査、夜はこうした現地潜入の支援。まともに眠ってはいない。
(……ルークなら、この間合いをもっと早く読んだだろうな)
療養中の彼の顔が、不意に脳裏をよぎる。
彼がいないこの任務に、物足りなさを覚えるのは職務のためか、それとも。
そのとき、連絡役の兵士が駆け戻ってきた。
「セラフィナ様、内部の証拠品の確保に成功しました。幹部のひとりも顔を見せていたようです。詳しい報告は、戻ってから……!」
「よし、すぐに引き上げる。痕跡を残すな。全員、撤退準備!」
セラフィナの指示に従い、調査班が静かに影へと消えていく。
任務は順調に進んでいた。だが、それはただの入口にすぎなかった。
――
翌日、近衛騎士団の資料室。
壁に広げられた地図と人脈図、その上に並ぶ数枚の報告書。
集めた証拠と目撃情報を突き合わせ、セラフィナたちは静かに見え始めた“輪郭”に向き合っていた。
「……やはり、おかしいですね。この資金の流れ、名義を追っていくと、最後は必ず“何者でもない誰か”に行き着く」
エリシアが指先で線をなぞりながら、沈んだ声で言う。
「裏にいるのは、現存するどの名家でもない……だが、手際は貴族のそれだ。間違いない、これは王政改革前の影だ」
セラフィナの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。
旧王政派──かつて王政を牛耳り、改革によって権力を失った者たち。
粛清されたはずの彼らが、いまだ資産と人脈を地下に温存し、この王都で暗躍していた。
そして今、狙うのは「現王太子の排除」と「自らの影響下にある後継者の擁立」。
「この動き……内部に協力者がいると考えた方が自然ですね」
「王都の上層に、何者かが繋がっている。放っておけば、いずれ必ず表に出てくる」
エリシアとセラフィナの視線が交差する。
言葉にしなくても、わかっている。今のままでは終わらない。
この敵は深い。そして、すでに根を張っている。
静かな緊張の中、誰もが次の一手を考えていた。
いよいよ、ヴィクトルへの報告の時が近づいていた。
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翌朝、陽がまだ高く昇りきる前。
近衛騎士団本部の執務室に、セラフィナの足音が静かに響く。
扉をノックし、控えめに開けると、机に向かうヴィクトルの姿があった。
「失礼いたします。セラフィナ・ド・ラ・モントフォール、調査任務の報告に参りました」
視線を上げたヴィクトルは、わずかに頷く。
「入れ。……夜通しだったんだろう? 無理はしてないか」
「任務ですので」
セラフィナの声は相変わらず落ち着いていたが、彼の前に立つと自然と背筋が伸びた。
「地下組織と思われる動き、昨夜も接触に成功しました。内部潜入班が証拠品を複数確保。集会には幹部らしき者も顔を見せていたとの報告です」
ヴィクトルは無言で手を差し出す。セラフィナが報告書を渡すと、彼はそれに目を通しながら淡々と言った。
「……この“資金の流れ”と“名義の使い方”。表に出ていない貴族の手口だな」
「はい。表面上は庶民の商会を装っていますが、記録の継ぎ目に不自然な空白があります。裏を返せば──名を持たない“旧家”が動いている可能性が高いと見ています」
ページをめくる手が止まる。
「……王政改革以前の“残り火”か。あるいは、その灰に潜んだ火種か」
ヴィクトルの声には抑えた苛立ちのようなものが混ざっていた。だが、それを顔に出すことはない。
セラフィナは、彼の沈黙の意味を探るように少しだけ口を閉ざし、それから言葉を選んで続けた。
「彼らの狙いは、王太子殿下の排除と、自らの影響下にある後継者の擁立と見られます」
「……」
「内部に協力者がいる可能性も視野に入れています。王都の上層と繋がっていなければ、ここまで静かに資金と人脈を集めるのは不可能です」
沈黙。
セラフィナはそこで言葉を切った。
ヴィクトルが何を思っているのか、すぐには読み取れない。だが、たしかに何かを考えている。
ようやくヴィクトルが口を開いた。
「……この件は、王太子殿下に報告される前に、我々の手で裏を取りきる必要がある。中途半端に知らせれば、かえって殿下の立場を危うくする」
「承知しました」
「継続調査を命じる。お前の判断に任せるが、動くなら、確実に潰せ」
その言葉には、信頼とともに、静かな覚悟の重みがあった。
「はっ」
セラフィナは敬礼し、部屋を辞す。
扉を閉じたあとの静けさに、どこか背筋が伸びる感覚が残る。
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