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38.火種は落とされた
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王城の外苑に整えられた庭園で、貴族たちの茶会が開かれていた。
表向きは侯爵家の若き当主候補・エドゥアールの社交界デビューを祝うもの。
だが、真の目的は別にある。王政改革派と保守派の緊張関係。その火種が再び燃え上がる前に、空気を測る。そんな“探り合い”の場だ。
セラフィナはアレクシス王太子の護衛という建前でその場に随行していた。
それは任務であり、警戒でもある。
思い出すのは、つい先日の会談。
貴族たちが集う華やかな場の陰に、正体不明の“組織”が潜んでいた。
王政を揺るがす動きは、まだ地中に根を張ったまま息を潜めている。
表では微笑み、裏では刃を磨く者たちが確かにいる。
そして今回は、王太子の“対抗馬”を仕立てようとする動き。そうした企てが本当にないと言い切れるだろうか。
セラフィナは立ち位置を変え、庭園の端から会場を見渡す。
陽の下で微笑む人々の中に、彼女は確かに“その気配”を感じ取っていた。
貴族たちの華やかな笑い声が、庭園に咲く花々の間を抜けてゆく。
金糸をあしらった正装の青年たちが、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちと談笑する中、アレクシス王太子の姿もまた、その輪のひとつにあった。
「侯爵家の若君か……エドゥアール、と言ったな」
セラフィナは、距離をとった木陰からその光景を静かに見守っていた。
青年は均整の取れた体格に加え、控えめながらも芯の通った口調で、殿下と気さくに言葉を交わしている。なるほど、第一印象は悪くない。だが。
(あの男の背後の従者……三度目だ。さっきから他の使用人に目配せしてる)
セラフィナの視線が、一人の中年従者に定まる。彼の目線の先には、反対側の木立ちで待機する別の召使い。手には小さな封筒が握られていた。
(手紙……あれが鍵だな)
侯爵家の青年が軽く笑い、グラスを傾けた瞬間、従者の足が動いた。
すっと視線を外したセラフィナは、静かに庭園の周囲を回り込む。
---
茶会が終わり、夜が落ちかけた頃。
庭園に隣接する使用人用の通用口。人の気配を感じさせぬその場所で、小さな影が二つ、手紙をやり取りしようとしていた。
だが──
「それ以上動くな」
影から現れたのは、近衛の制服に身を包んだセラフィナ。剣は抜いていないが、足音もなく現れたその気配に、従者たちは凍りついた。
「その手紙を渡せ。……王太子殿下に関わるものなら、私の管轄だ」
抵抗する暇もなかった。従者は即座に拘束され、書簡はセラフィナの手の中へ。
封を切る。中身は……まさにそれだった。
(“次代の象徴として、殿下に並ぶ器を育て上げるべきだ”?)
この青年を次の“王”に据えるための、組織内のやりとり。しかも、王家内の分裂を誘うような表現まである。
セラフィナは目を細め、紙を折りたたんだ。
---
その夜、報告のため本部へ戻ったセラフィナは、応接室でヴィクトルとアランを前に立っていた。
机の上には、押収された文書の写し。
アランがそれを拾い上げ、肩を竦める。
「なるほど。見た目は真っ直ぐな貴族坊ちゃんでも、周りはだいぶ黒いってわけか。……やるじゃねえか、セラフィナ」
セラフィナは静かに頷いた。目の前のヴィクトルは、紙に目を通しながらも表情を変えない。
「一手打ったに過ぎん」
低い声が室内に落ちた。
「だが、その先を見据えるなら、これだけでは足りない。奴らは別の手段を取る」
「…わかっています」
セラフィナは目を伏せる。だが、その声に揺れはなかった。
「次に動く時は、もっと露骨に出てくるはず。……その時、殿下の周囲に綻びがあれば、必ずそこを突いてくる」
ヴィクトルが机上の文書に手をかけながら、低く呟く。
「すでに警備隊長と情報班には伝達済みだ。明日以降、王宮周辺の配置を再編する。……動きがあるとすれば、次は“中”だ」
それは、すなわち――城内。近衛の本拠地。敵がそこへ手を伸ばす覚悟があるという意味だ。
「……了解しました。全隊員に注意を徹底させます」
セラフィナは姿勢を正し、短く返した。
ヴィクトルはそれに頷くと、ゆっくりと椅子を立つ。
「今後は、全近衛の陣をもって対処に当たる。王太子殿下の護衛は、もはや一部の任務では済まない」
その言葉に、応接室の空気が引き締まる。
「防ぐだけでは、意味がない」
ヴィクトルの視線が、セラフィナをまっすぐに捉えた。
「次は、“こちらから”仕掛けるぞ」
静かに、だが明確に。作戦の始まりを告げる声だった。
表向きは侯爵家の若き当主候補・エドゥアールの社交界デビューを祝うもの。
だが、真の目的は別にある。王政改革派と保守派の緊張関係。その火種が再び燃え上がる前に、空気を測る。そんな“探り合い”の場だ。
セラフィナはアレクシス王太子の護衛という建前でその場に随行していた。
それは任務であり、警戒でもある。
思い出すのは、つい先日の会談。
貴族たちが集う華やかな場の陰に、正体不明の“組織”が潜んでいた。
王政を揺るがす動きは、まだ地中に根を張ったまま息を潜めている。
表では微笑み、裏では刃を磨く者たちが確かにいる。
そして今回は、王太子の“対抗馬”を仕立てようとする動き。そうした企てが本当にないと言い切れるだろうか。
セラフィナは立ち位置を変え、庭園の端から会場を見渡す。
陽の下で微笑む人々の中に、彼女は確かに“その気配”を感じ取っていた。
貴族たちの華やかな笑い声が、庭園に咲く花々の間を抜けてゆく。
金糸をあしらった正装の青年たちが、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちと談笑する中、アレクシス王太子の姿もまた、その輪のひとつにあった。
「侯爵家の若君か……エドゥアール、と言ったな」
セラフィナは、距離をとった木陰からその光景を静かに見守っていた。
青年は均整の取れた体格に加え、控えめながらも芯の通った口調で、殿下と気さくに言葉を交わしている。なるほど、第一印象は悪くない。だが。
(あの男の背後の従者……三度目だ。さっきから他の使用人に目配せしてる)
セラフィナの視線が、一人の中年従者に定まる。彼の目線の先には、反対側の木立ちで待機する別の召使い。手には小さな封筒が握られていた。
(手紙……あれが鍵だな)
侯爵家の青年が軽く笑い、グラスを傾けた瞬間、従者の足が動いた。
すっと視線を外したセラフィナは、静かに庭園の周囲を回り込む。
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茶会が終わり、夜が落ちかけた頃。
庭園に隣接する使用人用の通用口。人の気配を感じさせぬその場所で、小さな影が二つ、手紙をやり取りしようとしていた。
だが──
「それ以上動くな」
影から現れたのは、近衛の制服に身を包んだセラフィナ。剣は抜いていないが、足音もなく現れたその気配に、従者たちは凍りついた。
「その手紙を渡せ。……王太子殿下に関わるものなら、私の管轄だ」
抵抗する暇もなかった。従者は即座に拘束され、書簡はセラフィナの手の中へ。
封を切る。中身は……まさにそれだった。
(“次代の象徴として、殿下に並ぶ器を育て上げるべきだ”?)
この青年を次の“王”に据えるための、組織内のやりとり。しかも、王家内の分裂を誘うような表現まである。
セラフィナは目を細め、紙を折りたたんだ。
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その夜、報告のため本部へ戻ったセラフィナは、応接室でヴィクトルとアランを前に立っていた。
机の上には、押収された文書の写し。
アランがそれを拾い上げ、肩を竦める。
「なるほど。見た目は真っ直ぐな貴族坊ちゃんでも、周りはだいぶ黒いってわけか。……やるじゃねえか、セラフィナ」
セラフィナは静かに頷いた。目の前のヴィクトルは、紙に目を通しながらも表情を変えない。
「一手打ったに過ぎん」
低い声が室内に落ちた。
「だが、その先を見据えるなら、これだけでは足りない。奴らは別の手段を取る」
「…わかっています」
セラフィナは目を伏せる。だが、その声に揺れはなかった。
「次に動く時は、もっと露骨に出てくるはず。……その時、殿下の周囲に綻びがあれば、必ずそこを突いてくる」
ヴィクトルが机上の文書に手をかけながら、低く呟く。
「すでに警備隊長と情報班には伝達済みだ。明日以降、王宮周辺の配置を再編する。……動きがあるとすれば、次は“中”だ」
それは、すなわち――城内。近衛の本拠地。敵がそこへ手を伸ばす覚悟があるという意味だ。
「……了解しました。全隊員に注意を徹底させます」
セラフィナは姿勢を正し、短く返した。
ヴィクトルはそれに頷くと、ゆっくりと椅子を立つ。
「今後は、全近衛の陣をもって対処に当たる。王太子殿下の護衛は、もはや一部の任務では済まない」
その言葉に、応接室の空気が引き締まる。
「防ぐだけでは、意味がない」
ヴィクトルの視線が、セラフィナをまっすぐに捉えた。
「次は、“こちらから”仕掛けるぞ」
静かに、だが明確に。作戦の始まりを告げる声だった。
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