姫騎士様は恋を知らない

Sora

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39.導火線に火を

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 早朝、まだ薄明かりの射す廊下に、硬質な足音が響く。セラフィナ・ド・ラ・モントフォールは、無言で執務室へ向かっていた。冷たい空気に晒された頬は、夜明け前の緊張に引き締まっている。

 昨夜、ヴィクトルが放った言葉が、頭から離れなかった。

 ――次は、“こちらから”仕掛けるぞ。

 それは、これまで受け身だった捜査と護衛の立場を捨て、敵の懐へと自ら飛び込むことを意味していた。

 執務室にはすでに、ヴィクトルと近衛兵の隊長、調査班リーダーのミハイル、セドリック・アシュクロフト、そしてルークの隊長であるアランの姿もあった。療養を経て、無理を押して復帰したルークと、エリシアも並んで立つ。ルークの肩にはまだ違和感が残っているはずだが、それでも彼は無言で立ち位置を崩さなかった。

 セドリックは伯爵家の令息でありながら、実力で近衛兵の中核に食い込んだ才人だ。若いためまだ隊長ではないが、その立ち居振る舞いには確かな自信と責任が宿っていた。

「来たか」

 ヴィクトルが短く言い、セラフィナは黙って頷いた。

「作戦の概要はすでに伝えた通りだ。殿下には、セリュード侯爵領の式典に名誉賓客として出席していただく。それ自体は事実だが、同時に我々は“囮”としてこの情報をあえて漏洩させている」
 近衛隊長が重々しく告げた。

「当然ながら、殿下の警護は我々近衛兵が担当する。万一にも傷一つ負わせるわけにはいかん」

「表向きの布陣は固めてある」
 セドリックが口を開く。
「しかし、問題は裏側の動きです。過去の襲撃と同じ手口で来るならば、あえて“裏を取る”連中が出てくるはず」

 ミハイルが頷いた。「我々が追っている地下組織の残党は、殿下の暗殺に固執している。ただのテロではなく、権力闘争の一環だ。おそらく、旧王政派の系譜を引く何者かが背後にいる」

「……ならば、今度こそ尻尾を掴むチャンスだ」
 ヴィクトルが低く言う。
「敵の行動を誘い、こちらが仕掛ける」

「今回動くのは、セラフィナの部隊、近衛兵数部隊、そして後方支援の分析班だ」
 近衛隊長が、部屋にいる全員へ視線を向ける。

「殿下の護衛は、表向きには近衛兵第一・第二部隊が担当する。あえて目立つ布陣を敷くことで、敵の視線を引きつける。第三部隊は伏兵対策として、ルート外周に潜ませてある」

「……了解」

 セラフィナは短く返す。

「今回は、護衛も、捕縛も、両方が任務だ」

 ヴィクトルの言葉に、ルークが静かに頷いた。

 その言葉に、セラフィナの視線がわずかに動く。
 けれど、言葉は発さなかった。

 作戦決行は三日後。

 その間に、敵が動き出す兆候を探る斥候部隊も派遣される。

 全員が黙って、緊張を共有していた。

 セラフィナの中で、静かに熱が灯る。
 それは、騎士としての誇りか。それとも――ただ、何かが静かに揺れた気がした。

 ただ確かなのは、もう、誰にも傷ついてほしくないという想いだった。

 ヴィクトルがゆっくりと歩を進め、皆の視線をひとつに集める。
 その目には、長年の任務と覚悟が宿っていた。
 彼は迷いなく言い切った。

 「……行くぞ。終わらせるために」

 その声は低く、だが確かに全員の胸に火を灯した。
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