姫騎士様は恋を知らない

Sora

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40.影の標的

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 冷たい朝靄が、街の上空を覆っていた。  
 中央より北方に位置する、山岳に抱かれた小領地。格式こそ控えめながら、長年王政に忠誠を誓ってきた家柄として、今回の式典は王家の権威を示す意味も含まれていた。

 アレクシス王太子は、白銀の礼装に身を包み、馬車から降り立った。微かに吐かれた息が、朝靄に溶ける。  
 彼の背後、左右に控えるのは近衛兵第一・第二部隊。威厳と警戒を兼ね備えた布陣は、表向きの“護衛”として申し分なかった。

 一方その裏では。

 路地裏。  
 瓦屋根の陰、裏通りの小屋、鐘楼の足元。人目につかぬ位置に、セラフィナたちが潜んでいた。  
 作戦は、始まっている。

 事前に決められた時刻と配置に従い、それぞれが持ち場に散った。斥候役として先行していた兵が、小走りで戻ってくる。

 「北の倉庫裏に、不審な三人組。積荷に紛れていたようです。南の外郭にも馬車が一台、停止中との報告が」  
 セラフィナは目を細め、地図の端をなぞった。

 「旧襲撃時と似てるわね。エリシア、南へ。私は北を押さえる。合図は“赤の旗”で」  
 「了解。…ルークは?」  
 「中央の巡回路に立たせてある。あくまで補佐、直接戦闘は避けさせる」

 それでも、エリシアは少し気にしたように黙ったが、やがて踵を返した。

 その頃。広場では、式典の前口上が始まっていた。  
 舞台の袖に立つアレクシス殿下。その背後では、セドリックが目を細めて周囲を警戒していた。

 「……隊長、動きがおかしい」  
 第二部隊の兵がそっと囁く。

 「同じ服装の集団が、二手に分かれて接近中。距離は約三十」

 言葉の途中で、空気が張り詰めた。屋根から黒い影が飛ぶ。セラフィナが駆ける音が、狭い路地に反響した。

 「正体不明の集団、接近中! 殿下、退避を!」

 セドリックが即座に前に出て、抜剣する。殿下を下がらせ、部隊が交差するように構えた。

 「第一部隊、広場南を封鎖! 第二、殿下の護衛に徹せよ!」

 近衛兵たちが即応し、指揮が飛ぶ。

 同時に、北側の倉庫裏で、セラフィナが敵と交戦を始めていた。

 「……これは、ただの刺客じゃない」  
 斬りかかった男を受け止めて、彼女は即座に気づいた。受け身が異様にぎこちなく、目に感情がない。動きが揃いすぎている。

 背後から斬りかかるもう一人も、全く同じ間合い――。

 「同じ動き……まさか……!」

 エリシアもまた、南で剣を交えながら同様の違和感を覚えていた。致命傷を負わせても動き続ける。人間の反応ではない。

 「セラフィナ! この連中、以前失踪した使用人たちかもしれない……!」  
 南から戻ってきた伝令が、叫ぶ。

 「顔を確認した兵がいる! 複数、一致してるって!」

 旧貴族の屋敷から、ある日忽然と消えた者たち。まさか、敵はそれらを……。

 「操っている……? いや、それだけじゃない」

 ミハイルが路地の上方から様子を見つつ、低く唸るように言った。

 「裏に、何かいる」

 そしてその言葉の直後、南の外郭で大きな音が鳴った。爆破ではない。火矢か、それとも。

 「敵の増援だ!」

 エリシアが叫ぶ。「武装した一団、五名。中央の路地を突っ切る気だ!」

 広場では、セドリックが敵の包囲に応じて布陣を変えていた。

 「殿下を馬車へ! このまま引かせる!」  
 「いや――来る」

 セラフィナが、息を切らせて広場へ戻ってくる。

 「敵の幹部が動いてる。恐らく、殿下を“囮”に動かされたことに、気づいた」

 そして。

 人ごみの端に、不自然な静けさを纏ったひとりの影が立った。

 ローブに隠された顔。その視線が、まっすぐアレクシス王太子へと注がれていた。
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