姫騎士様は恋を知らない

Sora

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41.仮面の指揮者

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 陽が落ち、王都の一角にある広場に、静かに人が集まり始める。  
 その中心には、華やかな外套を纏った王太子アレクシス。  
 その背後には、控え目に距離を取る数人の従者の姿。

 だが実際には、周囲の建物すべてに近衛兵が潜んでいた。

 「……来る。三時の方向」  
 セラフィナの声が、風を切るように走る。

 闇の中、ローブ姿の男が広場へと歩み出る。  
 続いて、その背後からも次々に黒装束の兵が現れる。周到に訓練された動き。貴族崩れの素人ではない。

 セラフィナは目を細めた。

「幹部格だな」

 敵が現れた瞬間、近衛兵たちが一斉に包囲を完成させる。だが男は、むしろそれを愉しむように笑った。

 「なるほど、なるほど……なかなか精緻な罠だな。だが、我々がここで終わると思うなよ」

 次の瞬間、男が手を振り上げる。  
 炸裂音。煙幕。闇の中から刃が奔る。

 「全隊、散開! 主戦力、中央へ!」  
 セドリックの声が響いた。

 広場は瞬時に戦場と化す。だがその混乱の只中、セラフィナはもう駆けていた。  
 風のように、矢のように。

 ローブの男の前に、真っ向から飛び込む。

 「っ、貴様――!」  
 男が抜いた細剣を、セラフィナは受け流さない。

 すれ違いざま、その剣を斬り落とすように振るった。

 刹那、火花。金属が軋み、男の腕が弾かれる。

 彼女の剣筋は速く、深く、容赦がない。  
 一歩踏み込んでは斬り、躱し、叩きつける。

 幹部は後退しながら指揮を取ろうとするが、セラフィナはそれを許さない。  
 彼女はまるで、敵の動きを見切っているかのように動く。

 (次は左上段……そして後退、三歩)

 読み通りだった。

 セラフィナの剣が、男の外套を裂き、肩を斬りつける。  
 幹部の顔が苦痛に歪む。

 「どこまで……読まれている……!」
   
 冷たい声が降る。

 「その場しのぎの混乱戦は、もう通じない」

 横合いから飛び出した敵兵がセラフィナに斬りかかる。  
 彼女はわずかに重心を落とし、敵の膝を薙ぎ払って回避。

 即座に逆手で短剣を突き上げ、喉元を正確に貫く。

 「エリシア、右! 三人! 囲まれる!」  
 声を上げながら、セラフィナは幹部を再び追う。

 彼女は速い。鋭い。だが何より、視界が広い。

 全体を見ながら、一点を貫くその動きは、まさに戦場に舞う鷹だった。

 だが、男もまたただの指揮官ではない。

 懐から取り出した細剣が、突如炎をまとう。  
 火薬と油の組み合わせ、古典的だが即効性がある。

 「近づけば、爆ぜるぞ!」

 だがその威嚇すら、セラフィナは真正面から迎えた。  
 構えを変え、彼女の剣が閃光のように走る。

 剣と剣がぶつかる。  
 火花と熱が広がりその中に、セラフィナの声が響いた。

 「だったら、それごと潰す!」

 炎の勢いを無視して突っ込んだ斬撃が、幹部の剣を真っ二つに断つ。

 「なっ……!?」

 男の身体がぐらついた瞬間、セラフィナの蹴りが腹部に突き刺さる。  
 地に伏せるその身体に、今度は剣の切っ先が止まった。

 「動けば、命はない」

 その目は、揺らがなかった。  
 幹部は、力なく笑った。

 「……まさか、ここまでとは。セラフィナ・ド・ラ・モントフォール」

 背後で、近衛兵たちが制圧を終えつつあった。

 広場を包んだ混乱は収まり、王太子の姿も無傷で確認された。  
 任務は、成功。

 セラフィナは男を見下ろし、静かに言う。

 「拠点の位置。組織の構成。全て吐いてもらうわ」  
 「……ふ。貴様の剣は、尋問にも使えるのか?」

 その皮肉すら、彼女は無視した。


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