夫婦の恋は結婚のあとに 〜二度目の初夜とクリスマスの贈り物〜

出 万璃玲

文字の大きさ
3 / 6

しおりを挟む

「お帰りなさい」
「お帰りなさいー!」
「ああ、ただいま」

 クリスマスが近づいてきた頃、ヴィンフリートが帰国した。勢いよく駆け寄った息子を、彼は軽々と抱き上げる。
 エーミルはせきを切ったように、胸に溜めてきたおしゃべりを放出する。ヴィンフリートはただ静かに聞いている。一緒に過ごす時間は数えるほどなのに、それでもエーミルは父親が大好きだ。

 王都にいる間も、彼には仕事がある。宮中へ出向いて任地での成果を報告したり、机仕事を済ませたり。家にいる時間は短いが、その大部分は息子との時間に充ててくれる。そんな彼が少しでも休めるようにと、私はなるべく距離を置いてきた。

 エーミルの気が済む頃合いを待って――実際のところ際限はないのだけど、適当なタイミングで――私は夫と事務的な会話を交わした。帰国中のスケジュールを確認したり、不在時に届いた彼宛の郵便物を手渡したり。その後、家族で食卓を囲んで、夜、夫婦は各々おのおのの寝室へ向かった。
 そうしたいつも通りの流れを進めながら、私の胸の奥はひそかにざわめいていた。今日は帰ったばかりで疲れているでしょうし、切り出すなら明日かしら。エーミルのため、勇気を出さないと……と。



 そして、決意の夜がやってきた。

 翌日の晩、子供部屋のエーミルがぐっすり寝入ったのを見届け、私自身の寝支度も完璧に整えたあと。就寝用の絹ワンピースにガウンを羽織った出で立ちで、私は夫の寝室へと向かった。
 難しい案件を抱え、宮廷役人のもとへ相談にでも行くような心持ちだった。議題はもちろん「クリスマスの贈り物」。相談というよりはむしろ、直談判、だ。

「……どうかしたか?」

 屋敷の主人のものとは思えないくらい、殺風景な部屋。入ると正面に仕事机があり、本当に役所に来たかの錯覚を起こす。机の上はきれいに整頓され、そこに置かれただいだい色の読書灯だけが、暗い室内を柔らかく照らしていた。
 彼の服装は、スーツの下に着るような白いシャツに、濃いグレーのズボン。寝る前にしてはきちんとし過ぎている。

「ごめんなさい、まだお仕事中?」
「いや、本を読んでいただけだ」
「そう。……あの、少しお話があって」

 部屋に入って扉を閉める。ティーテーブルなんてものはないので、その場に立ったまま。彼も仕事机を背にして立ち、無言でじっとこちらを見つめていた。
 冬の夜は静かだ。机で揺れるオイルランプの芯が燃える音さえ、聞こえる気がしてくる。いや、違う。さっきから耳元でとっとっ、と小さく響いているのは、私の心臓の音。

「――子供が欲しいの」 

 こういうとき、迷っては駄目。必要なことを、簡潔に。目的は、最愛のエーミルの願いを叶えること。まとめてきた信条に従って、私は意見の陳述に集中する。
 そして何も言わない彼をちらりと確かめてから、続きを一気に吐き出した。

「エーミルに、弟か妹をつくってあげたいんです。あなたは気が乗らないかもしれないけれど、協力してほしいの。その……他の女性に比べて、私に魅力が足りないのはわかっているけど」
「え……っと、ちょっと待ってくれ、他の女性……?」
とがめる気はないわ。私はあなたに十分過ぎるほどのものを貰ってる。不自由ない暮らしに、実家のこともずっと気にかけてもらって。だから、あなたに女性がいようと私は構わな……」
「いや、その前になぜ俺に愛人がいる前提なんだ?」
「え、だって……」

 私は、昨日彼に渡した一通の封筒を思い浮かべていた。淡い桃色をした、厚めで手触りのよい紙質の封筒。ふんわり優雅な筆跡で、「親愛なるヴィンフリートへ」と、隣国の言葉で書かれていた。
 彼宛の手紙はたいてい仕事に関するもので、通常は任地か王宮にあるデスクに届く。家に届くこと自体がめずらしいうえに、手渡したとき、彼は差出人を見て口元をほころばせたのだ。

 ああ、そうよねと。妙に納得した。
 彼が忙しいのは仕方ないとして、年中隣国に行ったきりで。外交任務に必要な結婚というから、妻が同行すべき場もあるかと覚悟していたものの、そういう役は不要だと言い切られた。初夜以来触れ合うことはなく、そしてよぎる――「後悔していた」の言葉。

 でも、何も問題はない。元々期待のない、写真さえ見ずに決めた結婚なのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

裏切りの街 ~すれ違う心~

緑谷めい
恋愛
 エマは裏切られた。付き合って1年になる恋人リュカにだ。ある日、リュカとのデート中、街の裏通りに突然一人置き去りにされたエマ。リュカはエマを囮にした。彼は騎士としての手柄欲しさにエマを利用したのだ。※ 全5話完結予定

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

望まない相手と一緒にいたくありませんので

毬禾
恋愛
どのような理由を付けられようとも私の心は変わらない。 一緒にいようが私の気持ちを変えることはできない。 私が一緒にいたいのはあなたではないのだから。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...