愛を知らないパトリオットへ

あず

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第2章 王都リグナル

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「みんなにお土産を買おう。」

散々買い食いをして、お腹がいっぱいになった頃にはもう日が傾き始めていた。
エイブの言葉に僕はうなずいた。

「お土産かぁ。何にしよう?」

僕が、顎に指を当てて悩んでいると、エイブが僕の腕を引っ張って、ずんずんと歩き始めた。

「俺のおすすめの雑貨屋があるんだ。そこで見繕おう。」

そう言ってエイブが連れてきてくれたのはお洒落な店先の雑貨屋さんだ。中に入ると、いろんなものが所狭しと並んでいる。

「おじさん、久しぶり!」

慣れた様子でエイブが店の店主に声をかける。少しふくよかで背の低い壮年の男の人が読んでいた新聞から目を離し、丸い眼鏡を押し上げてこちらをみるとニコリと微笑んだ。

「おお、エイブじゃないか。久しぶりだなあ。お城でお勤めを貰ったんだって?リオがこの間話して行ったよ。」

「へへ、まあね。」

エイブはその人の言葉に照れたように笑いながら頭を掻く。
そして、僕の背中をとんと押し、ロープのフードをサッと取った。

「この子は俺の友達のハル。髪の色のことは出来るだけみんなに言わないで欲しいんだ。」

急に紹介されて、僕は慌てて頭を下げる。

「あ、は、初めまして。ハロルドと言います。」

そんな僕を見ても、おじさんはおおらかに笑って、自身も自己紹介を始めた。

「初めましてハロルドくん。私はここでしがない雑貨屋をやっております、サクマといいます。この美人さんが若旦那…国王陛下がおっしゃってた“女神の血脈”かな?」

サクマさんの誤った情報に僕は大きく何度も首を横に振るのに対して、エイブは大きく縦に首を振る。そんなチグハグな僕たちにもサクマさんのは気を悪くした様子もなく、ニコニコと笑っていた。

そこで僕とエイブはサクマさんの力も借りて、みんなのお土産を選んだ。
エイブとサクマさんは昔からよく知る仲らしく、親しげに話している。
僕はフードをかぶり直し、店内をぐるりと見て回っている。販売の台のひとつに、色とりどりの石が埋め込まれたアクセサリーがたくさん並んでいるものがあった。

「やあ、綺麗なお嬢さん。石のアクセサリーにご興味が?」

僕は、僕に声を掛けてきたいつの間にか隣に立っていたくたびれたおじさんに目を向けた。少し警戒してフードを深めに被る。
色とりどりの石の中、特に目を引いたのは紫色の石だった。アーシュの瞳の色だ。その石に触れようとしていたその時だった。

「僕はお嬢さんじゃないよ。この紫の石、とても綺麗な色。」

「そう言ってくれると嬉しいね。この石は私がこの店に売ったものなんだ。」

「へえ。素敵。」

そのままそっと石に触れると、そのおじさんが左手を僕の左肩に手を置いた。そして、右の手で同じく石に触れる。僕はおじさんに後ろから抱きつかれるような体制になった。

「無用心だなぁ。」

耳元で囁かれた声に嫌な感じがして、振り払おうとした時、おじさんの右手が素早く、僕の僕の首元に触れた。
僕の首から白い光が放たれる。

「ひっ、」

「おっと。声を出すなよ。」

凍った背筋に空気を喉が通って、詰まった。声を出そうとした寸前で、止められたのだ。どう言う原理かはわからない。手足の感覚はあるのに、石のように硬く動かない。

恐怖から、眉間にシワがより、唇は震えていて指先はどんどんと冷えていくのに、声は出せないし、手足は動かせない。
エイブたちからは棚で死角になって僕たちの姿は見えていないようだ。早く気付いて、と心の中で叫ぶも、そんなものが届くわけもない。

「よし、よし。いい子だ。」

辺境伯と酷くよく似た粘着質な声に冷や汗が背中を伝う。
男は深く被ったフードを取り、僕の後頭部にちゅ、と口付けた。男の手が宙に浮いた僕の左手に重ねられ、下から手を繋ぐように指を絡められる。

気持ちが悪くて振り払いたいのに、体はぴくりとも動かない。

心から切り離された体の動きに恐怖が湧き上がる。
こわい。怖いコワイ。
反射というのはどうしようもなく心に従順のようで、恐怖からの涙で目の前がにじむ。

「ハル~?今の光は…って、おい!」

僕から発せられた光を不審に思ったのか、エイブが僕の様子を確認しようと、棚の向こうから顔を出した。

そして、身体の拘束が少し緩まって、男は、僕をエイブと向かい合わせた。僕の首元はまだ鈍く光を放っている。
首元から熱がじわじわと広がるような気がする。
男は、僕を自身の方へと引き寄せ、こめかみより少し上あたりにキスをした。

「…エイ…ブ、に…げて…っ!」

絞り出すように声を出すと、鈍かった光が一瞬また光って、僕の身体がまた、拘束されたように動かなくなった。

「こらこら。声を出すなって、言ったよね?」

男が右手で僕の左頬を撫でた。目尻に溜まった涙が出て溢れて頬を伝った。

お願いだから、エイブは逃げて。こんな狭い店内でで剣を抜いたら、お店がめちゃくちゃになっちゃう。

「ハルッ!」

「おいおい、それ以上近づくなよ。はもう俺の所有物だ。預けていたから取りに来た。ははは、小綺麗になって。よかったね。あー、ハロルド、だっけ?」

エイブが手にかけるだけだった剣の柄を握る。ダメだ、エイブ。早く逃げて。
エイブじゃきっと、この男には勝てない。

「ほら、ハロルド。1ヶ月も君をお世話してくれた人にお礼と、お別れを言うんだ。」

男がそっと僕の首に触れる。

「ッ、ハル!」

男が僕から手を離すと、僕は真っ直ぐ立って、顔をにこりと笑わせた。いや、笑わされた。
きっとあの、隷属魔法というやつだ。僕の意思とは別で、体が、顔が、勝手に動いてしまう。

「“エイブ、今までありがとう。僕はもう、戻らないから、さようなら。”」

エイブが絶望的な顔で僕を見る。
僕は勝手に動く体で、男の腕に擦り寄った。

お願い、エイブ。助けて。違う、嘘。逃げて。

男が僕を見下ろしてニヤリと笑い、僕を自身のローブで覆った。目の前が暗くなる。

「じゃあ、俺のハルがお世話になったね。」

男のその言葉を最後に、僕の意識は真っ暗になった。

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