甘酸っぱい恋の味

第二章 すれちがいの、その先に

ねえ、本当にそれでいいの？

体育祭の練習が終わり、夕暮れが校舎を赤く染め始めていた。

航太は、美術室に忘れ物を取りに行く途中、グラウンドの端で陽菜とすれ違った。

「おつかれ、航太くん」

「あ、陽菜も……実行委員、大変そうだね」

「うん、でも楽しいよ。わちゃわちゃしてるの、性に合ってるし」

軽く笑って言ったあと、陽菜は立ち止まり、振り返った。

「……ねえ、航太くん」

「ん？」

「憧子ちゃんのこと、どう思ってるの？」

その声のトーンが、それまでと違って少しだけ真剣だった。

航太は一瞬、言葉に詰まる。

「……どうって、急に」

「うん、急に。だけど、ずっと思ってたから」

陽菜は、まっすぐに航太を見た。

「見てられないくらい気になるのに、何もしない。
なのに、憧子が他の人と仲良くしてたら、気に食わない顔する」

「……俺、そんな顔してた？」

「してた。めっちゃわかりやすかったよ？」

航太は、気まずそうに目をそらす。

「別に……いいんだよ、別に。憧子と和真が仲良くたって……」

「……そっか。
でもさ――そのうち、取られちゃうよ？」

その一言が、航太の心に、ズンと刺さった。

「……取られるって」

「好きなのに、何も言わないでいたら。
誰かに先に、ちゃんと“好き”って言われたら。
それってもう、“好きだった”になっちゃうんだよ？」

陽菜は、ふっと笑った。

「ま、どうでもいいなら、いいけどね」

そう言って、夕焼けの光の中を歩き出す。

航太はその背中を、しばらく動けずに見送っていた。

心の奥にしまいこんでいた感情に、初めて誰かが触れた気がした。

（……取られちゃう、か）

胸の奥で、なにかがゆっくりと軋んだ。