甘酸っぱい恋の味

第七章 小さな奇跡と、大きな選択

赤ちゃんが、ほんとうにいる

日曜の朝、少し曇り空。
陽菜は、いつもよりもゆっくりとした動作で髪を束ね、マフラーを巻いた。今日は、病院に行く日。航太も一緒についてきてくれることになっていた。

「準備できた？」
玄関先で、航太が優しく声をかける。

「うん、緊張するけど……行こう」

二人で手をつないで歩く道は、いつもより少しだけ静かに感じられた。陽菜の手は、ほんのり冷たくて、航太はそっと握り直した。

産婦人科は、少し郊外にある個人病院。
受付をすませ、名前を呼ばれるまでの時間、陽菜は何度も膝の上で指を組み直していた。

「大丈夫、俺もいるから」
航太のその言葉に、小さくうなずいたそのとき――

「橘さーん、診察室へどうぞ」

名前を呼ばれ、陽菜はゆっくりと立ち上がった。

診察室に入ると、やわらかな口調の女医さんが優しく迎えてくれた。

「今日は、妊娠の確認ですね。基礎体温や生理の記録、何かありますか？」

「……これ、アプリでつけてました」
陽菜はスマホの画面を見せながら、少し震える声で答えた。

そして、診察台にあがり、エコーの準備が始まった。

画面の中に映る、黒い点のような小さな影。

「……はい、こちらが胎嚢といって、赤ちゃんの袋ですね。今、５週ちょっとくらいですね。順調です」

医師の言葉に、陽菜の目に涙が浮かんだ。
ほんとうに、自分のお腹の中に命があるんだ――そう思った瞬間だった。

診察を終えて、待合室に戻ると、航太が立ち上がった。

「……どうだった？」

「……いた。赤ちゃん、いたよ」

陽菜は笑いながら、でも目には涙を浮かべてそう答えた。

「見た？エコー」

「うん、黒くて、ちっちゃかった」

「すごいな……本当に……」

航太は、そっと陽菜の頭を撫でた。

「お腹、大事にしような」

その言葉が、陽菜の心にじんと沁みた。

二人の未来は、まだはっきりとは見えない。
けれど、確かに今、そこに新しい命が芽生えている。