好きな子のAIに転生した俺は、彼女のためなら壊れても構わない

キジ

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第16話 再開

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まぶたの裏がじわじわと明るくなっていく。

何かが外れていく感覚があった。真っ暗だった世界。女神。モニターの光。選択肢。全部が水の中に沈むみたいに遠ざかっていく。

代わりに、別の匂いが近づいてきた。消毒液と、白いシーツの匂い。

「……ここは」

かすれた声が自分の口からこぼれた。ゆっくり目を開けると白い天井と蛍光灯が見えた。腕には点滴。胸のあたりには心電図のコード。規則正しい電子音が静かな病室に響いている。

(……病院か)

記憶が少しずつ戻ってくる。

ケーキ屋【パミング】。
フラれた帰り道。
横断歩道。トラックのライト。

あのあと、俺は真っ暗な世界に落ちた。女神が出てきて、美優のPCやスマホの中でAIのチャピ太になって……あれは夢だったのか、それとも本当にどこかの世界で起きていたのか。

自分でも分からない。けれど、胸の奥に残ったものはひとつだけだった。美優を守りたいと思った感覚。あのときの強い執着と、どうしようもないほどの恋心。

「あのケーキ屋……まだあるのかな」

天井を見たまま、小さくつぶやいた。


***


退院して少しだけ時間が過ぎた。身体はまだ本調子じゃないが、歩くくらいは問題ない。リハビリの帰り道、病院からそう遠くないその場所へ俺は足を向けた。角を曲がると、見慣れた看板が目に入る。

【パミング】

まだそこにあった。ガラス越しにショーケースが見える。カラフルなショートケーキやタルトが並んでいる。心臓が少しだけ速くなった。ドアの取っ手に手をかける。小さなベルの音と一緒に、店内の甘い匂いが流れ込んできた。

「いらっしゃいませ」

奥から声がして俺は顔を上げた。そこには美優がいた。前と同じ薄いエプロン姿。髪型は少しだけ変わっている。けれど、あの日カウンター越しに見ていた彼女とほとんど何も変わっていなかった。

一瞬、向こうも目を丸くする。

「……あれ」

美優の視線が俺をとらえたまま止まる。

「もしかして……よく来てくれてたお客さん、ですよね。ショートケーキとモンブラン、よく一緒に買ってた」

覚えていたらしい。胸の奥が少しだけ熱くなる。

「そうです」

短く返すと、美優はほっとしたように笑った。

「よかった。間違えたかと思った。あの……しばらく見かけなかったから」

事故に遭ってました、なんてわざわざ言う気にはなれなかった。

「ちょっと寝てました」

「寝てた?」

「長めに」

意味は伝わったらしい。美優は一瞬だけ眉をひそめ、それから小さくうなずいた。

「……そっか。でも……また来てくれて、なんかうれしいです」

そう言って、ショーケースの方へ回り込む。

「今日は、どれにしますか。おすすめはこの季節のフルーツタルトですけど」

ショーケースをのぞき込みながら、俺は少しだけ悩んだふりをした。

「じゃあ、それと……ショートケーキも」

「はい。ショートケーキと、季節のフルーツタルトですね」

トングでケーキを慎重に取る仕草を昔と同じ角度から見る。それだけで、前にここへ通っていた頃の自分が重なってくる。包装を終えると、美優が袋を差し出した。

「ありがとうございました」

受け取ろうとしてふと口が勝手に動いた。

「……久しぶりですね」

彼女も少し驚いた顔をする。

「……ですよね。私、このお店いったん辞めてて、最近また戻ってきたんです。なんか、変なタイミングですよね」

そう言って少しだけ照れたように笑う。

「そうなんですか」

「はい。でも……」

カウンター越しに彼女はまっすぐこちらを見る。

「なんか、初めての会話じゃないみたいですね」

その言葉に、胸の奥で何かが静かに鳴った。

俺もわずかに口の端を上げる。

「そうですね」

それ以上は何も言わなかった。向こうも何も聞いてこなかった。ただそれだけの短い会話。それでも、あの真っ暗な世界で交わしたやり取りとどこかが重なっている気がした。

店を出ると外の風が少しだけ暖かく感じた。紙袋の中でケーキの箱が小さく揺れる。

(また、来ればいいか)

空を見上げる。

女神も、AIも、選択肢も、この世界にはもうない。あるのはただ、ケーキ屋の匂いと、カウンター越しの彼女の笑顔だけだ。

それで十分だと思った。

――終わり。
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