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第Ⅰ章

第8話 魔法で死亡を回避せよ!

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それから次の日の放課後、現在ルクレツィアは魔法の訓練のため、魔法の鍛錬場へ来ていた。
この場所はゲームでは何度か見た事があった。
基本、属性ごとに鍛錬場は分かれていて、ルクレツィアは風の属性なので風魔法の鍛錬場にいる。
そこは基礎から応用まで練習できる様に色々な道具や形状の部屋などが用意されていた。
風魔法の鍛錬場は基本屋外だ。
広い敷地なので人々が干渉する事はないが、大きな魔法を使う場合は危険回避のために事前に申請の上、特別なエリアで行わなければならない。
また基礎の場合は小さな道具などを動かす事から始めるため、集中するために半個室の様な三方を壁で囲まれた部屋が用意されている。
そこには机と椅子が置いてあり、事前に申請も可能だし、空いていれば当日にも利用できる。
ルクレツィアはその基礎の鍛錬用の部屋に1人で椅子に座って、魔法の鍛錬を行っていた。
既に軽い物を風で動かすのは可能だった。
ルクレツィアは今、浮かばせている手のひらサイズの複数の石をゆっくりと机の上に下ろした。
重いひとつの石を浮かばせるより、複数の小さな石を浮かばせる方がかなり難易度が高い。
ルクレツィアの魔力は平均より高く、能力も上位だった。
なぜなら公爵令嬢という事もあり、幼い頃から家庭教師が付き幼い頃から学んでいたからだ。
だが勤勉だったかと言われれば間違いなく違う。
記憶が戻る前のルクレツィアは必要最低限の勉学しか行っていなかった。
ルクレツィアは大きな溜め息を吐いた。

もっと勉強していればよかった。
もしきちんと勉強をしていれば、物理的な攻撃に対する危機回避はかなりできていたに違いない。

自分を浮かばせる事はできないと言っていたわよね……。

以前、家庭教師に質問した事があった。
その時に生き物を浮かばせる事は風魔法ではできないと言われた。

はぁ……。
魔女みたいに箒でスイスイ飛べたらいいのに。
そしたら崖から落ちても自分を浮かばせて助かるのに……。
ん?箒?
よく考えたら、別に生き物を浮かせる必要なくない?
私が何かの上に乗ってそれを浮かばせられたら……。

飛べるんじゃない?

え?
いけそう……。
いけそうな気がする!
あ、でも崖から落ちた時にそれがないとダメか。
うーん……常に身に着けていないと、いざという時に意味ないわ。
服を浮かばせる?
……固い物じゃないと難しいのよね。
フニャフニャした面の全てに一定の空気を押し上げるというのは、はっきり言って人間業じゃない。
1点集中の方が的を絞りやすい。
しかも布だと空気を通してしまうからそれを逃がさないような繊細な作業を強いられる。
よって却下。

なら靴は?
うーん。1点集中なのと風を通さないのはいいんだけど。
面積が狭いとかなり魔力が必要になる。
重い物を空気で持ち上げるのだ。
靴だけならいいが、その上に更に大きくて重い人がいる。
手のひらに人を乗せてバランスをとっている様なものか……。

ハッ!

よくよく考えたら、靴が脱げてしまったらどうなる?
……うん。落ちるね。
バランス崩れたら、即真っ逆さまだ。

ルクレツィアの顔が青ざめた。

うん、却下。

そうして先ほどから何度出たか分からない大きな溜め息を吐いた。

少し大きめの木の板とかならいいんだけどな。

ルクレツィアは部屋の片隅に立て掛けてある板を見遣った。
そして右手を翳すと、その板がヒョイッと浮かび上がり、ルクレツィアの目の前に移動してきた。
それからゆっくりと回転する。

うん。これなら扱いやすい。
軽いし、安定している。
これに落ちない様に持ち手があればなお安心。

だけど……。

この板を常に持ち歩くってどうよ?
公爵令嬢が板を常に携帯してる光景。

いやいやいや、ないわ。
変人令嬢になってしまう。

でももし事故死ルートが確定したら、背に腹は変えられないか……。
うーん。他に何か良い案ないかなー。
とりあえず保留で!

ルクレツィアは頭を抱えた。


それからいくら考えても良い案は浮かばず、ルクレツィアは諦めて半個室の部屋を後にした。
とりあえず物理的に降ってくる外的障害から身を守るための訓練は行い、魔術を磨く事にした。
ルクレツィアが風魔法の鍛錬場を後にして水魔法の鍛錬場の前を通っていると、背後から声を掛けられた。
「ルクレツィア様?」
後ろを振り返ると、そこにはイアスが立っていた。
「イアス様っ」
ルクレツィアが驚いて名前を呼ぶと、イアスは優しく微笑んだ。

なんて美しい……。
日の光を浴びて青白く輝く髪が風に靡いて、サラサラと揺れた。
神秘的な美しさだわ。

思わずルクレツィアが見惚れていると、イアスが声を掛けてきた。
「魔法の訓練を行っていたのですか?」
「はい。イアス様も?」
「ええ。私も今終わって戻るところです。ご一緒してもよろしいでしょうか。」
そのイアスの問いにルクレツィアは嬉しそうに言った。
「ええ、もちろんです。」
そうして2人は並んで歩き始めた。

なんだか昨日の事を思い出されて、ルクレツィアは気恥ずかしさを覚えた。
ルクレツィアにとって昨日の出来事は、公爵令嬢ではなく1人の人間としての自分の心を明かしてしまったのだ。
心の内を知られてしまうのはこんなにも恥ずかしく、恐ろしく、また安心するものかと感じていた。

こんな心、誰にも見せられない。
彼は私の秘密の共有者だ。

そしてルクレツィアが口を開いた。
「イアス様は水の属性だったんですね。」
「はい。ルクレツィア様は風ですか?」
その質問にルクレツィアが頷いた。
「そうです。中々、魔法を思い通りに操るって難しいですね。」
ルクレツィアは少し愚痴を零す様に呟いた。
それを聞いたイアスはルクレツィアの方を見て不思議そうに尋ねた。
「何かやりたい事でもあるんですか?」
前を向ていたルクレツィアが、イアスの方を見上げると言った。
「ええ……。あ、あの、イアス様。属性は異なりますが、少しお尋ねしてもよろしいですか?」
「私に答えられるなら、もちろんお力になりますよ。」
「魔術を短期間で向上させるにはどうすればいいんでしょうか。」
「短期間で?」
イアスが首を傾げた。
ルクレツィアは頷くと言った。
「はい。今の私はレベルが中級程度ですが、できるだけ早く上級魔法を使える様になりたいんです。」
「そうですか……」
イアスは顔を俯かせると、何かを考えている様だった。
ルクレツィアは黙ってそれを見詰めてイアスの言葉を待っていると、イアスが顔を上げて再びルクレツィアを見詰めた。
「やはり毎日鍛錬あるのみですね。魔力を膨大に使用したり、繊細に動かす事をひたすら繰り返して体に覚えさせるしかないかと思います。」
「そうなんですね……」
それを聞いて、ルクレツィアの声は落胆した。
やはり自分の知っている事と同じだ。
まぁ、家庭教師やこの学園の先生も同じ事を言っているのだから当然といえば当然だった。
するとイアスが思いがけない事を言った。
「もしよかったら、一緒に魔力の訓練を行いませんか?」
「え?」
ルクレツィアが驚いて尋ね返す。
それにイアスが穏やかに微笑んだ。
「お昼休みとか放課後など、お互いに時間が合う時に訓練をするのはどうでしょうか。1人で訓練するよりも気付く事は多いと思います。」
ルクレツィアはその申し出に一瞬嬉しそうに笑ったが、すぐに顔を顰めると言った。
「いいんですか?イアス様はお忙しいでしょう?私のためにそんな時間を使わせるのは申し訳ないです。」
「大丈夫です。私も日々魔術の訓練は行っていますし。自分にも新しい発見があるかもしれません。それに、友人の力になる事はとても嬉しいですから。」
「イアス様……」
ルクレツィアの心がその言葉のお陰でじんわりと温まっていくのを感じて、胸が少し苦しくなった。
自然と歩みを止めると、それに気付いたイアスも驚いて立ち止まった。
ルクレツィアは深々と頭を下げると言った。
「どうか、よろしくお願いします。今の私にはとても重要な事なので、助けていただけると本当に助かります。」
その姿を見て、イアスは慌てて両手を振った。
「ルクレツィア様っ。どうか顔を上げてください。」
ルクレツィアが顔を上げると、イアスは心底ホッとした顔になった。
「友人の力になる事は私にとって当たり前の事です。ルクレツィア様もそうではないですか?困っているなら助けたい。そしてそれは決して迷惑なんかではないと思いませんか?」
「ええ。そうですね。」
ルクレツィアが素直に頷いた。
「なら頭なんか下げないでください。それよりも、もっと欲しい言葉があります。」
ルクレツィアは首を傾げた。
「欲しい言葉……ですか?」
イアスは笑みを見せると、ルクレツィアの顔を覗き込む様に言った。
「何でしょう?」
「えぇ……と。」
ルクレツィアは少し考えたが、やがて口を開いて言った。
「ありがとう?」
それに対してイアスは大きく頷いて言った。
「そうです。その言葉が何より私にとって嬉しい言葉です。」
ルクレツィアは唇をキュッと引き結ぶと、嬉しさと切なさで溢れ出しそうになる感情をなんとか抑え込んだ。
そして息を吸い込むと満面な笑みを浮かべて言った。
「イアス様。ありがとう。とっても嬉しいです。そう言ってくれたのが嬉し過ぎて泣きそうです。」
「あ、その言葉もいいですね。」
イアスが嬉しそうに笑った。
「フフッ……」
ルクレツィアも思わず笑みを零す。
そして、2人は笑い合い穏やかな空気に包まれた。
さっきまで悶々としていたルクレツィアの心がいつの間にか晴れている事に気が付き、ルクレツィアはイアスに会えて本当に良かったと思い、弾む心で帰路に就く事ができたのだった。




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