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◆第30話 止まらぬ躍進

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 初勝利から4日後、闘技会グラディア第二回戦第1試合。

 再び戦いの日を迎えた俺たちは、自宅から闘技場まで警護された状態で向かった。
 協会の誇る護送兵団に全方位を守られながら、選手専用口から入場する。
 まさか自分たちが、こんな賓客のような扱いで闘技会グラディアに参加する日が来ようとは……。
 そしてまたも朝一番の試合。
 にも関わらず、闘技場には既にとんでもない数の観客が押し寄せていた。

 しかしそれも仕方のない事だ。
 なんと、第二回戦のピノラの相手は……優勝候補である獅子獣人ライオネル族である。
 『黄金の女獅子めじし』の異名をとる獅子獣人ライオネル族のラーナ選手は、昨年4期のうち月光蝶ルーナの月の闘技会グラディアで優勝した程の超実力派獣闘士グラディオビスタだ。
 第一回戦で劇的な勝利を収めたピノラだったが、それでも観客はラーナ選手へと掛け金を積んでいくほどだった。


 だが…………



「トレーナーっ! 勝った勝ったぁ! 勝ったよぉーーーーっ!!」

「うわあああああああああああああ!? ピ、ピノラぁぁぁぁっ!!」



 何と、あっさりと勝ってしまった……。
 ラーナ選手は、第一回戦で披露したピノラの戦術を十分に警戒していたようで、開始から武器と太い腕でがっちりと防御ガードを固めた構えをとっていた。
 ただでさえ強靭な肉体を持つラーナ選手であるが、その両手には幅の広い刃引きの濶剣ブロードソードを二刀流で構えており、前面から見れば攻撃できる隙など何処にも無いようにさえ見える。
 獅子獣人ライオネル族は、第一回戦で戦った蜥蜴獣人リザードマン族と比べ太い腕から繰り出される攻撃があるものの、その大きな身体のせいで機敏には動けない。
 動体視力に関しても遠くを見る力は秀でている一方で、素早く動く相手を追い続ける能力は大きなアドバンテージは無いと聞く。
 そこでラーナ選手は、足の爪を地面に食い込ませ、ピノラの攻撃を受け止めた上で反撃しようと待ち構えていたのだろう。

 しかし、そんな腕力の有利をかなぐり捨てて棒立ちで守りの構えをとるラーナ選手など、ピノラの敵では無かった。

 目で追うことを諦めたラーナ選手に対し真横から突撃したピノラは、全体重を乗せた爪先蹴りで、なんとラーナ選手の顳顬こめかみを正確に蹴り抜いたのだ。
 屈強な肉体を誇る獅子獣人ライオネル族であっても、超高速で真横から脳を揺すられたのでは耐える事などできない。
 というより、あんな威力の攻撃を他の獣人族にぶちかますと、最悪の場合は殺めてしまう可能性すらある。
 そんな凶悪すぎる攻撃を喰らって沈んだラーナ選手を見て……観客席からは『ヒエッ』と悲鳴が聞こえてきたのだが、俺は聞こえないフリをした。


 試合後、選手控室のすぐ横にある治療室でラーナ選手と訓練士トレーナーに謝罪しようと訪れると……そこでは、大会獣人医のアンセーラ先生が複雑な表情で立っていた。


「…………毎回のように運ばれてたピノラちゃんが一向に来なくて、代わりに対戦相手のラーナさんが意識不明で運ばれて来るって…………一体どういう事なのよ…………」


 久しぶりにアンセーラ先生とも会話をしようと思っていた俺とピノラだったが、呆然と立つその後ろ姿を見て、そそくさと治療室を後にした。


 ◆ ◆ ◆  


 またも快挙と言うべき勝利を挙げたピノラだったが……それでもまだ観客たちの掛け金は拮抗する。

 続く4日後の第三回戦、準決勝の対戦相手は……昨年の氷狼フェンリルの月に開催された闘技会グラディアの優勝者、熊獣人ベアクロス族のリダ選手だ。
 第二回戦で戦った獅子獣人ライオネル族のラーナ選手と共に、この闘技会グラディアサンティカ杯の二台巨塔とも呼ばれる強豪であり、その強さの秘訣には女性らしからぬ強靭な身体のほかに武具にもあった。
 強力な資金提供源スポンサーに恵まれたリダ選手は、貴重な金属であるアダマント鉱で作られた全身鎧を纏っている。
 アダマント製の武具は、同じ大きさの鉄でできたものと比較した場合、実に2倍近い重量を持つ比重の高いものとなる。
 だがその分、打撃や斬撃への防御力は鉄製の武具と比較にならないほど破格のものとなり、はるか昔に起こった人間族と獣人族の戦争では、防具として珍重されたという歴史があるとか。

 本来であれば重くて動けなくなってしまうほどの重鎧を、熊獣人ベアクロス族であるリダ選手は怪力にまかせて着用しているのだ。


 だが、それさえも…………



「────────ま、待って!! こ、降参する! ギブアップするからぁぁっ!!」

「トレーナーっ! 勝った勝ったぁ! また勝ったよぉーーーーっ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」



 ピノラは、そんなリダ選手をも破ってしまったのだ……。
 
 首は勿論のこと、頭部まで覆われた全身鎧を着込んだリダ選手は、どこからでもかかってこいと言わんばかりに待ち構えていた。
 実際に最大速度を乗せた一撃を後頭部に叩き込んだピノラだったが、巨体をよろけさせたものの倒すまでには至らず、素早く復帰したリダ選手に危うく捕まりかける事態となった。
 素早さの一切を捨るほどの防御力の前では、例え武具の重さを足した威力であっても足りない。

 ならば、と俺は試合中、ピノラに第2案として足を……特に膝を狙うように指示を出した。
 一度は受け止められたが、ピノラは再び闘技場の壁を蹴って速度を増していく。
 火蜥蜴サラマンダの月の茹だるような暑さで、朝一番の試合でも汗が吹き出す。
 それは試合場にいるリダ選手も同じだったようで、ただでさえ厚い体毛を蓄える彼女が、超重量のアダマント製全身鎧を着ているのは耐え難い暑さだったようだ。
 更に悪い事に、アダマント武具は極めて頑丈な反面、熱を吸収しやすいという特性を併せ持つ。
 軽快に飛び跳ねるピノラとは対照的に、足元に水たまりができるのではないかという程汗を流していたリダ選手は、低空で飛び込んでくるピノラを捕捉することができなかった。

 右から飛び込んだピノラは、普段よりも低い高度で突撃しながら、両足でリダ選手の右膝を蹴り抜いた。
 金属がつぶれるような音が闘技場内に響く。
 またもや速度を失ってリダ選手の眼前に着地してしまったピノラは、リダ選手の反撃に遭う……はずだったのだが

 直後に倒れたのは、膝に一撃を食らったリダ選手の方だった。


「うあ!? ぐ、ぐああああっ!?」


 苦痛に耐えるようなうめき声を上げながら左膝をついたリダ選手は、そのまま右膝を抱えてうずくまってしまった。
 外見上は、彼女の右膝に変化は無い。
 アダマント製の鎧には、傷ひとつ着いていないほどだ。
 だが、横方向からの力を受け止める構造になっていなかった膝の金属板の内側で、リダ選手の膝は立ち上がれないほどのダメージを負ってしまったようだった。
 元々重量級の体重をもつ熊獣人ベアクロス族のリダ選手が、超重量のアダマント製全身鎧フルアーマーを着ていたことで、彼女の膝には相当負担が掛かっていた。
 そのため、側面から放たれたピノラの一撃に耐えることができなかったのだ。

 折れてこそいないものの、全身鎧を着た自身の体重を支える事ができなくなったリダ選手は、完全に迎撃能力を失ってしまった。
 屈強な肉体と頑丈な鎧で戦ってきた彼女は、膝を壊される経験をしたのさえ初めての事だったのだろう。
 故に、彼女の顔に明らかな焦りと、恐怖の表情が浮かび上がる。
 そんなリダ選手に、ピノラは笑顔で語りかける。


「リダさんっ! さすが強いね! でもピノラ、まだまだ動けるから、たくさん蹴っちゃうと思うけど許してね!!」

「ひッ…………!?」


 挑発や脅しではなく、本心から出たピノラの言葉だったのだろうが……痛みを堪えて座り込んだ熊獣人ベアクロス族に対し、にこやかな笑顔で攻撃を宣言する兎獣人ラビリアンという構図は、どこかそら恐ろしいものを感じてしまった。
 可愛らしいピノラの笑顔を見慣れていたはずの俺でさえも、そのセリフを聞いて生唾を飲み込んだ。

 結局、直後に三度みたび高速移動を開始したピノラを見て、リダ選手と彼女の訓練士トレーナーが同時にギブアップを宣言したのだった。



 こうして試合を勝ち上がったピノラは、ついに決勝戦へと辿り着く事となったのだが…………
 そこで思いもよらぬ問題が発生する。
 それはリダ選手との試合を終えて、控室でピノラの武具を外している時に起こった。


 ◆ ◇ ◆ 


 闘技場から退場し、満面の笑顔で控室に戻ってきたピノラを迎えた俺は、ご褒美の抱っこを期待している顔のピノラを諭し、ひとまず武具を外すためにベンチへ座るよう促した。
 唇を尖らせて残念がるピノラだったが、ご褒美欲しさにいそいそとベンチへと座る。

 すると

 突如、大きな金属音が室内に響いた。


「ふえっ…………!?」

「な、何だ!?」


 武具を収納するための袋を広げようとしていた俺は、突然の甲高い音に驚き振り返った。
 そこには、ベンチに座ったまま自身の足元を見ているピノラがいる。
 彼女の視線の先には……ひしゃげて弾け飛んだバックルと、割れた鉄靴ソルレットが転がっていた。


「ど、どうしたんだ!? ピノラ、大丈夫か!?」

「う、うんっ、ピノラは平気……だけど、座ろうとしたら、靴が壊れちゃったの……!」


 ピノラの指さす先に転がる金属片。
 俺はピノラの足元に屈み、壊れた鉄靴ソルレットに手を伸ばした。
 辛うじて留まっている残りのバックルを、慎重に外していく。
 鎧下を脱がせて、ピノラの足を観察すると………きめ細かな白肌に覆われた、ピノラの汗ばむ足が出てきた。
 外傷が無いかを、念入りに確認する。
 息が掛かるほどに近い距離で見られたことで、ピノラはどこか恥ずかしそうな、くすぐったそうな顔をしている。
 幸いにも、彼女の足に怪我は無いようだ。
 傷のないピノラの足を見て、俺は胸を撫で下ろした。
 だが…………


「……この鉄靴ソルレットはもうダメだ、バックルが付いていた部分が割れている。決勝戦では使えなそうにないな……」

「えっ、えぇっ!? トレーナー、どうしようっ…………!」
 

 いくつかの部品が弾け飛んでしまった鉄靴ソルレットを見てみると、分厚い装甲を繋ぎ止めているバックルを溶接していた箇所が根本から取れてしまっていた。
 よく見れば、踵にあたる部分の靴底にも大きな亀裂が走っている。
 衝撃を膝から大腿へと逃すための部品も横にヒビが入っており、あと数回ほど壁を跳ねていたら壊れてしまっていただろう。

 俺は、言葉を失ってしまった。
 まさかここにきて、ピノラの実力を引き出すために必要不可欠な武具が壊れてしまうとは。
 ……いや、違う。
 むしろ、ここまで保ってくれたのが奇跡だったのだろう。
 トレーニング中も、闘技会グラディアの最中も、ピノラの脚力と、更に衝突した際の衝撃を全て受け止めてくれていたのだ。
 それがリダ選手の装備していたアダマント製の武具と激突した時、ついに強度の限界を迎え瓦解してしまったに違いない。
 この武具の破壊が、4日後の決勝戦で発覚していたらと思うとぞっとする。

 そうだ
 4日後には、決勝戦が始まってしまう。
 それまでに何とかこの武具を直さなくては……。
 だが壊れた武具の破片を握りしめた俺は、内心絶望していた。

 シュトルさんの経験により設計されたこの鉄靴ソルレットは、極めて特殊な構造をしている。
 通常の防御力だけを重視したものと大きく異なり、足底からの衝撃を大腿部で吸収できるような工夫がなされているのだ。
 こんな特殊な武具の修理を鍛冶屋に指示できるのは、発案者であるシュトルさんだけであり……しかも設計図があったところで、職人が揃っているヴェセットの街以外では、こんな見事な造りの武具は修理できないだろう。
 このサンティカの街にも、一応鍛冶屋はある。
 だがサンティカの鍛冶屋は、多すぎる人口から殺到する依頼をこなすために粗製濫造そせいらんぞうを行っている事で有名であり、『草刈り用の鎌ひとつ依頼してもまともなものが出来ない』などと揶揄されるほどだ。
 とてもこんな複雑な構造の武具を修理する技術を持つ人間はいない。
 ではヴェセットにある製造元に修理を依頼できるかと言えば、それも不可能だ。
 今から急いでサンティカを出てヴェセットに向かったとしても、往復だけで4日が過ぎてしまう。
 とても修理をする時間など無い……どうしたものか。

 そんな事を考えていると……目の前から啜り泣くような声が聞こえてきた。
 顔を上げると、なんとピノラが涙ぐんでいた。
 俺は驚いて、ピノラの肩を掴む。


「ど、どうしたんだ、ピノラっ? やっぱり、どこか痛いのか!?」

「ち、ちがうの……」


 赤い瞳を滲ませながら、ピノラは肩に置かれた俺の手を握り返していた。
 しっとりと汗ばんだ手が震えている。


「……ピノラが乱暴にしちゃったから、靴が壊れちゃったんだ……せっかくシュトルさんに作ってもらった靴なのに……っ!!」


 俯いたピノラの目から、更に涙が落ちる。
 それは足元に転がっていた鉄靴ソルレットの装甲に落ち、高い音を響かせた。
 ピノラは、自分の扱い方のせいで武具が壊れてしまったと思っているようだ。
 俺は焦る心を必死に抑えながら、ピノラの頭を優しく撫でてやった。
 

「ピノラ、それは違うぞ。この鉄靴ソルレットはもともとピノラの脚力を受け止めてくれるように作られたものだ。むしろ、ピノラがシュトルさんのところで一生懸命トレーニングを頑張った証拠じゃないか。それに、この武具が無かったら今頃ピノラの膝が負担に耐えられずに大怪我をしていたかもしれない。ピノラも、この鉄靴ソルレットも、役目を果たしたからこそ起きた事だ。だから泣かなくていいんだよ」

「うっ……ぐすっ…………うん、トレーナーっ……」


 俺は本心からの言葉をピノラにかけてやった。
 彼女が行ってきたトレーニングと試合を見れば、こうなる事は当然である。
 地面を蹴る力、闘技場の壁に着地する際の衝撃、そして相手への攻撃……そのどれもが、凄まじい負荷となるはずだ。
 むしろ、今日この瞬間まで良く持ち堪えてくれたものである。

 頭を撫でる俺の手を取り、甘えるように頬を擦り寄せてくるピノラに、俺は笑いながら告げた。


「そんな悲しそうな顔をするなよ、ピノラ。3回戦を突破するなんて、今日も凄い結果を残したじゃないか。今日はひとまず、家に帰ってゆっくり身体を休めよう。それに、もしかしたらこの武具を修理する手段があるかも知れない。街の鍛冶屋に聞いてみるよ」

「うん……ありがとう、トレーナーっ……」


 これ以上心配させまいと笑顔で話す俺だったが、頭の中では必死になって修復の方法を考えていた。
 間も無く行われるはずの3回戦第2試合を見ることなく、俺たちは足早に闘技場を後にしたのだった。
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