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第一章 支配者
第30話 騎士の歩み(後編)
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『時戒室』は傍から見ても他の教室と何ら変わることのない外観をしており、実体を知らなければ間違いなく素通りされるような場所と言えよう。
しかし中に入れば、その世界は一変する。
入室を果たした大和は荒廃した教室の上に立っており、壁や天井はなく、妙な浮遊感が身体を襲っていた。
「お待ちしておりました、大和さん。こちらへ」
そう促してきたのは担任の滝ではなく、高貴な雰囲気を纏う老齢の女性。
灰色の髪をギブソンタックにし、首元まできっちり閉めた軍服が如き漆黒のスーツを着用。ワンショルダーマントを靡かせる様は誰よりも男らしく、同性であろうが見惚れさせる程の魅力を所持していた。
「なーに突っ立ってんですか、先輩? お呼びですよ……不時之求馬理事長が」
隣には何故か佐藤までおり、再び催促を入れてくる。
大和は咳払いののち、床の境目に立つ理事長の下へ。
「お気を付けを。落ちたらもう二度と戻ってこられませんからね」
不時之に言われ下を覗くと、生気のない雲が辺りを支配している。先程から感じている浮遊感はこのためだろう。
「メンタルケアじゃなかったんですか、理事長?」
「他の生徒はね。貴方にそれは必要ないでしょう。それに此処なら誰かに聞かれる心配もない。話すタイミングも、この上なく上々」
隣に並び立つ不時之は百七十後半ある大和の背より高く、とても六十代とは思えない体格をしていた。
そんな長身の二人に対し、控えていた佐藤が大和へと問う。
「お話しするなら、もう一人も呼びます? 一応、あの人もこちら側ですし」
「いや、いい。アイツとはまだ接触してないんだ。相手側に探られるような真似は避けた方がいいだろう。それにアイツは……少々、煩すぎる」
佐藤は「同感です」と肩を竦め、大和は不時之へと話を戻す。
「で? わざわざ出てきたのは催促のためですか?」
「もちろん。あなた方はその為に此処にいるのですから。それで今回の一件……『異能狩り』の犯行と考えて宜しいのでしょうか?」
そのワードに三人の間には沈黙が流れる。
大和は佐藤と顔を見合わせたのち、緩やかに口を開く。
「どうでしょうね。まだ何とも……。ただ奴も潜伏している以上、目立つのは避けたいはず。自殺騒動なんて事を大きくする手法を取るとは思えません。自分の『暴露』が気に入らなくて脅しをかけてきたとも考えられますが、それにしたって回りくどすぎる。わざわざ尾行までつけてるくらいですからね」
「ほう……尾行ですか。いつから?」
――あ、大和くん……おはようございます――
――……ん? あぁ……おはよう――
「井幡を『暴露』した明朝にはもう。動きからして下の者は素人でしょうが、一時間おきに監視を変えているところを見るに、首謀者はかなり慎重で切れ者のようです」
「それは厄介ですね。来週にはレクリエーションが控えているというのに……」
「レクリエーション?」
大和の問いに佐藤が気だるげに答える。
「毎年行われるゲームのことですよ。クラス替えしたばっかだから親睦深めようっつってね。生徒は全員参加のうえ、教師もその準備やら何やらで、面倒くさいったらありゃしな――」
「面倒くさい?」
不時之からの射るような視線に、佐藤は「冗談です……」と苦笑いで両手を上げる。
「生徒が二人も死んでんのにゲームですか?」
大和は話を戻すと共に不時之を睨みつける。
「社会に出れば能力者間の殺し合いは日常茶飯事。いちいち気にしてても仕方がありません。もっと前向きに行かなくては」
「理事長の発言とは思えませんね」
「おっと失礼。この空間にずっといる所為か徐々に人格が……。そろそろリセット時ですかね」
クスクスと自嘲する不時之に、大和は何処か気まずそうに唸る。
「表向きは『異能システム』となってますが、真実は貴女そのものが『時戒室』ですからね。お察しします」
「私のことは御心配なさらず。それよりも首謀者の当てはあるのですか?」
「まだ何も。ただ、同じクラスに自分を脅してきた馬鹿が居ます。恐らくそいつは首謀者の駒でしょう」
佐藤が「駒? 誰です?」と大和に問う。
「名前は知らん。だが、そいつはオレの前で……能力を使った」
「なるほど……。確かに余程の馬鹿か、命令されてたかのどっちかですかね?」
「ああ。あの馬鹿の名誉のためにも、命令されてる方だと信じたい」
すると不時之が満足そうに口を開く。
「では、そのお馬鹿さんを?」
「いえ、稚魚はリリースするのがマナーです。精々、大物になるまで踊ってもらいますよ」
話しが済んだのか大和は踵を返し、出口へ。
「先輩。藤宮香音の監視は続けます?」
その背に佐藤が語りかけると、大和は頷きながら振り返る。
「ああ。大丈夫だとは思うが、狙われないとも限らないからな。引き続き頼む」
「そうですか? 会いに行ってたから、てっきり必要ないのかと」
「直接、言葉を交わさなきゃ分からんこともある。あいつには悪いことしちまったからな……。この一件が済むまでは続けてくれ。お前との接触もこれっきりだ」
「……大丈夫ですか、一人で?」
「心配すんな。こっちには『切り札』があるからな」
大和はそう言うと不時之に一礼し、『時戒室』を後にした。
しかし中に入れば、その世界は一変する。
入室を果たした大和は荒廃した教室の上に立っており、壁や天井はなく、妙な浮遊感が身体を襲っていた。
「お待ちしておりました、大和さん。こちらへ」
そう促してきたのは担任の滝ではなく、高貴な雰囲気を纏う老齢の女性。
灰色の髪をギブソンタックにし、首元まできっちり閉めた軍服が如き漆黒のスーツを着用。ワンショルダーマントを靡かせる様は誰よりも男らしく、同性であろうが見惚れさせる程の魅力を所持していた。
「なーに突っ立ってんですか、先輩? お呼びですよ……不時之求馬理事長が」
隣には何故か佐藤までおり、再び催促を入れてくる。
大和は咳払いののち、床の境目に立つ理事長の下へ。
「お気を付けを。落ちたらもう二度と戻ってこられませんからね」
不時之に言われ下を覗くと、生気のない雲が辺りを支配している。先程から感じている浮遊感はこのためだろう。
「メンタルケアじゃなかったんですか、理事長?」
「他の生徒はね。貴方にそれは必要ないでしょう。それに此処なら誰かに聞かれる心配もない。話すタイミングも、この上なく上々」
隣に並び立つ不時之は百七十後半ある大和の背より高く、とても六十代とは思えない体格をしていた。
そんな長身の二人に対し、控えていた佐藤が大和へと問う。
「お話しするなら、もう一人も呼びます? 一応、あの人もこちら側ですし」
「いや、いい。アイツとはまだ接触してないんだ。相手側に探られるような真似は避けた方がいいだろう。それにアイツは……少々、煩すぎる」
佐藤は「同感です」と肩を竦め、大和は不時之へと話を戻す。
「で? わざわざ出てきたのは催促のためですか?」
「もちろん。あなた方はその為に此処にいるのですから。それで今回の一件……『異能狩り』の犯行と考えて宜しいのでしょうか?」
そのワードに三人の間には沈黙が流れる。
大和は佐藤と顔を見合わせたのち、緩やかに口を開く。
「どうでしょうね。まだ何とも……。ただ奴も潜伏している以上、目立つのは避けたいはず。自殺騒動なんて事を大きくする手法を取るとは思えません。自分の『暴露』が気に入らなくて脅しをかけてきたとも考えられますが、それにしたって回りくどすぎる。わざわざ尾行までつけてるくらいですからね」
「ほう……尾行ですか。いつから?」
――あ、大和くん……おはようございます――
――……ん? あぁ……おはよう――
「井幡を『暴露』した明朝にはもう。動きからして下の者は素人でしょうが、一時間おきに監視を変えているところを見るに、首謀者はかなり慎重で切れ者のようです」
「それは厄介ですね。来週にはレクリエーションが控えているというのに……」
「レクリエーション?」
大和の問いに佐藤が気だるげに答える。
「毎年行われるゲームのことですよ。クラス替えしたばっかだから親睦深めようっつってね。生徒は全員参加のうえ、教師もその準備やら何やらで、面倒くさいったらありゃしな――」
「面倒くさい?」
不時之からの射るような視線に、佐藤は「冗談です……」と苦笑いで両手を上げる。
「生徒が二人も死んでんのにゲームですか?」
大和は話を戻すと共に不時之を睨みつける。
「社会に出れば能力者間の殺し合いは日常茶飯事。いちいち気にしてても仕方がありません。もっと前向きに行かなくては」
「理事長の発言とは思えませんね」
「おっと失礼。この空間にずっといる所為か徐々に人格が……。そろそろリセット時ですかね」
クスクスと自嘲する不時之に、大和は何処か気まずそうに唸る。
「表向きは『異能システム』となってますが、真実は貴女そのものが『時戒室』ですからね。お察しします」
「私のことは御心配なさらず。それよりも首謀者の当てはあるのですか?」
「まだ何も。ただ、同じクラスに自分を脅してきた馬鹿が居ます。恐らくそいつは首謀者の駒でしょう」
佐藤が「駒? 誰です?」と大和に問う。
「名前は知らん。だが、そいつはオレの前で……能力を使った」
「なるほど……。確かに余程の馬鹿か、命令されてたかのどっちかですかね?」
「ああ。あの馬鹿の名誉のためにも、命令されてる方だと信じたい」
すると不時之が満足そうに口を開く。
「では、そのお馬鹿さんを?」
「いえ、稚魚はリリースするのがマナーです。精々、大物になるまで踊ってもらいますよ」
話しが済んだのか大和は踵を返し、出口へ。
「先輩。藤宮香音の監視は続けます?」
その背に佐藤が語りかけると、大和は頷きながら振り返る。
「ああ。大丈夫だとは思うが、狙われないとも限らないからな。引き続き頼む」
「そうですか? 会いに行ってたから、てっきり必要ないのかと」
「直接、言葉を交わさなきゃ分からんこともある。あいつには悪いことしちまったからな……。この一件が済むまでは続けてくれ。お前との接触もこれっきりだ」
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