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#幕間

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『かつてオレが兵器として召喚されたとき、そのなかに自らの血の一滴から万の不死の兵士をうみだす能力者がいた』
 昼とも夜ともつかぬ薄闇のなかで、“それ”は須王に語った。感覚的には夢に近いかもしれない。きまって“それ”が現れるのは須王が床に就いてからだったので。
『オレの記憶ではそいつは死んだはずだが、ずるがしこいやつだったから、何らかの手段で生きていることも考えられる。だとすれば、まず普通の人間にあれを殺すことはできまい』

 須王が“須王”という個体を認識したのは、アバルに出会ってからである。それまで自分がどこで何をしていたのか、須王は覚えていない。が、普通はそういうものであるらしい。あるいは忘れてしまうほどひどい環境にあったのだろう、と大人たちは須王をいたわった。

 ともかくも須王は普通の子どもとしてすくすくと育ち、生きてきた。寺の子どもたちの誰一人として血のつながりはないが、家族だと思っている。とりわけアバルの存在は特別で、アバルが「一郎さん」を大事にするように須王も思っているつもりだ。もっとも、これは須王に限らず寺の子どもたち全員がそうだろうが。

 須王はしかし聡明な少年だったので、自分のアバルに向かう感情がほかの子どもたちと違っていることに気づいていた。はっきりとではなかったが、小さな違和感として抱いていた。そして、他者に打ち明けるべきではない類の感情であることも直感していた。
 須王がはっきりとその欲の名を知ったのは、皮肉にも“それ”が事を起こしたことからだった。道理でと納得すると同時、須王はその感情に蓋をすることにした。

 須王にとって北辰寺は家で、アバルは家族だ。アバルがいなくなったら、嫌われたら、須王はきっと生きていけない。子どもらしい短絡さと一途な気持ちで須王は考えた。
 しかし敵は強大で、須王よりもはるかに大きな質量を持っていた。さらに悪いことに、昼間の須王は“そいつ”を認識することができない。だが、こちらの須王とてまったくの無意味な存在ではないという手ごたえは須王に自信を与えた。

『オレの想像通りであれば』

 氷色の両目以外はまったく須王と同じ姿をした “そいつ”が言った。鏡越しに向かい合っているように見えて、あちらはゆったりと椅子に腰をおろし、組んだ足のうえで両指を合わせた姿勢をしている。そう、まるで王様のような。
(えらそうなやつ)
 絶対友だちになりたくないタイプだが、はっきりと“そいつ”の姿を見ることができるようになったのは昨日今日の話だ。それまではただ黒くもやもやとした「何か」としか感じることができなかったし、ましてこんなふうに独立に会話をすることも叶わなかった。
 須王の力ではない。おそらく相手の方からこちらに道筋を開いてくれた、対話の場をととのえてくれたのだろうと理解した。

 須王の思考を読んだのか、“そいつ”が満足そうにうなずく。 
『あの男はそのうちに貴様のことがわからなくなるぞ。友の顔も家族の顔も忘れ、己が何者であったかすら忘れ、ただ本能の赴くまま獲物を食い荒らすことだけを考えるようになるのだ。小僧、貴様は運がいい。貴様の前にはあの男をその哀れな運命から救い出す手段がある』

 あの男、とはたずねるまでもなくアバルのことだと須王は理解した。にやにやと悪魔のように笑う自分の姿を見るのは非常に気分が悪かったが、しんぼうづよく続きを求める。
『あれを犯せばよい。オレの魔力アニマを注ぎ込み、魔力を上書きするのだ』

「でたらめばっかり言いやがって」

 アバルのことだと思ってしんぼうしたが、とんだ骨折り損だったようだ。“そいつ”に背を向け、須王はその場にあぐらをかく。
「一郎太さんは、吸血鬼に噛まれた人は皆死んでしまったって言ってた。だからアバルが助かったのは奇跡だって。おまえの言うことが本当なら、吸血鬼に襲われた人たち全員がそうなってるはずじゃん」
 言いながらある可能性を思いついて、須王はそろそろとそちらをうかがった。

「……おまえ実は、理由をつけてアバルとえっちしたいだけなんじゃ――」
『あの男が生き残ったのは、皮肉なことだが、先約マーキングがあったからだろう。さて、運がいいのか、悪いのか』
先約マーキング?」
 須王の問いに対する答えはない。それもそのはずで、幕を引くように“そいつ”の気配が遠ざかっていく。朝になって、現実で眠っている須王の体が目覚めようとしているのだ。

『信じる信じないは貴様の勝手よ。何もしなければあの男は少しずつ正気を失い、いずれは貴様の兄弟たちを食い散らかす。これは予言でなどではない』
「うるさい、オレは信じない! そんな、オレにだけ都合のいい話、絶対信じるもんか! だいたい、そんなことをしたら――」

 絶対アバルに嫌われるじゃないか。
 意識が白んでいく。吸い込まれていく刹那、須王が描いたのは自分に向けられるアバルのあたたかなひとみだった。


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